4話 歴史考察(前)
授業――というよりは単なる日程の説明が終わってから、生徒達も少しずつ教室から減り始めた。
「どーしよ。私、テスト勉強なんてほとんどしてないよう……」
どんよりとした空気を放つのは、シエル王国からの留学生・エミリーだ。
アカツキはなぐさめるように答えた。
「まあ、頑張るしかないよ」
「頑張るってどうやって!? どんなに気合入れても、それだけじゃテストで点はとれないよ!」
至極真っ当な言葉で返された。
「じゃあ、勉強するしかないよ」
「べんきょう、かあ……」
うう、とエミリーは項垂れた。
「私実技は得意だけど、勉強の方はいまいち……いや全くできないんだよね。この国の言葉と文字を覚えるので精一杯だった」
「こ、今回のテストなんて成績には関係ないし気楽にいけば……」
「それでもテストには変わりないの!」
「……そもそも。君の目標は魔法騎士だろ? 学力なんてあまり関係ないんじゃないの?」
無論、魔法騎士にも最低限の教養は必要とされる。
だが、それでも騎士という立場上、「文」よりも「武」の方がはるかに必要とされることに違いはない。
「駄目! 私、お父様を納得させるために無理を言ってきたの。それに、成績があまりにもひどければ呼び戻すとも言われてるし……」
エミリーはさらに項垂れた。
「やっぱり、勉強するしかないよ」
「……やっぱりそうだよね。でもどうやって?」
「図書館でするのはどうだ? あそこなら本もいっぱいあるし、静かだからかなりはかどると思うけど」
いつの割り込んでいた友人に驚いたように声をあげる。
「フランク。いたんだ……」
「いや、さっきからずっといたよ。まあ、なかなか会話に入るタイミングがなかったんだけど。 ……まあ、それはともかく。図書館はこの教室のある塔からそんなに距離が離れていないはずだ。行こうと思えばすぐに行けるぞ?」
「じゃあ行く!」
エミリーが叫んだ。
「決まりだな。で、ランベールさ……」
と、フランクが言いかけたのをエミリーが遮った。
「うーん、堅苦しいなあ。クラスメイトだし、名前で呼び捨てていいよ」
「分かったエミリー。じゃあ、オレの事も呼び捨てで」
「うん。えっと、フランクだっけ。それに、アカツキ」
「ああ、よろしく」
アカツキも軽く笑って了承した。
図書館は壮大、という言葉が似合っていた。
だが夕方という事もあってか、内部の人もまばらだ。
上級生と思われる生徒が数名、本を読んでいるのも見かけるがその数は多くない。
ほとんどは見かけない生徒ばかりだが、ただ一人見知った顔があった。
次席入学のキャロルだ。
「あれ、アカツキ君……それに、同じクラスの人達だよね。どうしてここに?」
アカツキ達よりもより早くここに来ていたらしく、すでに何冊かの本がテーブルの上にのっている。
「明日のテストに備えての勉強をしようと思ってね」
「そうなんだ」
アカツキの回答に、キャロルは納得したように本に視線を戻したが、
「あ、そうだ! 確かあなた次席入学で、しかも学科トップだでしょ!」
「そ、そうだけど、一応」
「だったら、あなたも勉強教えて!」
「え?」
「ね、ね。いいでしょう?」
「ま、まあ今は忙しいわけでもないし、構わないけど……。それで、どの辺りのがわからないの?」
キャロルはエミリーの勢いに押されつつも、了承して立ち上がった。
「明日の科目のうち、一番苦手なのは歴史かなあ。全然覚えてないんだあ」
「全然って、どれくらい?」
「いやーその、実は最初の方、国の成り立ち辺りからよく……」
エミリーのあんまりといえばあんまりの発言に、皆は苦笑気味だ。
「基礎の基礎の事でしょうが……」
「仕方ないでしょッ! そんな事やってる暇があったら私は剣の稽古をしてたんだからさ!」
「脳筋だ……」
「脳筋だね……」
エミリーの言葉に、皆は呆れ顔を浮かべる。
「ま、まあ、それじゃあ最初の方……国の成り立ちから説明するよ」
キャロルは少し離れた本棚に向かい、一冊の本を取り出し、戻ってきた。
「まず、僕たちの帝国の成り立ちから説明するよ。 ……旧暦の時代。まだ、この国が多くの地方勢力に分かれて長い戦乱の世の中だったんだ。そんな長い内乱状態の中――それを変えたのがアルトゥス初代皇帝だよ」
ケネス帝国初代皇帝アルトゥス。
その出世には多くの謎が残る。
どうやら、定説では地方領主の産まれとなっているが、それも裏付ける明確な資料があるわけではない。
