第48話
――夢の中で、アスタロトは懐かしい”匂い”を嗅いだ。大昔、まだ彼が地獄界の管理人になりたての頃の話し。
自分は天界の入り口、大階段付近でたたずんでいた。もう自分には慣れ親しんだ翼は無い。
何処までも続く階段を、彼はずっと見上げていた。いや、階段ではなく、途中で同じくたたずんでいる者を見ていた。オレンジがかった黄金の翼、腰まで伸びたウェーブのある金色の髪をなびかせている。
――ウリエル?
アスタロトは彼女に近づいた。振り向いた彼女は、何故か悲しげな顔をしていた。頬は涙で濡れている。
そしてそれは、怒りの表情へと変わった。
ウリエルは彼に何かを伝えていたが、口の動きだけが空しく伝わるだけだった。
「ウリエル……」
そこで夢は終わった。
目覚めたアスタロトは、頬に手を当てた。彼の頬も、夢の中のウリエルのように涙で濡れていた。
大昔の記憶――。
忘れかけた記憶が蘇りそうで、泡のように消えていった。
(ウリエル、君は何に怒っていたんだ?)
翌日さっそくウリエルにタトゥーを見せる為、彼はルシフェルの部屋近くで待ち伏せしていた。彼女はきっと、いつものようにルシフェルに報告書を届けにやって来るだろう。
(夕べみた夢は、何を意味していたんだろう……)
彼はぼんやりとしていると、神秘のコバルトブルーの天空から、一点の輝きが近づいてきた。アスタロトはもたれ掛かっていた柱から離れると、その黄金の光へと近づいた。
ウリエルは天まで突き抜けた円柱が並ぶ廊下に降り立つと、サッと優雅に翼を消した。
(――あら?)
彼女はアスタロトに気づいた。
「やあっ!」
アスタロトは手を軽く上げ挨拶したが、彼女のキスを思い出し照れて下を向いてしまった。
「ハイ」
ウリエルはそんな彼を見て、優しく微笑む。
「ウリエル、君に見せたいものがあるんだ。後で俺の部屋に寄ってくれるかな?」
「見せたいもの? ええ、いいわよ。後で行くから」
「じゃ……」
アスタロトは弾む気持ちで部屋へと戻った。
(見せたいものって何かしら?)
ウリエルはルシフェルに報告を渡した後、アスタロトの部屋へ向かった。
広い廊下の途中から左へ曲がると一番奥にはベルゼブブの部屋があるが、現在彼は人間界でカマエルを監視中で留守だった。
ウリエルはアスタロトの部屋へ来ると、ノックし暫し待つ。
部屋で待っていたアスタロトはノックを聞き、それがウリエルのものと分かると「はいはい! ちょっ、ちょっと待って」と言いながら上半身を脱いだ。そして――。
「やあ! ウリエル、実は――」
彼は嬉々として、ドアを勢いよく開けたのだが。
彼の目の前のウリエルはというと――。
「……!」
「ウリエル?」
笑みを湛えていた表情から、あきらかに”ひいた”表情へ固まってしまったウリエル。
「あ、えっと……ウリエル?」
ウリエルは頬を赤く染めると後退り、あっという間に無言のまま立ち去ってしまった。
「え~っ! なんでーーーーっ?」
アスタロトは何が何だか分からず戸惑い、呆然と立ち尽くしていた。




