第30話
天界にやって来たアスタロトは、ある一人の大天使を探しに、白亜色に煌めく廊下をうろうろしていた。
時々”ひよっこ”天使達とすれ違い、その度クスクス何やら囁かれ笑われた。笑う度に震えている白い羽根が、彼にとって何だかイラつかせた。
「ねえねえ、あの方管理界の方よね?」
「見たことある~! 誰だっけ? アス……アス」
「アスモデさん?」
ドテッ!
(”アス”しか合ってねえじゃん! しかもあんなガタイいくねえし)
「ちょっと君達! ガブ――――」
アスタロトは思い切って、新米天使に声を掛けてみたが。
「キャーーーッ!」
あっという間に、”ひよっこ”天使達は逃げ去って行ってしまった。
「ちょ、ちょっとーっ!」
(何なんだ! あいつら)
アスタロトは思わず舌打ちした。地獄管理界の長官という立場でも、どうやらあの子達には通じないらしい。
(困ったなあ……。俺、ガブリエルの部屋知らねえしなあ。例の赤ん坊の部屋かな?)
「アスタロト君? アスタロト君だよね?」
聞いた事ある声が――――。
アスタロトが振り向くと、そこにはヒョロリとした黒髪の大天使アズラーイールが立っていた。
優しげな笑顔には、黒縁の丸眼鏡を掛けていた。
アスタロトはいつも彼を見る度、人間界でかつて流行った、某世界一有名な魔法使いというキャラを思い出していた。以前彼に、何故こちら(天界)に帰って来ても眼鏡を掛けているのか聞いてみた事があった。
「人間界での仕事で掛けているうちに、この方が落ち着いちゃってね。でもこれ、”伊達”だよ」
アズラーイールは人間界で、葬儀屋の手伝いをしていたのだ。
「ああ、いつ人間界から帰ってきたんだ?」
彼は去年の舞踏会でウリエルのパートナーという事もあってか、アスタロトはつい口調がぞんざいになってしまう。
アズラーイールは青みがかった薄いグレー色の翼を折りたたみ「ついさっきね、僕の雇い主が亡くなったから、霊界へお送りしたばかりなんです。安らかな良い笑顔だったなあ」と、感無量という面持ちになった。
「あ、そ……」
アスタロトはたいして興味無さそうなふりをしたが、人間達の霊界という場所を覗いてみたい気持ちもあるのだ。フレディ・マーキュリーとかカラヴァッジョが、今どうしているのか本当は彼に聞いてみたかった。
「で、君はどうしてここに?」
「ああ、ガブリエルを探してるんだけど」
「ああ! ガブリエル様なら幼子達の霊界にいらっしゃいますよ。案内してあげますか?」
「あ、いいよ。前にも行った事あるから」
「そうなんですか? あ、そういいえばウリエル殿も時々そこに――――」
「ああ、わかったわかった! ありがとう! それじゃ」
アスタロトは早く切り上げたくて、その場を離れようとした。
離れる際彼は「今年のウリエルのパートナーは俺だよ、ハリー!」と、言ってみた。
「やだなあ、僕はアズラーイールだよ。でも良かったですね」
ああ、そうだよ! 最高さ!
アスタロトはさっそく、幼子達の園へ行ってみる事にした。
目的の部屋に着き、いざノックをしようとしたら「アスタロト殿? どうされました?」と、背後から声が。どうやら天使というものは、音も無く後ろから近づくのが得意なようだ。
「あ、ガブリエル様。突然すみません」
「ふふっ、ウリエル殿に会いに来られたのですか?」
ああ、この方の笑顔にベリアルはやられたのかな?
ガブリエルの暖かな微笑みは、誰もが心の底から癒やされる。それは、穏やかな春の日差しのようだった。
「あー……実は、リリスの事なんですが」
「えっ? リリスの事?」
地獄界の管理人の一人から、まさかリリスの名が出てくるとは思わなかったようで、ガブリエルは戸惑いの表情を見せた。
「あの、ウリエルから聞いたんですが、やはりリリスは舞踏会には参加は無理なんですか? でも、どうして?」
「ウリエルから聞いてない? 理由を」
「天界の者でも、我々のような者でもない。それに地上で罪を犯しているから、と」
「……そうね」
「でも、リリスはもう十分償っていると思いますよ。それは、あなたならわかってるはずでは?」
ガブリエルは先程までの穏やかな表情を曇らせ、静かに目を伏せたのだった。




