50話 ガラハッド分国6
夜が明けた。
太陽が天に昇り始めた時間帯。
そんな時刻に、アカツキは目を覚ました。
(……結局、こんな時間に目が覚めるのか)
今日は、特に早くから起きる必要はない。
にも関わらずこのような時間に起きてしまうのは、もはやそのように体ができてしまっているのかもしれない。
そう思ってつい苦笑した。
(――?)
ふと視線が動く。
その先にあるのは、もう1つのベッド。
(そうか。レーナのためにもう1つベッドを用意させていたっけ)
昨日の記憶を思い出し、納得する。
(――?)
と、再び疑問符が浮かぶ。
そのベッドの上に、レーナがいる。
それは良い。
昨日、自分はベッドの上では寝れないなどといって揉めながらも、最後は納得してベッドの上で寝てくれたからだ。
だが、何故かこちらに土下座をするように前かがみに頭をつけ、ぷるぷると震えている。
「どうかしたの?」
その言葉にびくり、とレーナは体を震わせる。
「お、おはようございます……」
「ああ、おはよう。 ……て、頭を下げているんだ?」
アカツキが聞くが、レーナは体を震わせたままだ。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、そんな謝られても……」
……ふと気になって、聞く。
「昨日はどれくらい眠ったんだ?」
「いえ……」
「いえ? どういうことだい?」
その言葉にアカツキは疑問符を浮かべる。
だが、しばらく考えてから結論を出した。
「……もしかして、眠ってないの?」
「はい」
見れば、目は妙に充血している。
「……」
一瞬、その言葉の意味が分からなかった。
何故、そんなことに?
「も、申し訳ありません」
そう言ってレーナは頭を下げる。
「許可を、いただいて、おりませんでしたので……」
「許可?」
「はい」
「もしかして、眠る許可?」
「はい」
改めてアカツキは唖然とする。
寝るのに行くのにいちいち許可など必要としない。
……本当にどんな主人につかわれていたんだ?
目の前の少女は、アカツキの認識から思った以上にズレていた。
「だったら俺に言ってくれれば良かっただろ?」
「だって、アカツキ様、寝て、いましたから……」
「なら俺を起こせば……」
そう言いかけて、やめた。
おそらく「つまらない事で就寝中の主人を起こすなんて失礼な事はできない」だなどといった言葉が帰ってくるだろう事は容易に想像できたからだ。
ふう、とアカツキは一息ついてから、
「これからは、俺の許可なんてなくても勝手に眠っていいから。もうずっと起きてたりしたらダメだぞ?」
そう言ってレーナの頭を撫でてやった。
「は、はい……」
「それに、何か言いたい事があったらちゃんと言ってね。変な事聞かれたからって、別に叱ったりしないからさ」
「わかり、ました……」
その言葉に安心したようにか、レーナはかすかに目を細める。
「だからさ。言いたい事あったら言っていいんだよ?」
そう安心させるように言ってやる。
すると、暫し間をおいてから、意を決したように口を開いた。
「……はい。ありがとう、ございます」
レーナはそう頷く。
だが、それは心の底からの礼というわけではなく、いきなりこんな言葉をかけられて困惑している、といった様子にも見えた。
……まあ、少しずつ変えていけばいいか。
アカツキは内心でそう思い、支度をしてから部屋の外に出た。
まあ、何にせよ良かったとアカツキは安堵する。
今日も、一番の早起きだったらしくシャノンが瞑想するように既に竜車の中で座っていた。
その傍にはシュタールの姿もある。
「シャノン、シュタール。今日も早いな。おはよう」
「おはようございます。アカツキ」
「おはよう」
笑みを見せて挨拶をするシャノンとは対照的にシュタールの返事は短い。
まあ、これは元々だしこの旅路でもそれは変わってない。
「おは、よう、ございます……」
レーナはアカツキの後ろから、途切れ途切れにと挨拶する。
「レーナもおはようございます」
「おはよう」
レーナにも同様に朝の挨拶をする。
まだ慣れていないのか、レーナは照れた様子でアカツキの背後に隠れてしまった。
「今日も一番の遅刻はフランクですか」
「いつもの事だよ。それに、フランクが遅いんじゃなくて俺達が早すぎるだけだと思うけどね」
そう言ってアカツキは笑った。
「そうかもしれませんね」
シャノンも軽く笑い返す。
「ところで、今日の朝刊は読みましたか?」
「朝刊? いや見てないが」
二等分国以上の国には新聞が存在している。
識字率があまり高くない、分国民の集まるような場所ならともかく、本国からの宿泊客の多い宿舎などでは普通に置いてある。
「ならばこれをぞうぞ。あなたにとっても他人事ではない事があります」
その新聞には、『シー国、緊張状態高まる』という見出しの記事があった。
記事によると、ケネス帝国の分国・ギネヴィア分国と、それに隣接するゾンシンの属国であるシー国との間でトラブルが相次いでいるといった内容の記事だった。
「ギネヴィア分国っていうと、俺達がこれからいく……」
「はい。帝国の分国の一つです。かつては、インダス王国と呼ばれていた国ですね」
インダス王国。
大国・ゾンシンの近くにある国だ。
独自の文化によって栄えていたが、現在はケネス帝国によって併呑されている。
最も、帝国にとっても独自の魔法文化を持ち自立意識の強いインダス王国を完全に屈服させることはできず、実質的には保護国のような扱いになっていた。
「アカツキはホーキングという御仁を覚えていますか?」
「……ホーキング?」
それって誰だっけ? と思うがすぐに思い出す。
「確か、学園長がいない間に代行をつとめていた人か」
「そうです。その御仁が少し関わっているようです」
「なんであの人が?」
ホーキング学園長代行の事を思い出すと同時に、新たな疑問が浮かぶ。
なぜあの人の名前がここで出てくるのだ?
