第16話
「何の用? ウリエルなら来てないわよ」
音も無くアスタロトの後ろに立っていたリリスは、腕を組み彼を睨んでいた。
彼女は胸元が大きく開いた、漆黒のドレスを着ていた。太腿辺りまでスリットが入り、すらりと伸びた左足が見えている。
腰まで伸びた長い濡羽色の髪が、何処から吹いてくるのか優しい風に揺れていた。
恐ろしいほどに美しい妖魔はアスタロトに近づくと「まさか、あたしに用があるとか?」と、聞いてきた。
花の香りが強くなった気がした。
「ああ……その”まさか”なんだけど」
アスタロトはその時、何だか違和感を感じ辺りを見渡した。
ここは確かに来た事があるはずだが、そういえば、突然この屋敷が現れたような……。
「なあ、この屋敷……場所ここだっけ?」
「えっ? ああ、やって来る者によって場所が変わるのよ。まさか、あんたが来るとは思わなかったから、たまたまこの場所になったわけ」
(まるで見張り小屋だな)
「それよりさあ、あんたって相変わらずセンスないわよねえ」
リリスはアスタロトを上から下まで何度も見、おかしくてしょうがないというように、クスクス笑いだした。
「一般住民と間違われてもしょうがないわよね」
会っていきなりこんな言われように、さすがにアスタロトはムッとした。
「るせーな! 関係ねえだろ」
「あんたねえ、一応”上官様”なんだから少しはマシな格好しな。ジーンズにロックTシャツって……」
やれやれとため息を吐き、首を振るリリス。
(これの何処がおかしいんだよ?)
思わず自分の服装をチェックし出すアスタロト。
「これが”大公爵様”なんて人間どもが祭り上げるんだからねえ。四大長官の一人だっていうんだから信じられない」
するとリリスはアスタロトに手をかざすと、一瞬目映い光を放った。
「!」
アスタロトはわけが分からず、思わず後退ってしまった。
「これで、少しは見られるようになったんじゃない?」
見ると――――。
いつの間にかアスタロトは”着替えさせられて”いた。
黒のシャツの上に黒のチェスターコート、首元にはグレーのストールが巻いてある。そして下は黒のチノパン。
「で、あたしに用って?」
呆然としているアスタロトに、リリスは再度聞いた。
「あ、ああ……そうだ、マモンの事なんだけど」
マモンの名を聞いたリリスは、思い切り渋い顔をした。
「そのゲス野郎の名前なんか聞きたくないわ。今回の事件と何か関係あるの?」
「えっ?」
「例の事件なら、あたしの耳にも入ってきてるわよ。そいつの事で、なんであたしに?」
そこでアスタロトは、自分達が今まで調査した結果や、見解等を話した。
「君のマモン像が知りたくてね。奴の事、どこまで知ってる?」
すると彼女は「ちょっと待ってて」と言うと、屋敷の玄関先へ向かった。
(中には入れさせてくれないんだ)
リリスが玄関前の階段を上がる際、アスタロトは彼女が裸足だった事に気づいた。そして、左足首の少し幅の広いアンクレットが何故か気になった。
それは花園の空の強い光のせいで、美しく輝いている。
暫くアスタロトが待っていると、リリスは一冊の本を手にし出て来た。
「それは?」
「これは人間界から持ってきたものよ。実はこの中のマモンは――――ああ……」
急に彼女は空の”何か”に気づき、アスタロトには絶対に見せない優しい柔らかな笑顔になった。
「ああ……彼女が来たわ」
アスタロトも、彼女の視線の先を振り返って見たのだった。




