3話 学園入学(後)
明朝6時。
アカツキの目が覚めたのはそんな時間だった。
「ん……昨日は早く寝すぎたかな。それとも慣れない寝床のせいであんまり眠れなかったのか?」
うーん、と軽く伸びをして体を起こす。
そして、両手でベッドに触れた。柔らかな感触だ。
「やっぱり、ベッドというのはいまいち慣れないな。これから慣らしていくしかないんだろうけど……」
やれやれ、と呟きベッドから飛び降りる。
それから、寝巻き姿から簡素な私服へと着替えた。
外の風景を見る。太陽の位置から大凡の時間を察した。
「まだ朝早いけどやる事はないし……外の散歩でもするか」
そう決め、部屋を出て外へと出た。
まだ朝早いためか、誰かが起き出してくる様子はない。
特に行く当てはない。
寮の近くにある広場へと足を運ぶ。
それは、壮麗な場所だった。
周りの自然な風景を壊さない程度に椅子やテーブルが置かれている。おそらく、お茶会でも開く時に使うのだろう。
そして、広すぎず狭すぎずといった広さの道には小石一つ置かれていない。よく整備された道だ。
噴水が中央におかれ、それを囲むように色とりどりの花が咲いた広場の中央へとたどりついた。
確かに綺麗ではあるが、いったいこれの維持費はどれだけかかっているのだろうか――などと妙な方向にずれた事を考え始めた時に声をかけられた。
「おや、早起きとは感心しますね」
声の主は、シャノン・アヴァロン。
首席入学の女子生徒だった。
「あ、おはよう。えっと、シャノンさん」
「呼び捨てでも構いませんよ。同じ年齢ですし、今日から同じ学舎で学ぶ学友なのですから」
ふふ、とシャノンは小さく笑みを浮かべる。
「じゃ、じゃあ、おはよう。シャノン。ところで何でここに?」
「私は軽い朝の鍛錬をしていたところです」
と、片手に持った模擬刀が見せる。
「ああ、それじゃ邪魔しちゃったかな?」
「いえ、実はすでに鍛錬を終えて帰るところだったので」
「そ、そう……」
すぐに話題が出てこずに口ごもる。
幸いな事に、相手の方から話題をふってくれた。
「……ああ、そういえば貴方はイズル方の留学生の方でしたね。この国にはなれましたか?」
「え? まあ、ケネス帝国に来てから結構たつし……最初は慣れなかったけどだんだんと」
「そうですか。それは良かった」
ふふ、とシャノンは小さく笑う。
「私も以前、東方方面に出かけた事があるのですが当時は風習の違いなどで色々と大変でした」
「へえ、シャノンも東方の方に?」
「ええ。あまり長い事は滞在しておりませんでしたが。もう10年以上前の話です」
「10年前……確か、まだこっちの戦乱が終わる前じゃなかった?」
「はい。当時はまだ100年は続くとまで言われていた貴国の争乱が終結した頃です」
数十年前まで、イズルは争乱の時代だった。
古い権威が失墜し、各地の地方領主達が好き勝手に争い、法も理念もまるで機能してない地獄絵図がそこにあった。
……とはいっても、アカツキが物心つく頃にはすでに戦乱の世も終盤に向かっており、国家統一が成し遂げられる直前だったのだが。
「あれほどの戦乱を終結させたという、現在のイズルの皇帝は素晴らしい力量の持ち主です」
イズルのトップであるノブヤス・トヨカワは、厳密に言えば『皇帝』と称するべき地位にいるわけではない。
だが、事実上のトップである事に変わりはないため、外交上は『皇帝』と称していた。
「ああ、本当に素晴らしい方だよ」
自国のトップを褒められ、アカツキは自分の事にように喜んだ。
「おや? お会いした事があるのですか?」
「直接会ったのはほんのわずかだけどね」
アカツキの周りの者に、ノブヤスがどれだけ素晴らしい人間なのか吹き込まれて育った。
そのため、ノブヤスを尊敬していた。
崇拝しているといっても良い。
また、ケネス帝国への留学を決めたのもノブヤスの強い勧めがあったと聞いたからだ。
「それは素晴らしい。正直うらやましいです」
「え?」
「私もあなたにように、自国の皇帝陛下を尊敬できれば良いのですが……」
はあ、とシャノンは小さく息をはいた。
「は?」
「あ、いえ。すみません。失言でした」
慌てた様子でシャノンは両手を前に出して振った。
「……と、そろそろ朝食の時間ですので失礼します」
無理矢理話を切り上げると、シャノンはこの場から立ち去った。
「何だったんだ?」
最後の慌てぶりを怪訝に思う。
彼女の言った「皇帝陛下」というのは、現在のケネス帝国の皇帝であるシーザー一世の事だろう。
ケネス帝国皇帝のシーザー一世は、先代をはるかに凌ぐ広大な領土を獲得した名君と知られている。
その皇帝を尊敬してない?
