第12話
一方、アスタロトは――――。
彼は、かつてウリエルが管理と支配していた地獄界へと、アスモデと共にやって来ていた。
アスモデは口は悪いが、アスタロトにとって頼もしい相棒だ。ライダースジャケットに隠された屈強な腕には、”アスモデウス”のタトゥーが。人間界でよく見る、例の牛と人と羊の顔を持つ異様な怪物が火を吐くドラゴンに跨がってる、あのイラストである。
それを見た時のアスタロトは、格好いいと思ったものだ。なにせ人間が考える「アスタロト像」は、珍妙な王子擬きが、これまたヘンテコリンな怪物に跨がってるのだから。
「俺も(タトゥー)入れてみようかな」
「お前はやめとけ。一応長官の一人だろ? あの堅物のルシフェルに何こそ言われるかわからんぞ」
きっぱりとアスモデに言われたっけ。
(好きで長官になったわけじゃねえのに……)
アスタロトとアスモデは、吸い込まれそうな闇の中を歩いて行く。だが、そんな闇でも彼らのような地獄界を仕事としている連中にとっては、只の居心地の良い場所でしかなかった。
「なあ、アス……」
ふと、アスモデが聞いてきた。
「お前、あいつからOKもらったんだろ? 舞踏会の。その後はどうなってんだよ」
「どうって……。何もないよ」
アスタロトは自虐気味に笑った。
「この事件解決したら、本格的に交際申し込んでみろよ。結果は知らんけどな(笑)」
「い、いやあ~……それは無理だよ、俺なんか。デートでさえ断られ続け惨敗だもんな。そういうお前は誰か気になるヤツいないのか?」
「俺の事はいいよ! それより――――」
「おい! ここだろ? 例の」
彼はアスモデの話しを遮った。どうやら、元地獄界の入り口に着いたようだ。
長く狭い通路を歩いて行くと、それは突然開けた場所に出たのだ。ちょうど現地獄界の、反対側のその場所はある。
奥へ進むと、今の地獄界ほどではないが、荘厳な門が目に飛び込んできた。
現役時代はさぞ美しかったであろう門だが、今はくすんで赤黒くなってしまっている。それはまるで、罪深き亡者の血のようである。
その門の両側には多分、ウリエルの部下であろう門番達が立っていたのか。
アスタロトはそっと、その門に手を当ててみる。
――――ウリエル……君はずっと、こんな暗く寂しい場所で任務を遂行していたんだね。
小柄で華奢な、黄金の翼を持つ美少女が……何故?
門の向こうの深淵へと向かうウリエルの姿を想像した彼は、胸の奥がズキリと痛んだ。
彼女はここを通過する度、何を思っていたのだろう……。
彼はそんな暗い気持ちに沈んでいたが、アスモデの声に我に返った。
「おいっ! これ何かおかしくないか?」
アスモデが、しきりに鍵穴辺りを気にしている。
「どした?」
「このキズ、最近付いたやつじゃないか? いやに新しく見えるけど」
アスタロトも、彼が示した鍵穴を見てみる。
見るとアスモデが言ったとおり、明らかにその部分だけが他の箇所とは浮いて見える。
「やっぱ、つい最近ここを使った奴がいるんだな。そう言えば、鍵の保管場所って何処だ?」
「確かこっちに保管場所があるはずだ」
二人は門の右側の少し離れた所に、小さな通路があるのを見つけた。
その通路の突き当たりに、例の部屋はあった。
ドアノブに手を掛けると、あっけなく開いた。
「!?」
アスタロトがそっと入ると、中はちょっとした書斎になっていた。部屋の両側に本棚があり、古ぼけた書籍が数冊あるだけだった。しかし彼らが注目したのは本棚ではなく、正面の壁であった。
そこには”鍵掛け”があったと思われる箇所が、確かに壊されていたのだ。
「なんで”フックごと”持って行ったんだ?」
「きっと、ウリエルでなければ持ち出せないようになっていたんだと思う。だから犯人は壊して持ち出したんじゃないか?」
アスタロトはこの犯人の意図が分からず、不気味に感じていた。
「そういえば……」
こうアスモデは切り出し「カマエルの奴が言っていた”噂”って、いったい誰が言い出したんだろな?」と、本棚を覗きながら言った。
(ああ……そうだった! そこだよ。ただ……)
「アス、それにはカマエルの部下に話しを聞く必要があるかもな」
アスタロトは憂鬱な気分になった。




