第10話
役人の誰かが呼びに行ったのだろう。群衆が引いた廊下の向こうから、長官の一人ベリアルがゆっくりとカマエルに近づいて来た。
大天使カマエルとはいえ、相手はルシフェルに次ぐ、元最高位の大天使であった者だ。
カマエルとその部下達は後退りした。
「ベリアル殿、俺達はただ……」
「話しは聞いている」
ベリアルはカマエルの言葉を遮った。端正だが、無表情の顔からは感情が読み取れない。
カマエルは、心臓の奥が(天使に心臓というものがあるのなら)ヒヤリとした。
「この件は天界とここ(地獄管理界)との問題になると思う。いずれルシフェル殿も含め、ミカエル達とも協議する」
「しかし、捜査を……」
「順番が逆ではないのか? ここへ乗り込んで来る前に、上の者に報告したのか?」
カマエルの目が泳ぐ。部下達も同様だ。
(ふん。所詮この程度か、こいつら)
ベリアルは、彼らに冷ややかな目を向けた。
「話しは終わりだ。この件は、もうお前の手から離れた。そしてアスタロト――――」
いきなり話しをふられたアスタロトは、ビクリとした。
「あ、はい!」
「ここからは、お前が捜査しろ。協力者を連れて行くといい」
「わかりました」
「わたしはルシフェル殿に報告しに行く。ウリエル、後で会議を開くとしよう」
「――――ええ、わかりましたわ」
そう言うとベリアルは、ルシフェルの部屋へと向かって行った。
「そういう事だ、カマエル。今すぐ立ち去ってもらおうか?」
アスタロトは、ベリアルの前ですっかり小さくなってしまったカマエルに、こう言い放った。
「おい、お前ら! 行くぞ!」
「えっ? でもカマエル様……」
部下達はまだ未練がましかったが、結局大きな羽音を響かせ飛び去って行った。
「二度と来るなーっ!」
群衆は一斉に拳を突き上げ、叫び始めた。だが、アスタロトは「みんな、やめるんだ! 戻れ! さあ、早く解散するんだ」と、皆に早く立ち去るよう促した。
やっと群衆は静まり、バラバラに散り始める中、アスタロトはカマエルが去って行った後を見上げていた。
「俺、あいつ嫌いだ」と、呟いた。
だが大天使で同僚でもあるウリエルに気づくと、「あ、ごめん」と謝った。
「ううん、私も嫌い」
アスタロトは思わず彼女を見た。
イタズラっぽく微笑むウリエルの翠色の瞳が、キラリと輝く。そして彼女は天界へと続く階段の途中まで駆けて行き、黄金の翼を広げ飛び立って行った。
――――ああ、ウリエル。君はやはり美しいよ。
アスタロトは彼女が飛び立った後を、暫くの間見つめていたのだった。