一説には伝説のドラゴンの血が混じっているという説すらあり、その生涯は今もなお謎のまま多くの歴史学者が研究を進めている。
「アルトゥス皇帝は、弱冠14歳で帝位を継承し、内戦状態だった帝国を統一し。帝国の基盤ともいうべきものを築きあげたんだ。この事は、『アルトゥス物語』などとして、帝国中に語り継がれているし、有名だね」
アルトゥス物語というのは、アルトゥス皇帝の生涯を描いた物語として、ケネス人であれば誰もが一度は読んだ事のある物語だ。
外国人であるアカツキですら目を通した事のある著名な本だ。
「アルトゥス物語なら私も何度か読んでるよ。有名だもんね」
エミリーの言葉にキャロルは頷く。
「だけど、彼の後世は血縁者達による身内の争いになるんだ」
ぺろり、と本をめくりそこにはアルトゥス皇帝の家系図が描かれていた。
そこには、アルトゥス皇帝の子供たちの生誕した年と死去した年がかかれている。奇妙な事に生まれた年はばらけているのにも関わらず、死んだ年はほとんど同じなのだ。
そこの部分を指さしてキャロルは続ける。
「彼の子供には、優秀な人材が多く揃っていた。だけど、その子供達は野心も豊かなものばかりだったんだ」
再びページをめくる。
「アルトゥス皇帝がシエル王国へと、遠征をした時に彼の嫡男である第一皇子が反乱を起こす。それに多くの家臣達も呼応した。これが、『ケネス争乱』と呼ばれる帝国史上初――といってもこの時点では帝国ができて数年しかたっていないけど――にして最大規模の内乱とされているんだ」
「その第一皇子はどうして反乱を起こしたりしたのかな?」
エミリーの質問にキャロルはうーん、とうなった後、
「色んな説があるからねえ。単に自分が王様になりたかったんだっていう利権目当ての説があれば、日頃から冷遇されていた事に対する反骨心から起こした怨恨説、他に誰か黒幕がいたんじゃないかっていう黒幕説……まあ、結局のところは不明だよ」
そこまで言ってから、いったん口を閉じ、
「まあ、いずれにしてもアルトゥス皇帝は遠征を中断。慌てて兵をまとめて帰国して反乱軍の討伐を開始した。それはもう、激戦だった。何せ、国内の約半分の豪族達が敵に回っていたみたいだしね。それに、第一皇子の兄弟――つまり、アルトゥス皇帝の子供達の多くも反乱軍側に回った」
キャロルはページをさらにめくった。
「最終的には、自らの手で嫡男を殺害したところで内戦は終結。まあ、この戦いで子供達のほとんどが死んでしまって、アルトゥス皇帝自身も瀕死の重傷を負うぐらいだったんだ。その結果、まだ幼かった末弟が皇位を継承させてこの戦いでの負傷を理由にアルトゥス皇帝は隠居して表舞台から退いたんだ。その後は、二代皇帝を補佐しつつ、二代皇帝が成人した時に安らかに死亡した……とされる。これでアルトゥス皇帝の話は一応はめでたしめでたしで終わる」
ページをもう1度めくり、「でも」とキャロルは続けた。
「それ以降、この一件を教訓にしてか、皇太子・皇女殿下に関する情報は一般大衆にはまるで公開されないようになったんだ」
「そういえば、この国の皇帝陛下の子供に関する情報はいっさいなかったな」
この国に来る前の資料を思い出し、アカツキは一人で頷いた。
皇子・皇女に関する情報はトップシークレット扱いであり、まるで手に入らなかったのだ。
「それだけ影響が深刻だったという事かな。現在、皇帝陛下を選出方法は一部の皇族・大貴族の間でのみ決められるようになって、新たな皇帝は誰になるかは発表されるまでほとんどの帝国臣民は知る事がないんだよな」
フランクの言葉に、キャロルも頷く。
「そうだよ。常に皇帝は、決まってから発表される。その選出方法すら知る事はできないんだ」
「他の国の事も色々と勉強したつもりだけど……やっぱり、異質だよな」
「うん。シエル王国ではそんな事しないで堂々と決めているよ」
「そうだな。でも、選ばれた皇帝陛下は常に英邁な方ばかりだ。まあ、今のシーザー陛下はオレ達の生まれる前に就任してるからそれ以外の皇帝陛下については何も知らないんだけどな」
フランクはそう言ってあはは、と笑った。
「……まあ、皇帝陛下の決め方はともかく。いったん小休止にさせて。だいぶ喋ったから喉がかわいたよ」
キャロルの言葉に、アカツキも賛同した。
「ああ、そういえばずっと喋らせっぱなしだったね。気づかなくてゴメン」
「いや、気にしなくていいよ。すぐ近くに簡単な休憩室があるからそこで休もう」




