5話 歴史考察(後)
休憩室は、図書館内で唯一飲食が可能となる場所だ。軽食と紅茶を頼み、皆は休憩室の椅子に座った。
「ふう……なかなかの味ね。この紅茶」
エミリーは紅い液体の入ったカップを口元に運ぶ。
「結構おいしいね。このお茶。最初は慣れなかったけど慣れてくればすごくいい」
アカツキも紅茶を口に運びながら言った。
「うーん、でもお湯の温度が少しぬるいかな。もう少し熱めのお湯でつくる方がいいんだよ」
キャロルの意見は結構辛辣だった。
「まあ、食堂ならともかくこれはしょせん休憩室で出す紅茶だから……そこまで文句を言っても仕方ないんじゃないか?」
フランクがとりなすような事を言ってから、自身の紅茶を口に運んだ。
「そうかもしれないけどね」
やや不満そうな様子でもあったものの、キャロルは紅茶を飲み干した。
それでも不満が紅茶に不満があったのか、店員に対してもう少し熱めの紅茶を持ってくるようにと、控えめな口調ではあるが要求した。
それに興味を持ったのか、エミリーも熱めのものを頼んだ。
「私も同じものを頼みます」
しばらくして、二人の元に先程よりも熱い紅茶が運ばれてくる。
「うん。これぐらいがちょうどいい」
キャロルは満足そうに口に運ぶ。
エミリーも紅茶を口元に運ぶが、
「熱ッ!」
予想以上に熱かったらしく思い切り吹き出し、同時に紅茶の入ったカップも投げ出してしまった。
それが、キャロルの服にかかった。
「あ――っつっっっ!!!」
カップの中身を上着にぶちまけられたキャロルは悲鳴にも近い声をあげる。
「ああ! ご、ごめん!」
思わぬ二次被害にエミリーは驚いた様子で口元を拭うと、
「ちょっと待ってて、今拭くから」
エミリーは机の近くに置いてあったナプキンをとりだすと、それでキャロルの服を軽くぬぐった。
「んー思ったより濡れてるなあ、……仕方ないな、ちょっと脱いでくれないかな」
そう言ってエミリーはキャロルの上着を脱がしにかかる。
「ちょ、ちょっと!」
キャロルは恥じらいのためか、頬を赤くそめている。
「いやだって。火傷とかしたら大変でしょ?」
「う……」
確かに正論である。
「はい、手を大きくあげてー」
「は……はい」
エミリーの言葉に従い、キャロルは両手をあげ、そのシャツを脱がした。その下から、白い素肌が現れる。
それを見て、エミリーは一言。
「ああ、やっぱり男の子で間違いないのかー。あんまりにも可愛いから本当は女の子じゃないかなーって少し疑っていたんだ」
「ああ、オレも少しそう思ってたんだ」
フランクもそれに同調した。
「うん、確かにそう思う」
アカツキも頷く。
「……やめて。この女顔のせいでよく母に無理矢理女装させられていたんだよ」
「えー、でもキミのお母さんの気持ち分かるなー、確かに可愛いし」
ごほん、と小さく咳払いした。
「と、とにかく! これを早めに乾かさないと……」
キャロルは話題を変えるように、上着とシャツに視線を移す。
「ああ、だったらこうすれば早いんじゃないかな? 火よ」
フランクは短く詠唱し、小さな火が灯る。
「こうすればすぐに乾くはずだ」
「今のって初歩魔法?」
エミリーが尋ねる。
「まあね。親が、初歩魔法ぐらいは習っておけってうるさかったし入学するまでに覚えておいたんだよ」
「いいなあ……私は身体強化の魔法ぐらいしか使えないから」
「それだけでも結構凄いと思うけどな。俺もその身体強化が少し使えるだけだしね。まあ、イズルじゃあ、攻撃魔法自体がほとんど伝わってないてのもあるけど」
「うーん確かに東方じゃあ、身体強化は結構伝わっているけど攻撃魔法はいまいちみたいだしね」
アカツキの言葉にエミリーも頷く。
続いて、フランクも口を開いた。
「とはいっても、半分ぐらい、いや半分以上は入学した時点じゃあ身体強化どころか魔法自体使った事がないという奴が結構いるからな。使えるだけでも十分だと思うぞ」
「うん。ほとんどが初級魔法を使えるか使えないかぐらいだと思うよ」
キャロルもそれを首を縦に振って認めた。
「まあ、中にはすでに中級魔法や上級魔法を使える奴もいるみたいだけどな」
はは、とフランクは軽快に笑い彼も紅茶を口に運んだ。
休憩も終わり、キャロルの服も乾いた頃に皆は図書館に戻った。
先程と同じ椅子に座る。
周りを見渡すが、人数の増減はないようだった。
「さてと、それじゃあ続けるよ」
「はーい」
「分かった」
