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三色の王2  作者: 水山柔
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共闘依頼

「いや、どうだろうな」


 ここにいるのは、二人の男のみ。当然、発言主は乾しかいない。茶々を入れられていると感じたか、南條の額に青筋が浮かぶ。


「くだらない問答をするつもりはない。不審人物に体当たりをぶちかましたと、あんたが言ったんだぞ。もし口から出まかせなら、重要参考人として同行して貰うことになるが」

「善意の第三者がそれに協力する義務はあるのか?」

「勿論、法的拘束力はない。口惜しいが、力づくで引っ張っていく力も無い。ただ、どうだろう。あんたの不審な言動に関して、担当の小清水女史にどう報告するかが俺の胸三寸ということを鑑みれば、せいぜい誠意ある回答を心掛けるべきじゃないか」

「お前をこの場で消して口封じするって案も、なくは無いんじゃあねえか?」

「――妄想を垂れ流すのが、あんたの恫喝か。ここにいる理由、建物が倒壊している理由、あの焼死体との関係。いいから、俺が大人しく尋ねているうちに、速やかに端的に過不足なく、偽りない事実だけを垂れ流せ」


 双方による挑発合戦により、俄かに高まった緊張感は、南條の方が先に我慢の限界に達する。もしまだ無駄話を続行するなら、青年は再び実力行使に訴えるのが確実だ。負けると重々理解した上での発言なのだから、立派というか愚かというか、どちらにしろ筋金入りであることは間違いない。

 乾も、ここまで徹底していると却って面白くなってくるくらいで、両手を前に出して弁明した。


「まあ、落ちつけよ。掘り返して出てくればそれに越したことはねえけど、十中八九無駄骨ってこった。手応えはあったが、仕留め切れてはいねえ。南條だったか、恐らくはお前が乱入してきたどさくさに紛れて逃げ出してるよ」


 今度こそ予想外だったか、その説明に南條は数秒固まった。そして、徐々にその意味が氷解し、脳内に染み込んでいくにつれ、怒りは一転して、焦りを僅かに含んだ訝しさに戻った。


 つまり、捕えるべき賊は、これだけの惨状を作り出す乾のぶちかましを受けて、逃げおおせた――――?


「……何か、心当たりがあるんだな?」


 まさか何となくでそんなことを言い出さないだろうと、青年は腕組みをして問いかける。それに対し、乾もまた姿勢を正した。

 

「確証とまでは言えねえんだけど。ありゃ多分、オレの知り合いだ。元同志、〝魔王〟一派といえば、通じるか?」


 その単語に、どのような意味が込められていたのか。南條は、今日一番の動揺を示す。叫び声こそあげなかったが、目を最大限に見開き、驚愕を必死で押し殺したのは明らかだった。秒針が一周するほどの沈黙を経て、ようやくぽつりと漏らす。


「それが本当なら、由々しき事態だ。かの高名な〝魔王〟の配下が犯人だとすれば、俺たちだけで当たるのは危険極まる」


 一旦言葉を区切り、憔悴の色を垣間見せながら矢継ぎ早に南條は質問を繰り出す。


「しかし、それこそ何の証拠がある。顔を見たか、会話を交えたか」

「顔は見てねえし、喋ってもいねえ。つか、ぶっちゃけると、オレは人の顔を覚えるのがものすごく苦手でな。何年も会ってない奴のことなんか覚えてねえ。だから、本当にオレの想像してる人物かどうかは、そうだな、絶対じゃねえ」


 曖昧な供述に、南條は苛立ったように地面を踵で打ち付ける。


「なんだそれは。それが本当かどうかで、事情は全く変わってくる。確たる根拠のない発言なら控えろ」

「かもな。ただ、長いこと生きてきたけど、あんな生き物はそいつしか出会ったことがねえ。誰よりも濃い、血生臭い殺人鬼のニオイだ。言っておくが、オレは嗅覚には自信があるぜ」

「……全くの嘘という訳でも無さそうだな」


 鼻を指さしながら悠々と告げる大男に、やはり騙そうとする気配を感じなかったのか、南條は逆に確証を得たらしい。もう一度間をとってから、何故か湿り気のある視線で乾を捉えた。


「しかし、だとすれば困った。ろくな情報もないまま、そんな危険人物と無策でやり合えば、俺の部下は犬死だ。敵をよく知り、撃破する実力者の協力が得られれば、こんなに心強いことはないのだが」

「……なんだその茶番。もしかしなくても、オレに手伝えってか」

「物分かりのいい奴は嫌いじゃない。既に理解して貰えただろうが、相当厄介な事案らしい。情報を開示するから、共闘を頼めないか?」


作り物くさい、というか出来過ぎな作り笑いを浮かべる南條に、乾は反射的に一歩下がりそうになった。


「一応確認だが、オレに断る選択肢はあるのか?」

「どうぞご随意に。ただどうだろう、本部に、乾忠猛がわざと同志を逃したとか、裏で繋がっている可能性が濃厚だとか、ありもしないあれこれを誤って伝えてしまうかもしれない。痛くもない腹を探られて、ますます締め付けが厳しくなるくらいなら、身の潔白と有用性を証明する為、素直に協力した方が賢明だと勧告しておこう。なに、快く依頼を受けて貰えれば、報酬もきちんと支払うとも。ええと、巌軋民間警備会社だったか?」


 小清水のことを知っていたことから、薄々察していたが、この若い本部捜査官は、乾の抱える諸々の厄介な事情を正しく把握しているらしい。舌戦ではかなうはずもないと、深くため息をついて、乾忠猛は観念した。


