52話 ギネヴィア分国2
ギネヴィア分国は、ケネス帝国の持つ東方大陸の南東部にある分国だ。
インダス王国と呼ばれていた時代から、独特な文化を持っており、帝国の属領となって現在でもそれは維持されていた。
東には、東方の大国・ゾンシンと隣接しているし、イズル皇国や南方諸島ともつながる広大な海が広がっているため、交易の拠点としても極めて美味しい土地だ。
それだけではなく、貴重な魔石が採掘できる鉱山もある。
さらには、高い魔力素質を持った人間が生まれる事も多く、人材の宝庫でもある。
この地を、力ずくで制圧する事を惜しんだケネス本国の方針により、一等分国として優遇することにより、緩やかな支配を目指した。
旧インダス王国の王族を、準皇族として遇し、分国民となった国民達に手厚い保障をし、識字教育なども施した。
その甲斐あり、ケネス人に対する反感を抱くインダス人もほとんどおらず、この地の統治は順調に進んでいた。
支配者であるケネス本国の人間と、旧インダス王国の者たちの姿が街中に見える。
この地では、ケネス人が支配者であるという雰囲気はあまり感じられない。
むしろ、本来の住民はインダス人であり、ケネス人の方は単なる客人にしか見えない。街を歩くインダス人も被支配者という様子は微塵も感じられない。
笑顔を浮かべているものも多く、恐れるか憎しみの視線をぶつけるかしてきたランスロット分国とは大きな違いだった。
そのギネヴィア分国に、アカツキたちはようやく到着した。既に日は落ちており、さっそく宿場を求めた。
幸い、すぐに見つけることができた。
宿につき、荷物を整理するとすぐに、今後の方針について話し合った。
「イズル皇国行きの船について調べてきました」
別行動を取り、船の時間について調べてきたシャノンとシュタールが戻ってきた。
「どうだった?」
「皇国行きの船は、明日に出るのが一つありますが、こちらはすでに満席のようです。明後日の朝に出る船に乗るほかありませんね」
「そうか。なら仕方ないか」
一日ぐらいであれば、この国で過ごすのもいいか、とアカツキも考えた。
「じゃあ、今日と明日一日は自由時間ということにして、明後日の明朝にこの地を経つ事にしよう」
「賛成だ」
「私も異論はありません」
フランク、シャノンも頷き方針が決定され、とりあえずは明後日に備え、今日と明日で英気を養うことにしたのだった。
ギネヴィア分国にある、とある港。
外国へと向かう船の多くが行き来している。
そんなところを、アカツキとレーナは歩いていた。
軽い散歩でもと思って誘ってみたのだ。
レーナは頷いた。
だが、それは散歩を楽しみたいからではなく、主人であるアカツキの命令だから従った、といった様子だった。
(少しは気を楽にしてくれるといいんだけど)
相変わらず、レーナの口数は少ない。
常にびくびくし、怯えながら過ごしている。
今でも、アカツキの顔色を窺っているように見える。
ふう、と軽く嘆息する。
まだまだこんな様子が続きそうだ。
(……)
一瞬、港の方にかすかに視線を動かす。
ちょうど今、新しい船が港を離れていくところだった。
船には、ケネス本国の国旗が書かれてある。
あの船が向かう先は、ケネス本国か。
それとも、南方方面か。あるいは、明後日からアカツキが向かう予定の東方方面なのか。
水属性の魔石を使った、ケネス式の魔導船の船速は桁違いだ。
瞬く間に見えなくなる。
(やっぱり、この技術力は凄まじいな)
改めてそう思う。
イズルでは魔導船の数は極めて少ない。
そのわずかな魔導船もケネスから大金を払って購入したものだ。
(やっぱり、この技術力を手にいれない事にはイズルにも未来はない、か)
ここで再びレーナの方に視線を戻す。
相変わらずの様子だ。
「……」
気分転換になれば、と思って海の近くの方に移動してみたが、相変わらずレーナは無言だ。
(……けど)
きょろきょろと、視線を動かしている。
周りのものに興味を持っているのであろうことはわかる。
奴隷としての生活を送り続けた彼女にとって、ここで見るもの聞くものは新しいものだらけなのだろう。
なら、相手から聞いてくれるまで待つまでだ。
「……」
とてとてと、歩き続ける。
港町から外れていき、海岸近くの砂浜をいつの間にか歩いていた。
(こういう自然のあるところの方が好きなのかな)
人通りもない。
最初の方は、釣りをしているものもいくらか見かけたが、今では人影もまるで見なくなってきた。
誰もいない。
気がつけば、レーナの方が先頭に歩いていた。
アカツキはそれに気づかないふりをしながら、後ろを歩く。
これまでのびくびくと怯えた様子も多少は消えている。
いくらか、落ち着いた雰囲気へと変わっている。
穏やかな海に心が多少は洗われたのか、あるいは一時的に忘れているだけなのかはわからない。
だが、今のこの少女はびくびくと怯えている奴隷とは違い、年相応の女の子に見える。
(やっぱり、来て良かったみたいだな)
そう思った刹那、レーナの体が巨大なものにつかまれた。
「――っ!」
レーナは悲鳴をあげることもできない。
アカツキも、それの正体に気づく。
「魔物!?」
アカツキが驚く。
巨大な蛸の変種のような魔物だった。
うねうね、と10本近くある足を動かしながら、こちらの近づいてくる。
正直言って、見ていて気持ちが悪くなってくる。
「あ……ぐ……」
レーナが苦しそうなうめき声をあげる。
レーナは足の一つにとらえらえ、苦しえげに体を動かしている。
だが、巻きつかれた魔物の足はびくともしなかった。
(何でこんなところに!?)
