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三色の王2  作者: 水山柔
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本部捜査官の矜持

「――出てこい、別に噛み付きやしねーからよ!」


 なるべく平坦な声音を心がけて乾が叫ぶ。

 その言葉を信じたわけではないだろうが、呼びかけに応じて、物陰に隠れていた人物が速やかに姿を現した。腰が抜けたり膝が笑ったりはしていないようで、あくまで威風堂々としている。それでも、無意識なのか、ある程度の距離を保ち、後ろ側に体重を残した半身の構えを取いているあたり、警戒を完全に解いていないのは致し方あるまい。なるべく刺激しないように、と乾は自分から近づくのは控えて観察する。

 

 男は……いや、驚くことに、彼はせいぜい少年から青年への過渡期にある風貌だった。精悍な顔つきながら、まだ完全には幼さが抜けきっていない。人間離れした気迫を放ち、若干年齢が読みにくいが、意外と制服を着れば中高等部に紛れる筈。

 伸びしろがあるのか、背は中の下。それでも矮躯に思わせないほど、服の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体。髪は染めているのか、見事な白色。鏡面の黒眼鏡で瞳は見えづらいが、鋭い眼光がはっきりと幻視出来る。


 あまりに人間と隔絶し過ぎた能力のせいで、少々の実力差は誤差の範疇に収めてしまう乾でも、流石に雑兵とは一線を画すものを感じた。もっとも、不意の突風という幸運があったにせよ、乾の威嚇に怯むことなく強力な一撃を命中させた奴、という認識が既にあったからかもしれないが。


 それはともかく、問題は、やはり見間違いではなかったらしく、何の変哲もないシャツの胸部にある、見慣れたモノ。

 青い薔薇の紋章。本来揃いの制服にのみ付けることを許された意匠を私服に堂々と纏えるのは、二通りの人間のみ。


 即ち、その紋章を家紋とする天才の一族、櫻田に連なる者か。或いは、彼等に仕える〝青薔薇〟でも抜きん出た精鋭たる本部捜査官か。

 どちらも見知っている乾は、後者だと判断した。前者が単身で外出する筈もなく、身体的に優れている訳でもない。櫻田一族を王たらしめているのは、卓越した頭脳であり、肉体は凡人と何ら変わらない。


 いずれにしろ、まずいことになった。あれだけ派手に脅しつけたのは問題だ。威嚇は防御手段だが、同時に力を誇示する攻撃的な意味合いを持つ。過去の事例から察するに、充分敵対行動だと咎められる根拠となりそうだが……何とか手を出していないと言い逃れることは可能だろうか。無理なら無理で、軽い罰則で済ませては貰えないものだろうか。

 先ほどまでの堂々たる態度はどこへやら、規則違反で呼び出された学生のように情けないことを内心願いながら、乾は精いっぱいの虚勢を張った。


「私服の〝青薔薇〟か」

「ああ。本部捜査官の南條真琴だ。あんた、乾忠猛だな」


 ジャブから入る大男に、青年は断定のストレートで返した。分かり切っていたことだが、既に身元は割れていた。


「そうだとして、いきなり蹴り飛ばして来たのはどういう了見だ。いよいよ全面戦争でもやらかそうってか?」


 乾の経験則的に、ここで先手を打って謝るのはいい手とは言えない。弱みを見せれば、それに付け込むのが人間。非を認めて許して貰えるのは子供の世界だけで、大人の社会では罰則を受け入れるのと同義だ。だから、自己申告は捗らない。

 対して、南條も負けてはいない。


「我々は現在、この首都カイリーにおいて、とある重大な案件について調査している。現場に居合わせた半裸の不審人物を見過ごす訳にはいかなかった。けれど確かに、警告も無しに一方的な攻撃を仕掛けたのは、こちらの不手際だ。あんたの仕業でないというのなら、な」


 歯をむいて唸る南條。

 一切引く気を見せない挑発に、乾は密かに舌を巻いた。この若武者は、互いの立場を明かした今となっては乾が攻撃出来る訳がない、と高をくくっているのではない。反撃を受ければ死ぬことを理解し、その可能性を承知した上で、それでも下手にはでない。無謀と同義だが、見事な胆力といえよう。


「居合わせたって……根拠はそれだけかよ。むちゃくちゃするな、お前。オレじゃなかったら、顔面爆散してるぞ?」

「一目で、逆立ちしても敵わない化け物と分かったんだ。先手必殺しか選択肢は無かった。警告してる余裕なんか、あるわけ無いだろう」

「いやいや、それなら向かってくるなよ。勝てる訳が無いと判断出来ていたのなら、大人しく引けよ。オレがもうちょっと怒りん坊だったら、お前の頭と胴体泣き別れてるとこだぜ」


