第35話
ベリアル様いるかしら――――。
ウリエルは、ベリアルの部屋のドアをノックした。
ちなみに彼の部屋のドアノッカーは、ルシフェルのとは違いごくシンプルな物で、このセンスの良さがウリエルのお気に入りだった。
「ベリアル様ー! 入りますよー!」
もはや、承諾の返事無しでドアを開けようとするウリエルだった。まあ、これはいつもの事だったが。
「ベリアル様~、お邪魔しま~す! おおっ! 入りたまえ!」
一人小芝居をしながら、彼女は応接間を通って行く。奥にはベリアルの書斎がある。
「ベリアル様、お時間よろしいかしら?」
ウリエルが書斎に入ると、何やら彼は書類に書きものをしていた。眉間にシワを寄せ睨んでいる。
「わたしは今忙しいんだがね。見てわからんか?」
「それより、ちょっとよろしいかしら? おたくのアスタロトの事なんだけど」
「アスタロトは、わたしの部下じゃないぞ」
「そんな事はどうでもいいんですけど」
ウリエルは側に置いてある座り心地の良さそうな長椅子に座ると「ん~……いつ来ても、この部屋って居心地いいのよねえ」と言って、思い切り伸びをした。これは本音だった。
壁の本棚には、ウリエルが興味を惹きそうな書籍がびっしりと並んでいた。
ベリアルは彼女を無視し、仕事をし続けた。
「さて、本題です!」
ウリエルは、やおら胡座をかいた。ベリアルはこの天使らしからぬ態度に、益々表情を渋くさせた。
「アスタロトがね、最近うちの方(天使界)で怪しい動きをしてるのよね」
「”怪しい動き”だなんて、いつかの誰かみたいだな」
ベリアルは、メタトロンに処刑されたマモン兄弟の事を匂わせたのだろう。
「彼は、そんなんじゃないわ!」
「ほう~」
ムキになった彼女に、ベリアルは片方の眉を上げ興味を示した。
「そ、そうじゃなくて……」
ウリエルは慌てて両手を振ったが、赤くなった頬は隠しきれなかった。
「天使界の何を調べているんだか、霧になった彼をちょこちょこ見かけたわ。偶然会った時なんか、図書館に行くだなんて、下手な嘘吐いていたし」
相変わらず無視し続ける彼に対し、ウリエルはとっておきの事を言った。
「彼ねえ、ガブリエル様にも会おうとしていたらしいの。どうしてかしらねえ」
ガブリエルの名前が出た途端、ベリアルはペンを持つ手を止めた。
ウリエルはクスリと笑った。
だが、ベリアルは再び執筆に戻り「そんなの本人に直接聞けばいいだろ?」と、ぶっきらぼうに言い放った。
「ダメよ! あいつ私から逃げるし、絶対本当の事言わなさそうだし。だ・か・ら、ベリアル様から聞き出して欲しいんだけど」
ウリエルは上目遣いで、そう訴えた。
「あいにく、わたしは暇じゃないんでね」
「あ、そっ! じゃあOKもらえるまで、この部屋から出ないから!」
「どうぞ、ご自由に」
ウリエルは本棚から勝手に一冊を抜き取ると、再び長椅子に座り読みだした。
ベリアルは意に介さず書類に目を通し始めたが、そのうち彼女から寝息が聞こえてきた。
(こいつ、ひとの部屋で!)
ベリアルはため息を吐き、やれやれと首を振り呆れ返った。
そして彼は舌打ちすると、羽織っていたローブを脱ぎ、読んでいた本を膝に乗せたまま眠ってしまった彼女に被せてあげようとした。が、その時――――。
「ベリアルの堅物……」
(寝言?)
ベリアルは頭にきて、そのローブをウリエルの頭から乱暴に被せてやった。
そして、部屋から出て行った。




