第31話
伏せていた目を上げ、再び穏やかな表情に戻ったガブリエルは「私も実はね、熾天使長にお願いした事があるのよ」と、話し始めた。
「でもね、今までの習慣があるとか、例が無いとかで無理だったのよ」
やれやれ……天使界の連中でも、頭のお堅いヤツがいるんだな。
つい声に出してしまったのだろうか、ガブリエルは次にこう彼に話した。
「あなたは知らないかしら? ルシフェル様の事」
突然ルシフェルの名を言ったので、アスタロトは何も言えず、只彼女を見つめるだけだった。
「あなた方が舞踏会に参加出来るようになったのは、ルシフェル様が働きかけてくれたおかげなのですよ」
「えっ?」
(ルシフェルのおかげだって?)
「あの方が……意外だと思ったでしょう?」
「いや、そりゃそうでしょう? あの、ルシフェルですよ。規則には誰よりも厳格な方です。正直信じられないというか……」
「でも、本当なのですよ。私が言いたいのは、厳格な世界でも、必ず風穴を開けようと試みる者がいるという事なのです」
その者がルシフェルだったと……。
考えてみれば、あの地獄界の大変革を起こしたのは彼だ。でも、華やかな舞踏会とどう結びつくんだろう?
「ルシフェル様はね、地獄管理界の住民達を一番に考えてくれているのです。あなたなら彼の事をよくわかってるはずだと思っていたわ」
ガブリエルは少女のようにクスッと笑った。
「いやあ、それが……彼の心は今でも読めないです」
アスタロトは照れくさそうに、頭を掻いた。
「アスタロト殿、天界の長達の中にも、ルシフェル様のような考えの者がいると思うのです」
彼女はアスタロトに言い聞かせるように「だから、あなたも諦めないで良い解決方法を探して下さい」と言って、静かに見つめた。
「わかりました」
「でも、どうしてそんなに? ウリエル殿の為?」
「ウリエルに喜んでもらいたい……その為なら、僕は何でもやってあげたいです」
「本当に彼女の事が好きなのね」
「はい、大好きです! 誰よりも」
そんな彼を、ガブリエルは眩しそうに目を細める。
「あなた方が羨ましいわ。”父”が私を、もう十歳は若く作って頂けたらな。あなたとウリエルのように、ふふっ」
彼女はイタズラっぽく、口元に手を当て笑った。
「そんな。あなたはじゅうぶんお美しいです」
(だからベリアルは、あなたに夢中なんだ)
「ありがとう、お世辞でも嬉しいわ」
「そ、そんな……お世辞なんかじゃ」
アスタロトは必要以上に手を振り、顔を真っ赤にさせた。
その後は幼子達の霊界の様子や、先程会ったアズラーイールの事を話し、最後に「ウリエルには内緒にして下さい」と言って別れた。
彼が霧となって管理界へ帰るのと入れ替えに、ちょうどウリエルが天界へ帰って来た。
彼女は資料を探しに、天界図書館に行こうとしていた。その時――――。
「あ、ウリエル様!」
振り向くと、三人の少女天使達が駆け寄って来るところだった。先程アスタロトが出会った”ひよっこ天使”達だ。
彼女達はウリエルの受け持つクラスの生徒でもある。
「ウリエル様、さっきね、アスモデさんが来ていたんですよ!」
茶色のくせっ毛の、そばかす天使が報告した。
(アスモデ? きっとアスタロトの事ね)
「彼どうしてここへ?」
「えー……っと、私たちビックリしちゃってえ、逃げて来ちゃった」
と、ウリエルよりも小柄な赤毛天使が恥ずかしそうに言った。
(あらあら……)
でも、アスタロトは何の用事だったのかしら?
「あっ! そう言えば私たち逃げちゃう前にガブ……とか言っていたわ。ガブリエル様の所かな?」
一番頼りになりそうな天使が言う。
「そう……ありがとう」
どちらにしろ、ガブリエル様の所へ行ってみましょう。
ウリエルは生徒達が去った後を見届け、ガブリエルに会いに行った。




