第2話
ウリエルはルシフェルの部屋の前に来ると、リヴァイアサンの頭部をかたどったドアノッカーで扉を叩いた。
「いつ見ても趣味の悪い扉ね」
そう独り言を言っていると、重そうな扉がゆっくりと開いた。
肩まで伸びた銀髪の、不機嫌そうな端正な顔が彼女を見下ろした。
氷のような灰色の瞳が、大天使を突き刺す。
「ルシフェル様、報告書を持って参りましたわ」
「ああ、ご苦労」
彼はその報告書である巻物を受け取ると、さっさと扉を閉めてしまった。
「……ったく! 相変わらずニコリともしないんだから」
ウリエルはそう呟き渋い顔をした。
「今日もお美しいですねえ~、とか言えないのかしら」
ウリエルはイタズラっぽく、チロッと舌を出した。そして再び美しく輝く翼を現わすと、天界へと飛び去って行った。
◇
さて、自室に戻ったアスタロトは、まだ夢心地でいた。
その部屋だが、彼が70年代から愛して止まないクイーンのレコードやらCD、ポスター等で埋め尽くされていた。奥にはリスニングルームとして広いフロアーに、巨大な高級オーディオセットが鎮座している。
実はフレディ・マーキュリーが亡くなった後、アスタロトは彼に会いに行こうとしたのだが……。
「申し訳ないけど、人間達の霊界には君達は入れないよ」
大天使ミカエルから、こう固く断られてしまったのだ。
そしてアスタロトが去り際、こうも伝えた。
「この先も、君は彼に会う事はないよ。これはどういう事かわかるね」
(あ……そうか……)
アスタロトはそれを聞いて、寂しいとともにホッとしたのだった。
「あっ、そうだ! どういう格好して行こう」
彼はなかなかの美形のわりに、服装に関しては微妙なものがあったのだ。
今もブラウン系のレザージャケットに、中はロックTシャツだ。普段からだいたいこんな格好なのだ。
そんなものだから女子の間からは「アスタロト君って、なんというか……イケてないよね」と、嘲笑される始末だ。
「でも彼って、ちょっとあの俳優に似てない? ほら、何だっけ? あ、そうそう――――」
誰やら何とかという俳優の名前を言っていたが、アスタロトには知らない名前だった。
(誰だ? その”なんちゃら”って……)
一応彼は地獄管理界の中で、階級でいえばルシフェル、ベリアル、ベルゼブブに次ぐとされ、四大長官の一人である。
(人間界では魔界の大公爵などと呼ばれている)
ここ地獄管理界の住人達の服装は自由で、人間と同じような格好だ。女の子達なんかはまるでアメリカのティーンエイジャーばりに派手だ。但し、それは一部の上層部以外である。
厳格なルシフェルは、いつもTシャツ姿のアスタロトを見る度眉をひそめる。
だが、当の本人はそんな自覚がまったくない。
そんな彼でも人間の音楽に興味を持つ前などは、美しい深紅のローブ姿で、なかなか女子受けが良かったのだ。
アッシュブロンドの髪は肩まで伸び(今はミディアムヘアーだが)、地獄管理界の象徴とも言えるコバルトブルー色にも似た瞳は、神秘的な森の奥に佇む湖を思わせた。その美しい青年の姿に、同じ管理界の女性達はざわついていたものだった。