「その前に、ホーキング元学園長代行があの後どうなったかはご存じですか?」
「確か、あの事件の後に責任を取らされる形で学園をやめちゃったんだっけ?」
「はい」
シャノンは頷く。
「まあ、あの件に関してはホーキング元代行だけの責任というわけでもないのですが……誰かが貧乏くじを引く必要性があった以上やむをえないことです」
「……」
「それはともかく。学園側がホーキング元代行の、再就職先を斡旋したんです」
「再就職先?」
「はい。帝国学園は、本国にあるものだけでなく発展途上にある分国にも系列の学校をいくつか経営しているのです」
「じゃあ、そのうちの一つに、あのホーキング元代行が?」
「その通りです。ギネヴィア分国にある、バンガロールという地域にあるところであり、辺境も辺境ですが、そこの学校長という地位で迎え入れてもらったようです」
「へえ……」
アカツキは感心したように頷く。
さして接点がなかったとはいえ、見知らぬ相手ではない。
再就職が決まったというのならば素直に喜ぶべきことだ。
「ですが、そのバンガロールという地域に問題があったのです」
「問題? どんな?」
「あの地は、以前からゾンシンの属国であるシー国の領土だとゾンシンの方から苦情が来ているのです」
「ゾンシンから?」
「はい。ですが、帝国側は、旧インダス王国の領土であり、現在はギネヴィア分国の領土であると主張しており、互いにまったく譲る気はないようです」
よくある領土問題、ということか。
何となく話は読めてきた。
「そして、帝国側はバンガロール地域を統治するべく、本国から代官を送り込み、この地の住民に帝国の教育を受けさせるべく学術施設を建設したりもしています」
なるほど、つながってきた。
つまり、ここでホーキング元学園長代行の話が出てくるのか。
「はい。ホーキング元、いえホーキングバンガロール学校長は、そのうちの一つの学術施設の長です。ゾンシン系のものと思われる工作員から、バンガロールの学校や代官所に様々な嫌がらせめいた行為が行われているようですし」
「嫌がらせ?」
「はい。今のところは学校に石を投げ入れられたり、生徒が襲われたりといったようです」
「……今のところは、か?」
「はい。今のところは、です」
これから、それが問題に発展していく可能性は低くない、ということか。
「……なるほど。大体の事情は理解した」
アカツキは納得したように頷いた。
「それにしても、ゾンシン、か。ウチの祖国にも近いしいろいろと不安だな」
「そうですね。ゾンシンは、世界の中心を自称する国ですし。属国ですらない国は、蛮族と蔑んでいます。一方、帝国は東方大陸への領土欲も旺盛です。近いうちに衝突がおちる可能性も低くはありません」
「ケネスとゾンシンの戦争、か」
「はい。その通りです」
シャノンは首を縦に振る。
「ゾンシンは、今、国内でもいろいろと内紛が起きているようですし。本格的に戦争になれば、まずいかもしれませんね。ゾンシンは」
「……ずいぶんとゾンシンについて詳しいな。あまり授業でもやらなかったのに」
図書室にでも行けば、資料はあったかもしれないが、授業では軽く流すだけだった。
少なくとも、シャノンの説明ほど詳しくはなかったはずだ。
「……まあ、以前は東方近くに住んでいたこともありましたし」
ここで、なぜかシャノンは目をそらした。
明らかに何かを隠している。
「本当にそれだけか? それだけにしてはずいぶんと詳しい気がするけど」
「……それ、は」
シャノンが言いよどんだ。
「ま、そう主をいじめないでくれ」
す、とこれまで黙って二人のやり取りを聞いていたシュタールが割って入った。
「いろいろと語りたくないことがあるのだ。我が主にも、な」
そういわれると、深く追及しづらい。
だが、気になるものは気になる。
さらに追及するべきだろうか、と悩んでいるところにフランクの姿が見えた。
「おーい、すまんすまん。遅れた」
フランクがこちらの空気など知らないといわんばかりに、へらへらと笑って歩いてくる。
「フランク、遅いですよ」
「お前たちが早すぎるんだよ」
フランクが苦笑しながら竜車の中へと乗り込む。
……尋ねる空気を壊されちゃったか。
まあ仕方ないか、とアカツキもあきらめる。
「それじゃ、いくとするか」
「はい」
フランクとシャノンの言葉と共に、竜車は動き始めた。




