第36話
「ねえねえ、あの方ベリアル様じゃない?」
「キャーッ! うそうそ、どうしてここにいらっしゃるの?」
「誰かお待ちになってるのかしら?」
「もしかしてガブリエル様とか。ふふっ」
「それにしても素敵よねえ~! ガブリエル様となら美男美女でお似合いよね~」
地獄管理界へ続く大階段付近、天界への出入り口でベリアルはある人物を見張っていた。
巨大な円柱に寄り掛かり、腕を組む姿に、通りすがる女子天使達が憧れの眼差しを向け囁き合う。
男子天使達はというと、相手があまりにも恐れ多い人物のせいか、引き返す者やなるべく遠ざけて通って行く者がいた。
「ごきげんよう~、ベリアル様。どなたかお待ちですか?」
そこへ、緊張感のなさそうな声が聞こえた。その声の主は、アズラーイールだった。彼は真っ白な花の束を、腕いっぱいに抱えていた。今まさに天国へ召されようとされる人間の為に、リリスの花園からもらって来たのだろう。相変わらず、黒縁の丸眼鏡を愛用している。
「アスタロトは来たか?」
ベリアルは感情の無い声で聞いた。
「彼なら最近会いましたよ。ガブリエル様をお探しでしたよ」
この脳天気そうな大天使は、相手がルシフェルに次ぐ高位の上官だろうが関係無さそうである。
ここでもガブリエルの名か……。
ベリアルは少し落ち着きを無くした。
「あっ、ウリエル様も彼を探してるみたいだったなあ。彼ったら、僕の事ヘンな名前で呼ぶんですよ。えっと……なんだっけ? あ、いけない! こんな事してられないや。すみません、それじゃ僕はこれで」
アズラーイールは勝手にしゃべって、勝手に切り上げ去って行ってしまった。
その後ろ姿を、ベリアルは冷たい目に見ていた。
すると――――。
見覚えのある黒い霧が天界の出入り口を通過し、それはアスタロトの姿へと変わった。
「アスタロト!」
「!!」
アスタロトはギョッとした。
彼は、まさかそこにベリアルがいるとは思わず、腰が砕けそうになった。
「ベ、ベリアル……様?」
「アスタロト! ちょっと来い!」
「え、え~っ!」
(やべ! ありゃあ絶対怒ってるよ~)
近くにいた天使達はすっかり怯えきり、一目散に飛び去って行った。年配の天使達でさえ、見て見ぬふりを決め込んでいる。
「お前に聞きたい事がある」
ベリアルは場所が場所だけに声を落としたが、相手を萎縮させるには十分だった。
アスタロトよりも背が高いせいもあり、見下ろされ鋭い眼光で睨まれるとさすがに恐ろしい。
だが、そんな恐ろしい灰色がかった青い瞳も、ガブリエルの前ではたちまち穏やかになるのだが。
「ウリエルがわたしの部屋に来て、お前の行動を聞いてきたぞ」
「えっ、ウリエルが? あなたの所にですか?」
「あいつは理由がわかるまで、わたしの部屋に居座るつもりなんだぞ。お前がどんな理由で、ここをうろついているのかはどうでもいい。今すぐあいつを、どうにかしろ!」
(まいったなあ……ベリアルに本当の事言うか?)
「あ、あの……ここでは何だから図書館へ」
彼らは天界図書館へ行く事となったが、その間ずっとベリアルはアスタロトを睨んでいた。
(うへ~……こえ~)
「ねえねえ、アスタロト様何かやらかしたのかしら?」
「やっぱねえ~。私はいつかこうなると思っていたわ」
図書館へ行く途中、ひよっこ天使達からの囁き声が聞こえてくる。
(”やらかした”って、なんだよ!)
アスタロトは囁きのする方を睨む一方、自分の名前覚えてくれたのか、と変に嬉しかった。