思考回路を疑問が支配した。
「シーザー皇帝にいい感情を持っていないのかな?」
と、ここで思いのほか時間が経っている事に気づき、慌てて自室へと戻った。
食堂で朝食をすませた後、教室へと向かう。
生徒達が所属するクラスはすでに発表されている。
クラスの場所も、すでに決まっていた。
書かれていた場所へと向かい、教室へと入る。
すでに半数近くの席が埋まっていた。
「おや、同じクラスの方でしたか」
すう、と後ろから声をかけられる。
そこにいるのは、今朝出会ったシャノン・アヴァロン。
「あ、ああ。シャノンもこのクラスに?」
「ええ、そのようですね。これからよろしくお願いします」
そう微笑むと、彼女は黒板に張り出されてある紙に書かれた場所の席へと向かった。
アカツキも黒板に張り出された紙に書かれてある席へと座ると、そこにはフランクが後ろの席に座っていた。
寮の配置といい、彼とは妙に縁があるらしい。
「おいおい、いきなりやるじゃないか。あのシャノン嬢と知り合いになるとはよ!」
「今朝偶然会っただけだよ……」
フランクの言葉を軽く流しながらアカツキも席へと腰掛ける。
教室から軽いざわめきが起きる。
何事かと、教室の入口を見るとそこにはキャロルが入ってきていた。ちなみに、教室までは魔人のリオはついてきていない。
「おいおい、首席のシャノンだけじゃなくて次席のキャロルまでかよ……」
「どうなってんだこのクラス……」
「俺、他のクラスの方が良かったかな……」
どうやら、首席と次席と同クラスという点に不安を抱えているらしい。
そのざわめきだったようだ。
「ふ〜ん、あれが次席入学のキャロル君か。思ってたより可愛いわね」
……と、どうやらそれ以外の感想を持つ者もいたらしい。
隣にいた少女だった。
金の髪の毛に、やや日に焼けた素肌。活発そうにみえる八重歯の持ち主だ。
「ん? あなたの留学生、私はエミリー・ランベール。シエル王国からの留学生よ。はじめまして」
こちらの視線に気づいたのか隣にいた少女が挨拶する。
「あ、ああ。こっちはイズルの留学生のアカツキ・ハットリ。よろしく」
「よろしくね〜。 ――ていうか、イズルって東の島国の? そりゃまた随分と遠くから来たもんだね」
フランクもそうだが、この少女も積極的な性格らしい。
「シエル王国って……確か、ケネス帝国と隣接してる国だよね?」
「そう! 帝国の本国とは海峡を挟んでいるけど、飛び領の方とは直接繋がってるよね」
西方の地図を頭に浮かべ、アカツキは思い出す。
確か、シエル王国といえば周りをずらりとケネス帝国の分国に囲まれていたはずだ。
「それで、帝国に留学を?」
「魔法騎士になるための勉強! シエルじゃあ、魔法騎士といったらやっぱりケネスだもんね」
魔法騎士というのは、魔力を魔法攻撃ではなく身体強化に使い、直接戦闘を行う戦士の事を指す。
主に剣士や槍使いなどが多いが、弓兵といったケースもたまにある。
元々魔法騎士というのは、ケネス帝国が発祥の地だった。
だが、魔人が戦の中心となってからは、魔法騎士の存在意義も大幅に衰退した。
とはいえ、それでも未だに戦場の花形である事にかわりはない。
「まあ、お父様には反対されたけどね。『女が戦場に出るなんて』だって」
あはは、とエミリーは笑って続ける。
「でも、これでも私はそれなりの腕だって、自信があるの。ここで絶対、凄い魔法騎士になってお父様をびっくりさせてやるんだからね!」