 何故か開き直っている青年に、乾は流石に呆れ返る。しかし、その言葉に南條の態度は劇的に硬化した。


「安全に獲物を狩るだけになり下がった軟弱な支部捜査官と俺を一緒にするな。逃亡なんて選択肢は、まだ後詰が控えている奴にのみ許されている特権だ。俺は戦術上の最後の砦、勝つか死ぬか、二つにひとつだ」


 何らかの脅威に直面した際、市民は警察を頼ることが出来る。同様に、彼らの手に余った時、警察は組織内部の特殊部隊に、或いは〝青薔薇〟の支部に、解決を依頼できる。更に、支部が本部に打開を具申し、本部捜査官が召喚される。そして、その次は存在しないと、南條は放言する。


「最後の砦だったら、なおのこと死ぬのはまずいだろ」

「戦術上の、と付けただろう。俺でさえ手も足も出ない脅威なら、戦略から変えればいい。最悪、切り札を以て処するべしって結論に達するだけのこと。例えば、あんたみたいな化け物が殲滅対象だ、といったような」


 ここでようやく、乾は理解する。南條は、不意打ちならば勝機があると見込んだ訳ではない。

 逆だ。見込みがあるとすればそこしかないから、先制攻撃に踏み切っただけだ。賢明からは程遠く、合理的ともいえない。これは断じて、勇気ではない。

 思い出した。ただただ自分の職責を全うしようとする、機械をも超える、滅私を突きつめた精神構造。

 南條真琴と名乗った青年は、〝青薔薇〟の本部と支部の捜査官を隔てる、見えない差を体現する人間だということだ。


「かー、あいかわらず本部の奴は狂信的もいいところだぜ。人間はすぐ死んじまうんだから、命は大事にしろよ。……とにかく、誤解だ。オレも火事を見に来たらもう誰かが燃やされてた。で、怪しい奴を見つけたら刃物を持っているらしかったんで、体当たりぶちかましたら、ちょっと加減を間違えてこのザマってだけだ。これについては、ほんと弁解のしようもない」


 肩をすくめる乾の言葉に眉をしかめつつ、南條は周囲を見回す。生々しい破壊の跡は、彼自身の攻撃によるものを差し引いても、軽視できるものではなかった。


「建物は、まあどうせ近々取り壊す予定だろうから構わないが。ちょっと加減を、ねえ。いやいや、こんな僻地の小規模火災に、わざわざ野次馬に来るなんて、ちょっと、信じがたい話だな。これでも俺は相当早く駆けつけた筈だ。現に消防も、他の〝青薔薇〟も、誰一人姿を見せていない。どこから来たか知らないが、何か確信があったならともかく、こうまで急行したのはどうしてだろうな。もしくは、こんないかがわしい場所をうろつく理由が他に何かあるのかな?」

 

 ここは首都カイリー外周近くの無人街。街の中央部に比べて治安も悪く、一般人があまり足を運ぶ場所ではない。何故お前がここにいる、と南條は乾を睨みつけた。言外に、たまたま居合わせたなどという言い分は通らないと威圧しながら。

 不審がられている乾は、少し考えて言葉を選びながら答える。

 

「噂になってたんだ。年末からこっち、燃焼物不明の不審火が多発してるってな。そんな時に、繁華街で買い物していたら、こんな人気のない地区から異臭が漂ってくるじゃねえか。それで気になって見に来たんだよ」

「噂? 何処からの情報だ?」

「渋る程じゃねえが、情報元は明かせねえな。まあ、そいつも又聞きみたいだったし、所詮街の噂だ」


 何か事情があるようだった。恐らく、輝空也の名前は出さない方がいいだろうと、乾はそこだけ嘘にならない範囲でぼかしておく。それが功を奏したのか、暫く訝しげな表情を浮かべて様子を探っていた南條は、それでも虚偽を感じ取れなかったのだろう、渋々頷いた。


「……まあ、その程度は流石に漏れるか。幾ら情報統制を行ったところで、火災なんて目立つ現象自体を完全に無かったことには出来ないし」


 実際は内部からの情報漏洩であり、それがなければ引きこもっていた乾が不審火の情報を耳にするのはもっと後になったろう。しかし、そこまでの裏事情を知らない南條は、その説明にひとまず納得したようで、次なる質問に移る。


「それで、あんたの証言が正しいと仮定して、この残骸の何処かに不審者が埋もれているんだな?」


 真偽のほどはさておき、今は不審火、もとい放火殺人犯を確保するのが最優先だ。乾の話通りなら、一直線に続く破壊の終着点付近に、目指す人物……或いは、既に死亡しているかもしれないが、その身柄があるということになる。下手をすれば、全く本筋とは関係ないところで死んでいたかもしれないが、思いがけず楽な任務になったかもしれないと瓦礫の山に目をやる南條。

 だが、そこで思いがけない一言が挟まった。

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