第46話
「オーロラの間」での出来事は、ウリエルにとっても特別だったようだ。
もっとも彼女の場合、アスタロトとのデートの事ではなく、初めてドラゴンでオーロラの世界を駆け巡った事であった。その楽しかった体験を、ベリアルに本を返しに来たついでに一方的に話し続けたのだ。
ベリアルは少々うんざりした顔をしていたが。
「お前は、あいつと仲直りしたのか?」
「え~? 最初からケンカなんかしてないわ」
座り心地の良い長椅子に、相変わらず天使らしからぬ胡座をかいているウリエルは、平然と言ってのけた。
「……」
この言葉にベリアルは執筆中だったペンを止め、彼女をちらっと睨んだ。
これには、さすがのウリエルも居住まいを正し「あ~……まあ、私の勘違いもあったし、そこはちゃんと謝りましたわ」と、小さな声で言った。
「そもそも、ほっといても良かった事じゃないのか? そんなに気になったか?」
「いえ、別に気になったわけじゃあ……。私はただ、本当の事を言ってほしかっただけで」
「何故、お前に言わなければならないんだ? あいつは、いちいちお前に報告する義務でもあるのか?」
ベリアルの声に、苛立ちが滲む。
「管理界の者を監視とは、カマエルの奴のやる事と同じだな」
ベリアルは、唇の端を上げチクりと嫌味を言った。
カマエルとは、マモン事件の時に地獄管理界へ土足で踏み込んで、後に処分を受けた大天使の一人だ。
「ひどい! そこまで言う事ないじゃない!」
ベリアルはそんな彼女の怒りを無視し、立ち上がると本棚から一冊を取り出し、再び机に戻った。
書棚が並ぶこのベリアルの書斎は、オーソドックスだが、彼の性格を表しているように綺麗に整頓されており、ダークブラウン調で統一されていた。ウリエルはこの空間が大好きで、書棚に並ぶ本達もお気に入りだった。
「だいたい、お前は冷静さに欠ける所がある。少しは頭を冷やしたらどうだ? 昔からお前は――」
彼の説教が続く。
「わかった! わかったわ! もういい!」
ウリエルはすっかりむくれ、帰りかけた。
「あいつは最初、座天使候補だった」
ベリアルは唐突にこう言った。
「えっ?」
「アスタロトは、本当は座天使になるはずだったんだ」
ウリエルは初耳だった。帰りかけた足をベリアルに向けた。
「そうだったの? でも、そんな事アスは何も言ってなかったわ」
「あいつは知らないさ。ここに来る前、天使長達が決めようとしていた。だが、我々の地獄管理界でも欲しい人材だったから、ルシフェル殿が何とか上層部を説得しようとしたんだ」
「それでアスタロトはここへ?」
「それが、何故かあいつ自らここを志願したんだ」
「えっ? 何故?」
「さあな、それこそ本人に聞いてみるがいい」
そう言うとベリアルは資料である本を手に、再び執筆に戻った。
ウリエルは、天使だった頃のアスタロトを思い出していた。
薄緑色の美しい翼、アッシュブロンドの髪は今より少し長めで、なかなかの美形だった。
だが、ウリエルはそんな彼に対し、あまり良い感情を持っていなかった。
初めて会ったというのに馴れ馴れしく、いつも彼女の後を追っていた。
「やあ、僕はアスタロト。ウリちゃん、よろしく!」
(ウリちゃん? ”ちゃん”ですって?)
何こいつ? ――そんな彼を、徹底して無視していた。同僚のジョフィエルと花園で休憩している時も「今度僕と、この花園で散歩しないか?」と、しつこく誘って来ていたのだ。そんな行動は、地獄管理界人になってもデートに誘って来るのだが。
そうだ、なんで私は彼の事なんか気にしたんだろう。
「あ、そうそう。もうすぐ舞踏会よ、ベリアル様。誰かさんに早くパートナー申し込まないと、別の誰かに先越されちゃうわよ~」
ウリエルは帰りがけついでに、こうからかってやった。
「余計なお世話だ。早く帰れ!」
「へいへい、お邪魔しました~」
(んったく、口の減らん奴だ。あのクソガキ!)
そう思ったものの、ベリアルはガブリエルの事が気になり始め、落ち着かなくなってきたのだった。