「よろしく頼むよ」
キャロルの言葉に、3人が答えたのを確認してキャロルは立ち上がった。
しばらくして、先程とは違う本を持ってきてそれを広げた。
「……さて、さっきの続きから行くよ。アルトゥス皇帝の後を継いだ二代皇帝や三代皇帝、いや八代皇帝の辺りまでは長らく内政に力を注いでいて海の外にうって出るような余裕もなかったんだ」
だけど、とキャロルは言葉を続ける。
「それも、帝国暦十二代皇帝の、ルーサー二世皇帝の辺りからその事情は一変する。ルーサー二世皇帝は、アルトゥス皇帝も行なっていたシエル王国遠征を開始するべく軍備を整え始めたんだ」
「確か、シエル王国の軍船がケネス帝国の商船にいきなり攻撃を仕掛けて沈めたのがきっかけ何だっけ?」
「ちょっと待って!」
フランクの言葉にエミリーが遮った。
「それ、私が教えてもらった事と違うよ? 開戦の理由はケネス帝国がこっちの領海で軍事演習をやってたからやむをえずに迎撃したって聞いたよ!?」
その反応に、フランクは困ったかのような表情を浮かべる。
「い、いやそう言われても……。こっちの記録ではそういう事になっているんだしなあ」
「まあ、歴史は勝者の都合のいいように創られるわけだしね。どちらが正しいかは結局のところ当事者達にしかわからないよ」
むー、と納得できかねる顔をしていたがキャロルに文句を言っても仕方がないと考えたのかエミリーは押し黙った。
「どちらにせよ、ルーサー二世皇帝は自らが軍船に乗り、ペルケマの海戦と呼ばれる戦いにおいて、シエル海軍を撃破。この戦いはシエル王国の五十隻以上の船を撃破するという、ケネス帝国の圧倒的な勝利に終わる。でも、当時のケネス帝国にそのまま本土まで制圧する余裕はないと判断したのか、ケネス帝国に有利な条件で和議が結ばれたんだ」
「ここから逆転しちゃったんだよね。ウチと帝国の関係」
頬杖をつきながらエミリーが愚痴った。
「これ以降、帝国とほとんど対等だったウチの祖国は縮小の一途を辿って今じゃあ、小国と言われても仕方のない弱小国になっちゃったよ」
ふう、とためいきをついてエミリーは続ける。
「まあ、この戦い以降は険悪だったケネス帝国との中も改善できたのは良かったんだけどね。今でも名目上は対等な付き合いが続いてるし」
「……えっと、続けていい?」
先程から説明を遮られたキャロルが申し訳なさそうに訪ねた。
「あ、ごめんなさい。遮っちゃって」
「じゃ、続けるよ。その結果、陸地の領土にこそほとんど変動がなかったとはいえ、制海権を大きく広げる事ができたんだ。その後、その手に入れた制海権を利用してするべく海軍を大幅に増築。その海軍を用いて遠征をシーザー陛下は続ける事になる。その勢いで、パトリオット王国を攻め落とした。その後、パトリオット王国は名をガウェイン分国と改める事になり、分国法という分国の法律もできあがったんだ」
「魔人制度が導入されたのもその時期だっけ?」
「そう。魔人制度が本格的に導入されてから、帝国はさらに力をつけた。そして今。ケネス帝国第19代皇帝のシーザー皇帝陛下の時代、さらに国力を増強させて世界最先端と呼ばれる魔法技術と、世界最強の軍事力を持つ今の時代を迎えた。もしかしたら、帝国の全盛期を僕たちは生きているのかもしれない」
「全盛期……か。そうかもしれないな。帝国がこれ以上大きくなるのは難しいだろうし」
フランクが頷きながら言った。
「へ? 何で?」
エミリーの疑問にキャロルが答えた。
「これ以上勢力を伸ばすとしたら、東か。南のどちらか。だが、どちらに勢力を伸ばそうとしたところで厄介な国を相手にする事になる」
「ティブロンとゾンシンか」
呟くようにフランクが言う。
ティブロンは、西方において存在するケネス帝国に拮抗する数少ない大国。もう片方の、ゾンシンは東方一の大国であり国でありイズル距離適とも近い。
「ええ、ティブロンには世界最強と呼ばれる艦隊があるし、ゾンシンも世界最大の人口を誇る大国――いかにケネス帝国が強大といってもそう簡単にはいかないと思うけど。 ……とまあ」
ここでキャロルはばつの悪そうな顔になり、
「僕たち学生がどうこう言ったところで仕方ないけどね――さて、話が少しずれちゃったしこんな近代の部分は多分明日の試験ではやないだろうし別の科目の話をしようか」
その後は、魔法基礎講座などの説明が続き、簡単な勉強会はお開きとなった。




