第44話
「アス、ごめんね……。――さ、行きましょうか!」
ウリエル……。
「ああ……」
アスタロトは、彼女の頬に涙の跡を見る。
「お二人とも、また遊びにいらして下さいね! ドラゴンに乗りたい時は、いつでもお声を」
ザフキエルは、門の入口まで見送りに来てくれた。もうすっかりアスタロトとは打ち解け、友人の仲になった。
こうして二人は、オーロラの世界を後にしたのだった。
――地獄管理界、ルシフェルの部屋へと続く広い廊下を、アスタロトとウリエルは歩いていた。
オーロラの神秘の聖域、気さくな大長老ラジエル、美しい水晶のドラゴン、そしてウリエルとの時間……。
二人は語り合っていた。だがアスタロトは、なかなかリリスについて話しを聞く事が出来なかった。
「そういえばあの座天使達、俺の事ヘンな目で見なかったな」
今気がついた事だが、「オーロラの間」の座天使達は皆、アスタロトの事を誰一人奇異な目で見る者がいなかったのだ。こそこそ囁く者もいない。それどころか、暖かく優しい眼差しを送っていた。
「そうね、高位になる程そうなのかも」
「じゃあ今度、熾天使界へ行ってみようか!」
「熾天使界なんて行ったら、あなた目が潰れるわよ。それどころか、焼き尽くされるわ」
「げっ!」
「あのねアス、リリスの事だけど――」
ウリエルは少しずつだが、ラジエルから聞いた真実を話し出した。その間彼は、口を挟む事なく黙って聞いていた。
そして”真実”を聞き終わった後、やっと口を開いたのだ。それは、悲しみを吐いた言葉。
「……そんな。でも、ガブリエルはそんな事一言も」
「私も知らなかった事よ、アスタロト。ガブリエル様も知らなかったと思うわ」
ともすれば、ガブリエルへの非難ともとれる言動に対し、ウリエルはやんわりと諭した。
「おそらく、知っているのはラジエル様と熾天使の上層部の一部だけだと思うの」
アスタロトは恥ずかしかった。ガブリエルは、あんなに親身になって話しを聞いてくれたのに。
「ごめん……一番辛いのは君なのに」
「ううん、いいの。ありがとう」
いや、本当に辛いのはリリス本人だ。
ウリエルと一緒に舞踏会に参加したかっただろうに、それが完全に絶たれてしまったのだから。
アスタロトは次の言葉がなかなか見つからず、黙ったままだった。それはウリエルも同じだったが。
「あ、あのさ――」
ウリエルはアスタロトの声に顔を上げた。潤んだ翠色の瞳が、相変わらずアスタロトをときめかせる。
「そういえば、もうすぐ舞踏会の時期だね」
そうだ。舞踏会の季節が近づいていたのだ。そろそろ皆、自分のパートナー探しを始める頃だろう。
申し込みの解禁だ。ただし、アスタロトはそんな事知った事ではなかった。
「そうね……」
「でさ、俺達ペアになったの秘密にしておかないか?」
ウリエルが彼のパートナーになった事を知っているのは、友人のアスモデと、つまらない対抗心で話してしまったアズラーイールだけだった。先程友人になったばかりのザフキエルにも、この事は内緒だ。
「私は別にかまわないけど、どうして?」
「その方がワクワクしないか? みんなをビックリさせたいんだ! だって考えてみろよ。俺のパートナーがなんとウリエル、君なんだぜ! 他の連中の表情を想像するとさ、愉快だよ!」
いつの間にかアスタロトは、興奮し一方的に話しをしてしまっていた。
(はっ!)
「あ、いや……あの、君はどうかな?」
「ふふっ、そうね。そう! 愉快よ! あなたの規則違反もね」
解禁前の申し込みの事だろう。ウリエルの笑顔が輝く。
アスタロトは、もうそれだけで十分だった。
アスタロトの部屋は廊下の途中から入って行くのだが、ウリエルは部屋の前までついて来てくれた。
「今日はありがとう、ウリエル。君には迷惑かけてしまったのに。ホント、楽しかったよ!」
「ううん、私こそ楽しかったわ。昔、あなたがドラゴンで騒がせたの、すっごく気持ちがわかったわ!」
「騒がせた? ははっ、そりゃあいいや!」
そして――。
「これ、ベリアル様に返しに行かなきゃね。今頃おかんむりよ、きっと(笑)」
ウリエルは手にしていた本を見せた。
「……それじゃね、アス」
「ああ、また」
彼女は、そのまま帰るかと思われた、が。
小走りに引き返すと、アスタロトの頬に軽くキスをした。
(えっ!)
彼は一瞬何が起きたのか分からなかった。
そんな彼にウリエルは、いたずらっ子のように微笑み、はずむような足取りで去って行った。
アスタロトは扉にもたれたまま、暫く固まっていた。
そして膝から崩れ落ち「ウソ……俺、夢でも見てるのか?」と、何度も何度も繰り返していたのだった。