人通りが少ない場所とはいえ、港からさほど離れた場所ではない。
こんなところに魔物がいるだなんて、通常では考えられない事だった。
だが、考えている時間はない。
「――っ! 炎!」
炎系統の魔法をぶつける。
むろん、レーナに当たらない場所を狙っての攻撃だ。
だが、足の一部でタコモドキはガードする。
ほとんど効いている様子はない。
「なら!」
今度は、タコモドキの足を手持ちの剣でぶった切った。
意外にもやわらかい。いとも簡単に切断できた。
悲鳴のような咆哮をタコモドキはあげる。
主人から離れたタコモドキの足もびくびく、と蠢いていたがそれを強引にアカツキは切り離した。
「大丈夫か!」
「は、はい……」
「危なかった……。それにしても、こんなところに魔物がいるとは……」
レーナの様子を見るが、どこかを怪我している様子はない。
「どこか苦しいところは?」
「い、いえ。別にどこも……」
レーナはそう言うが、後で念のためにフランクにでも見てもらうか、とアカツキは内心で思った。
だが、今はこのタコモドキだ。
足を切られたタコモドキはこちらを睨むようにしているが、すぐに攻撃にうつる様子はない。
だが、危険なことには変わりないので、ここで倒しておこうと考えて呪文を詠唱しはじめた時、
「おやおや、思ったよりやるようだね」
不意に聞こえた声によってそれは中断された。
「比較的弱い部類とはいえ、私の魔物を倒すとは。さすがは帝国学園の生徒だ」
どこか感心したような声だ。
「あなたは……」
奇妙な男だった。
いや、男といっていいのかすら分からない。
顔の辺りは隠されている、ローブ姿の人物なのだ。
それに、アカツキが帝国学園の生徒であることを知っている。
いったい誰なんだ、と聞こうとした時、今度は聞き覚えのある声が聞こえた。
「どうかしたのですか?」
そう言って近づいて来たのはシャノンだ。
どうやら、いつまでたっても戻ってこないので心配してこっちに来たようだった。
「何かあ……っ!」
と言いかけて、ローブ姿の男にここで気がついたようだ。
「! 貴方は!」
と驚いたかのような声をシャノンがあげた。
「? どうかしたのか。この人が何か?」
「どうかしたのか、ではありません。この人は……」
といったん、間をおいてから続ける。
「学園襲撃事件の時に私を拘束した人物です!」
「何だって!? じゃあ、フリーデンの一味なのか?」
アカツキはその言葉に驚くが、タブーは平静そのものだ。
「おや、それは誤解というものだ」
す、とタブーはシャノンの前に出るとシャノンの勘違いをただした。
「別に私はフリーデンに所属していたわけではない。ただ、彼らの活動を支援していただけなのだ。少し、要件があったのだよ。そちらの彼女に」
「……」
シャノンの方にタブーは視線を動かす。
それを無言でシャノンは受け流した。
そして、とタブーは続ける。
「今回は、キミではなくキミの仲間達を人質にとってみようと思ったのだが、手間がはぶけた」
くく、とくぐもった笑いかたを目の前の人物はする。
「とりあえず、自己紹介をしておくか。私はタブー。反帝国組織の影の支援者をやっている」
「反帝国組織の……」
「影の、支援者?」
アカツキとシャノンが目の前の男の言葉を口に出して反芻する。
「その通り。フリーデンの時も然り、だ。そして今回も」
「今回も? どういうことだ?」
「今回は、真紅龍の支援をすることにした」
「真紅龍?」
聞いたばかりの、組織の名前にアカツキたちは驚く。
「帝国に逆らおうという気概のあるもの達を支援するのが私の趣味なのさ」
タブーの冗談めかした言葉に、アカツキたちの視線が強まる。
「ま、そう怖い顔をするな。せっかくだ。いいことを教えてやろう。真紅龍は、ある程度の人数を集めてバンガロール地域にある帝国学園系列の学校をいくつか襲う手はずになっている」
「はあ?」
「その顔は信用しておらんな。まあいい。それならこっちも勝手に話すまで。学校だけではない。あの地域の主だったケネス本国の施設を襲う。明日中にだ」
「……それが事実だとして、どうして俺達に話す」
アカツキの言葉にタブーはくく、とまた笑い、
「私は、真紅龍の支援者であって共に戦う仲間ではないのさ。なら、見ていておもしろくなる展開にした方やいいだろう?」
「……悪趣味な人だな」
アカツキの言葉にもタブーはふ、と笑い、
「信じる、信じないは勝手さ。だが、もし興味があるのであれば止めてみるがいい」
「ま、待て!」
シャノンは、慌ててタブーを追おうとする。
だが、それよりもタブーが何やら呪文を唱えるのが先だった。
それと同時に、タブーの姿はタコモドキともども消え失せてしまった。




