第50話
二人の間に、気まずい雰囲気が広がる。
ウリエルは頬をほんのりピンク色に染め、横を向いている。
「えっと、この間はごめん……。びっくりさせちゃったね」
まだ彼女は横を向いたままだ。長い睫毛に、アスタロトは釘付けになっている。
「ほら、俺ってデリカシーが無いからさ」
「ホントよ」
ウリエルがボソッと呟く。
「えっ?」
見るとウリエルはちょっと頬をふくらまし、ちらっとアスタロトを睨んだ。
彼女は抱えていた巻物で、アスタロトを叩くふりをした。どうやらウリエルは、ぼんの少し機嫌が治ったようだ。それを見たアスタロトに笑顔が戻る。
「あいつ(アスモデ)の事ごめんな。ガサツなヤツだけど、悪いヤツじゃないんだ。マモン事件の時も協力してくれたしさ。だから許してやって欲しいんだ」
アスタロトは彼女からの言葉を待った。
「わかってるわよ。あなたの大切なお友達だって事も。じゃなかったら、今頃丸焦げにしてやっていたわ」
ははっ……ウリエルらしいや。
「夢を見たんだ。とても遠い昔の懐かしい記憶の……」
「……夢?」
アスタロトは、とても不思議な夢を彼女に話した。
「そして思い出したよ。君は最初の頃髪はとても長くて、美しくなびいていたのを覚えているよ」
腰まであった髪は、今は胸のあたりまでになっている。
「君は何故か泣いていたんだ。怒ってもいた。あれはもしかしたら夢ではなく、遠い記憶だったのかもと思ったんだ」
ずっと聞いていたウリエルは、ふと表情を硬くした。その表情を見たアスタロトは、これ以上夢の話しはやめようと思った。いつか、話してくれる日が来るまで――。
「ねえ、ところで見せたいものって何なの?」
そんな記憶を振り払うかのように、いつもの彼女の気丈さが戻った。
(そうだ、肝心な事を……)
「実はこれなんだけど、見てくれるかな?」
ウリエルは、ちょっと身を引いた。
「だ、大丈夫だよ。今度は脱がないから」
アスタロトはシャツの袖をまくり始めた。
そして――。
左腕に描かれた、大天使の片翼のタトゥー。それはウリエルの目にも美しく映っていた。
「すごい……これ、あなたが?」
「ああ! 君に見てもらいたくてさ。これはね、君の翼だ。いつも一緒にいたくて」
ウリエルは美しいタトゥーが気に入ったのか、それに触れようとした。だが、それだけだった。
「まるで本物みたい」
「だろ? なんたって俺は、あのカラヴァッジョを指導していたからね!」
「ええっ! そうなの?」
「……嘘だよ、冗談だよ!」
ウリエルは吹き出してしまった。
「あいつは俺の力なんてなくたって、生まれながらの天才さ」
二人は笑い合った。
まあ確かに、他の画家に対して指導したのは事実だ。たまに老天使とかち合ってしまい、激しい議論を交わした事もあった。その時は、アスタロトの方が渋々引き下がったが。
「その髪形可愛いね。でも俺は(髪を)下ろしてる方がいいかな」
「そう?」
アスタロトは彼女から「余計なお世話よ」と言われるかと思ったが、意外と彼女は素直に受け入れてくれたのだ。
髪を束ねていたリボンに手をかけスルッと外し、綺麗に編み込まれた髪を解いた。金色のウェーブの輝きが、アスタロトの目の前で舞う。ふわっと良い香りが、彼の鼻をくすぐる。
「これ、あげるわ」
ウリエルは持っていた白いリボンを、アスタロトに渡した。
「そしたら、私もう行くわね。ルシフェル様ったら、少しでも遅れるとうるさいから」
そう言って彼女は笑った。
「じゃね……」
「じゃあ!」
ウリエルは小走りで去って行った。
ああ、今日は頬にキスは無しか。
アスタロトはちょっとガッカリしたが、幸せな風が吹き抜けたのを感じた。
手の中のリボンを、しっかり握り締めながら。




