第18話
「なあウリエル、あの木は……?」
アスタロトは小高い丘にある木を、指差し尋ねた。
「人間界にある桜という木に似てる。すごく綺麗だ……」
するとウリエルは「ああ、あれは……」と、言ったきり口をつぐんでしまった。
(まずい事聞いたかな?)
やっと口を開いた彼女は「あれは私とリリスとの秘密なの。これ以上は彼女自身の事だから言えないわ。ごめんね……」と言い、目を伏せた。
何故か悲しそうだった。
「いや、こっちこそごめん」
もう一度アスタロトは、白い桜に目をやった。時折風のせいで、花びらが雪のように舞っている。
ウリエルの言葉を聞いたせいか、彼の目にはもの悲しげに見えた。
「お待ちどう様」
リリスの声に、二人は気を取り直した。
果実酒の甘く芳醇な香りが漂ってきた。
陶器製の酒器に入った果実酒を、グラスにそれぞれ注ぐ。ルビー色の液体が流れていく。
さっそくウリエルはグラスに口をつけた。
「美味しい~!」
ウリエルの翠色の瞳がパッと輝いた。
「リリちゃん、これ本当に美味しいわ!」
「良かったーっ! あ、あんたもどうぞ」と、またもや”ついでに”という感じで、アスタロトにも勧めた。
「あ、じゃあ……」
甘い香りが鼻をくすぐる。彼は一口飲んでみた。
(う、うえっ! 甘っ!)
予想以上の甘さにアスタロトは、思わず顔を歪ませてしまった。
(ウリちゃん、こんなに甘いのが好きなのか……)
見ると、ウリエルは自分好みの果実酒にご満悦だった。
顔を歪ませたアスタロトをじっと見ていたリリスは突如席を立ち、また奥へと引っ込んでしまった。
「どうしよ……怒らせちまったかな?」
「ん~?」
ウリエルは余程酒がお気に召したのか、うっとりとしていた。
(ああ、こういう表情も可愛い!)
暫くすると、リリスは何かを手に持って来た。
「あんたは、こっちがいいんでしょ?」と言い、テーブルの端で栓を思い切り開けたビールを、アスタロトの前に置いた。
実は、ビールは彼の大好物だ。
「あ、すいません。よくご存知で」
「当たり前でしょ? あたしを誰だと思ってるのよ。あんたんとこの上官達の酒の好みくらい知ってるわよ」と、リリスは言いながらも自分もいつの間にかビールの栓を開けていた。
「なんだよ。君も(ビール)飲むのかよ」
「そうだけど。あたしもビール好きだし」
「私、苦いの嫌~い!」
「まあまあ、そう言わずにウリちゃんも飲んでみろよ」
バシッ!
無理矢理ビールを飲まそうとしたアスタロトに、ウリエルから翼の一撃が。
「てっ!」
リリスがビールを吹き出しそうにしている。
「バーカ!」
アスタロトは不謹慎ながらも、こういう時間が続いて欲しいと願った。
「さて、本題にいきますか」
リリスはそう言って、先程彼女が持って来た本をテーブルに置いた。
「それは?」
さっきまでトロンとしていたウリエルの表情が、凜と引き締まった。
「この本はね、昔人間界のヨーロッパで流行った、一種の魔術書よ。ほら、ここの記述と絵を見て」
こう言って、リリスは魔術書のあるページを見せた。それには「マモン」に関連した記述や、イラスト等が書かれていた。
アスタロトはリリスが指差した絵に注目した。そこには、双頭のカラスのような悪魔が描かれていたのだ。
「でもさあ、人間が描いたもんなんて胡散臭いぜ。どうせ適当な想像だろうし」
アスタロトは、例の忌々しい「アスタロト像」のイラストを思い出し憤慨した。
「ああ、あんたのは酷い描かれようだものねえ~」
リリスは大笑いした。ウリエルまでもがコロコロ笑ってる。
(やめてくれ~!)
「でもね、この書物自体がまんざらデタラメでもなさそうなのよ。もしもよ、マモンに兄弟がいたら。しかも、この双頭のカラスのように双子とか……」
「でも、双子ならわかるはずだろ?」
「あら、双子だからって必ず瓜二つってわけじゃないでしょ? しかも千年以上も環境が違えば……」
「ちょっと待って! それじゃあ天界に、私達の仲間に裏切り者がいるかもしれないというの?」
ウリエルが戸惑いの声を上げた。
「そうだとしたら、何故今頃……」
――――そうだ、何故、今更なのだろう?
何千年もかけて、奴は何をしようとしているのか。何を目的としているのだろう。




