第43話
「ウリエル様、いつもこんな難しい本読んでいるんですか?」
「ああ、これねベリアル様からお借りしたのよ」
「ええっ? あのベリアル様から、よくお借り出来ましたね」
「え~? そ~お?」
アスタロトは二人の会話を聞きながら、ある決心をしていた。
(ラジエル様にも、リリスの事相談してみようか)
この後ウリエルとアスタロトはラジエルにお礼を言い、そこで――――。
「あ、あのラジエル様……」
「アス、ちょっと部屋の外で待っていてくれる?」
ウリエルはアスタロトを制し、部屋を出るよう促した。
(ウリエル……?)
彼はウリエルから何か強い意志を感じ、これ以上何も言えず部屋を出た。
「あれ? ウリエル様は?」
「ラジエル様に用事があるみたいだ」
(ウリエルも、もしかしてリリスの事で――――)
「そう……」
ザフキエルは、深刻そうな表情で扉を見つめる彼を心配し気遣った。
「で、どうでした? オーロラの世界は」
アスタロトはザフキエルの声で気づき「ああ、すごかった! すげー感動したよ! あの頃なんか比べものにならないくらい、すごかったよ! ホント、君にいくら感謝しても足りないくらいだ。ありがとう!」と、興奮が蘇り一気にしゃべった。
「アスタロト様」
「ザフ、”様”なんていいよ。アスでいいよ。ウリエルもそう呼んでるしな」
「そう? じゃあ、アス。その感動は、ウリエル様が一緒だったのもあるのでは?」
「ああ、そうさ! もちろん――――あっ」
アスタロトは、みるみる顔が赤くなった。
「ははっ、やっぱし! 君を見てるとわかるよ。わかりやすい程にね」
ザフキエルは、いたずらっぽくウインクした。
見透かされた事に、アスタロトは思わず動揺してしまった。でも、隠す事じゃない。
「ああ、そうさ! 大好きなんだ。だから夢のような時間だったよ」
先程の余韻に浸りながら「それにしても彼女、意外とスピード狂なんだな。じゅうぶんな速さだったのに、もっとスピード上げるようドラゴンに指示していたんだ」と、ウリエルの違う面にアスタロトは驚いた。
すると――――。
「あれ? 知らなかったんですか? ウリエル様はミカエル様の次に速く飛ぶ事が出来るんですよ」
「えっ? そうなの?」
「ええ、毎年彼(ミカエル様)と競ってますよ。結局ミカエル様に敵わず悔しがってますけど、ははっ」
アスタロトは、黄金の翼をゆっくりと羽ばたき優雅に飛ぶ彼女の姿しか知らなかった為、心底驚いたのだ。またまた彼女の知らない面を見つけた。
ウリエル、俺はずっと君を追い掛けて来たつもりだったのに、まだまだ俺の知らない君がいるのかな?
もっと知りたい……。
その頃ウリエルは――――。
「ラジエル様、実はリリスの事なんですけど……」
『わかっておる。ここへ来たのも、本当はリリスの事もあるのじゃな?』
何もかも、ラジエルにはお見通しである。
「そうでしたか……。それならば私がお聞きしたい事はおわかりですね?」
返事がすぐ返ってくると思っていたが、ラジエルは少し言いづらそうに沈黙していた。オーロラの翼が、静かに揺らめいている。
ウリエルは辛抱強く待った。
『ウリエルよ、残念ながら無理なんじゃ』
ウリエルの意識下に彼のしわがれ声が響いたが、青い髭がわずかに揺れた。
ああ……ラジエル様も、慣習とやらに縛られるおつもりなのかしら。
ウリエルは唇を噛み、すぐ退室するつもりだった。だがラジエルは、次にこう伝えたのだ。
『ウリエルよ、よく聞くんじゃ。リリスの身の事を考えての事なのじゃ』
「えっ? どういう事ですか?」
『あの者がもしこの天界へ来てしまったら、きっと彼女の体自身が耐えられないであろう』
「……耐えられない?」
ウリエルは、すぐには理解出来なかった。
『彼女はそなたも存じているように、天界の者でも地獄界の者でもない。ましてや死者でもない。半分人間のような存在である。せいぜい地獄界か、今住んでおる花園までが限界なんじゃ』
「もし、天界に来てしまったら……」
『身を滅ぼす事になるであろう。宇宙に散り、二度と再生出来ぬ』
「ああ……そんな!」
ウリエルはラジエルの言葉に衝撃を受け、体が崩れ落ちそうになった。
「リリスは、この事を知っていたんですか?」
『おそらく……』
思い当たる事があった。
そういえば、リリスは何故かここ(天界)に来たがらなかったのだ。この場所は、自分が来るべき場所ではないと。
リリス……ああ、リリス……。
私の大切なひと……。この先、永遠に私の世界へは来られないのね。
胸が締め付けられそうになり、思わず持っていた本を落としてしまった。涙が頬を伝う。
『すまぬのう、ウリエルよ。わしの力を以てしても、こればかりは――』
「いえ……真実を伝えて下さり感謝してます。ありがとうございます」
深々と頭を下げた先には、落とした本がそのままになっている。彼女はぼんやりとそれを見つめていたが、やっと拾い上げた。
「あの……もう一つお願いがあるのですが」
『ん? 何かね?』
本を拾い上げた顔には、弱いながらも笑顔が戻っている。
「会議室の扉の事なんですけど、もう少し軽くなりません?」
このウリエルの間の抜けたお願いに、ラジエルは思わず笑ってしまった。
そして『ウリエル殿よ、会議室の管理はルシフェル殿なんじゃ。度々すまんの』と詫びた。
(あら~……それじゃあ無理じゃない)
ウリエルは何とか気持ちを切り替えようと、笑顔を残し部屋を後にした。
応接間ではアスタロトとザフキエルが、先程までの彼女の気持ちとは対照的に和やかに談笑していた。