「くそ、わあったよ。ああ。別に元同志といっても庇い立てする間柄でもない。馬鹿野郎を野放しにするのはこっちとしても本意じゃねえから、協力するのは構わねえ。けど、諸々の処理はそっちでやってくれよ。それこそ、小清水にはうまいこと言っておいてくれ。オレは色々と制限きついんだから」


 小うるさい腐れ縁の説得を強調し、乾はせめてもの悪あがきを試みるも、南條は承知したとあっさり請け負った。


「任せてくれ。最優先でこの件を解決するよう、本家から言付かっている。つまり、やりたい放題だ。つまらない横やりを入れてこないよう、こちらで釘を刺しておく」

「ああそう……」

 

 まず間違いなく近年まれにみる面倒事を背負いこんでしまった乾は、もうなるようになれと、投げやりに呟いた。昼の電話に乗せられて、深く考えずに火災現場に駆け付けたせいでこの様だと悔やむが、既に後の祭りである。

 さて、話は決まった。ということで、早速依頼主の南條が指示を出す。


「とりあえず、この場は解散だな。明日の昼ごろ、改めてそちらにお邪魔するから、細かい話はその時詰めるとしよう」

「確かに、もう結構遅いけど、打ち合わせだけでも、早く済ませておくべきじゃねえか?」


 時刻は既に七時前。夏で日の入りが遅いとはいえ、程なく太陽が沈む。無人街故に生き残っている街灯も数えるほどで、もうすぐ一気に暗くなるだろう。密談に向くかは微妙だが、廃墟と化した周囲の状況を鑑みて、密かに接近するのは難しい筈。何より、乾の嗅覚をかいくぐるのは至難の業だ。別にこのままここで情報交換してもいいと思っていたのだが、南條はそれを押しとどめた。


「いや、一応、この瓦礫の山を撤去してみよう。もし五体不満足な不審人物が埋まっていたら、笑い話にもなりゃしない。もし万一逃げていたとして、深手を負っていることは間違いない。何らかの痕跡が見つかったなら、俺だけでも充分だ」


 だから今日はとっとと帰れ、と手を払う南條に、乾は巨躯を縮こまらせた。


「あー。その、南條さん? その、撤去費用なんですが……」

「気にするな。あんたが余計なことを吹聴しない限り、そちらに請求はしない」

「ほっ、それを聞いて安心した。いい奴だな、お前」


 巨額の賠償金を支払わずに済んだ乾が胸をなで下ろし、無遠慮に肩を叩いてくるのに一瞬眉をひそめた南條は、ひらりと身を返した。


「……勘違いしていてくれてもいいけどな。不審人物が出てくれば、手柄を一人占め。出て来ないで継続捜査になれば、あんたに恩を売れる。どちらに転んでも、俺に損はない。別に私費で払う訳でもなし」


 いけしゃあしゃあとのたまう青年に、乾の笑顔がひきつる。


「え、えげつないね、お前。わざわざ口に出すところとか特に」

「スマートじゃないが、仕方ないだろう。私費じゃないってのは、オレの金じゃないってだけで、ロハじゃねえんだ。そこまで簡単に流されたら、懐は痛まないにしても心は痛い。っと、ようやく部下の到着らしい。今日のところはこれで帰れ」


 南條に言われるまでもなく、多数の足音の接近はとうに聞き咎めている。乾は軽く手をあげると、一目散に廃墟の間を駆け抜けていった。




「申し訳ありません、遅くなりました」

「いや、ちょうど良かった。時に、この瓦礫の山だが、全部撤去するのにどれくらい掛かる?」


 遅ればせながら現着した〝青薔薇〟支部上級捜査官の一人に、燃え盛る遺体について幾つかの指示を出した後で、南條は別の人間を呼び寄せた。尋ねられた男は、廃墟となった一帯を見渡して、考え込む。


「重機の手配をして……しかし、この付近までは入れませんか。手作業が主になると……そうですね、ざっと一週間というところでしょうか」

「今午後七時か。待機中の〝青薔薇〟を全て寄こせ。十五時間で片付けるぞ」


 一週間は確かに幾らか大げさに申告したが、それでも青年が平然と取り決めた信じがたい時間設定に、男は絶句した。


「は――? い、いえ、流石にそれは……!」

「人が隠れないくらいの小さな石は後回し、それと再利用のことは考えなくていい。とりあえず、大きな塊だけどかすんだ。目途が立つまでは俺も手伝うから、街の外に運び出すトラックをかき集めろ」

「しかし、そこまで大きな車輛はここまで近づけませんが」


 腕まくりをして早速作業に取り掛かろうとする南條に、男は苦言を呈す。しかし、それに対し、返答は実にそっけなかった。


「そうか。ならなるべく近くに止めて、後は押し車でも使え。いいからとっとと言われた通りにしろ、その間に大きい塊は砕いておくから」


 本気だ。この本部捜査官は、本気でこの瓦礫の山を一晩で片づける気なのだ。そして、それが職務上の命令である限り、どれだけ無謀だと思っても、拒否する訳にはいかない。


「了解いたしました」

「ああ、それと俺の名前で、巌軋民間警備会社についての資料をかき集めておくように伝えておいてくれ。こちらで取捨選択するから、些細な情報も漏らさないように、とな」

「はい、ただちに!」


 偉そうに指示を出す年下の青年に背を向け、男は各所に連絡を取り始めた。

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