第49話
「お前、バカだろ!」
いきなりアスタロトは、アスモデから呆れた言葉を投げつけられた。
「ああ~……もうダメだ、俺完全に嫌われた。でもなんでだよ~」
アスモデを呼びつけたくせに、アスタロトは膝を抱えたままずっとこんな調子である。
「女の子の前で、いきなり裸はねえだろ」
「裸って、上半身だけじゃんか!」
「同じだ! んったく、お前はそういうとこデリカシーねえよな。袖捲ればよかっただけだろうが」
「はあ~……。あ、そ……」
(ああ、やっぱ俺はマヌケだ……)
ますます落ち込むアスタロトにアスモデは「まあ、お前らしいっちゃあお前らしいよな、デリカシーの無さは。ま、しょうがねえよな、過ぎちまった事だしな」と言いながら、彼の肩を強めに叩いた。
「そろそろ俺、戻るわ。部下どもが待ってるし。それにアマイモンの奴さ、最近いい顔しなくてさ」
アマイモンとは、アスモデの直属の上司である。顔は赤鬼のように真っ赤な、せわしない小男だ。
「……アマイモンが何だって?」
ここで初めてアスタロトは顔を上げた。
「ここにばかし入り浸っているからだろ? 面白くないのさ。まあ、お前が呼びつけてるせいもあるけどな」
「んなの無視しろよ。なんなら、俺があいつを脅してやってもいいぜ」
半ばヤケクソである。
「おいおい、そういう事やめろよな」
「冗談だよ。あんな奴相手にするかよ」
どうやら彼は、アマイモンが嫌いなようだ。ちょい用事でアスモデの所に寄った時、アマイモンが他の部下に対し怒鳴り散らしていた場面に出くわした。そのくせアスタロトの姿に気づくと、気持ち悪いくらい恭しい態度で接して来たのだ。
(うわっ、なんだこいつ、キモ!)
「ま、そういう事だ。じゃな、元気出せ!」
アスタロトは、またもや膝に顔をうずめてしまった。
(やれやれ、めんどくせー二人だな)
アスモデはため息を吐き、今は何を言っても無駄だと諦め、アスタロトの部屋を出て行った。ある考えを胸に。
翌日の事――――。
いつものようにウリエルは、ルシフェルの下へ報告書である巻物を抱えやって来た。
珍しく金色の髪を後ろで三つ編みにし、真っ白なリボンで結ばれている。右耳には、小さなチェーン付きの翼モチーフイヤーカフが輝いていた。
彼女は廊下に並ぶ柱の一つに、見慣れない人影に気づき歩みを止めた。
(アスモデ? なんで彼がここにいるの?)
すると、人影はもたれていた柱から離れ、ウリエルの方へと近づいて来た。
「お嬢さん、ちょっとこっちへ」
アスモデは手招きしたが、ウリエルは警戒し、巻物を抱えていた手に力が入った。
彼はそんなウリエルの細い腕をいきなり掴むと、有無を言わさず引っ張って行った。
「ちょ、ちょっと何するのよ! 放して!」
ウリエルは彼のごつく大きな手から逃れようと必死に抵抗したが、アスモデ相手では無駄であった。
アスモデが無言で連れて行ったのは、アスタロトの部屋。
「おい、アス! ここ開けろよ!」
アスモデは激しくドアを叩いた。だが、中の本人はそれを無視しているようだ。
「おい、いい加減にしろ! ここ破壊するぞ!」
彼はウリエルが身じろぐのを感じた。
「お前な、あいつの事実際どう思ってるんだ?」
こう聞かれたウリエルは、ぴたりと動きを止めた。
私は、アスタロトの事――。
するとドアが開いたかと思うと「おいおい! 破壊だなんてよせよ!」と、慌てた様子のアスタロトが顔を出した。が、そこにウリエルの姿に気づくと、彼は再びドアを閉めようとした。
「あーっ、待て待て!」
アスモデは、それを力ずくで制した。
「お前らホントめんどくせーな! お嬢さんもな、こいつの話しちゃんと聞けよな」
「お嬢さんって……」
ウリエルは口をとがらせた。
「じゃな! 俺はお邪魔だからこれで」
後に残された二人の周りには、しんとした空間が広がった。先程のアスモデが起こした騒々しさが、嘘のようだった。