不意に皆の騒ぐ声が止まる。
どうやら、教師が到着したようだ。
「は〜い、それでは皆さん、席についてください」
女性の言葉が聞こえ、生徒一同はいっせいに席についた。
教壇に、女性が歩いてくる。
豊満な胸に、長々と伸ばされた髪の毛。
まだ若いようにも見えるし、すでに中年と呼ばれる年齢に達しているようにも見える。
「はいはい、皆さんはじめまして〜じゃ、ありませんね。一応、入学式でも顔を合わせていますね。ま〜覚えている人もあまりいないかもしれませんが。私があなた達のクラスの担任を任されたカトリーナ・オードリーです。これから3年間、よろしくお願いしますね〜」
いくらか間延びした口調で女性――カトリーナ教師が続ける。
「すでに説明を受けている子もいると思いますが、我が校の授業は原則的に午前の授業と午後の授業に別れて行います。午前の授業では、基本教養を中心とした授業を行います。これは全生徒共通で受けてもらいますので」
一息ついて説明を続ける。
「前期の日程が終了した時点で出席日数が8割に達しない生徒は、単位を差し上げる事ができません。補習などで補えるケースもありますが、悪い場合だと留年や退学といった処分が下される可能性もありますので注意してください。ただし、何らかの事情があり、それを学園側が認めているケースはその限りではありません」
アカツキの場合、留年や退学などといった処分は断じて避けなければならない。
留学生という立場上、そのような処分を食らいでもしたら祖国にまで恥をかかす事になるからだ。
もっとも、これは他の留学生達にもいえる事だろうし、一定以上の名門の生まれの生徒でも同じ事だろうが。
「続いて、午後の授業の説明にうつりま〜す。午後の授業は基本的に選択形式になっており、剣技・魔法銃・攻撃魔法などの練習といった実技が中心となります。単位等は授業等には関係ありませんので、何を学ぶかは個人で自由に選択できますし、選択科目を途中で変更する事も可能です」
教師の言葉がさらに続く。
「何だか話が長くなってきたな……」
ぼそり、と後ろの席でフランクの呟く声が聞こえる。
直後――、
「フランク・バートく〜ん。先生の話が長くてごめんなさいね〜。もうすぐ終わるから待っていてくださいね〜」
「い、いえ! す、すみません!」
慌ててフランクが取り繕うように返す。
その言葉に小さなざわめきが起こる。教壇から離れた席にいるフランクの声が拾われたのも驚きだが、どうやらこの教師は入学式初日ですでに生徒の顔と名前を覚えているらしい。
間延びした口調で騙されそうだが、この教師も仮にも国の顔ともいえる帝国学園の教師を任されるだけの事はあるという事だろう。
「さて、話を続けます。通常授業を開始するのは、来週からであり、今週は皆さん現時点での学力を調べるため、簡単なテストを行います」
事前にこの事は知っている生徒が多かったためか、特に不満を持っている生徒はいない。
「え? マジ? そんなのあったの?」
……前言撤回である。
どうやら知らない生徒もいたらしい。
「エミリーさん、聞いてなかったの? 留学生組にも入学書類にその事はちゃんと書かれていたでしょ」
ぼそり、と小声で隣にいるエミリーに話しかける。
「……そうだっけ?」
エミリーは、「?」マークを浮かべている。
どうやら本当に知らなかったらしい。
「まずいなあ、私勉強の方は苦手で……」
うう、と本気で勉強は苦手なのか項垂れた。
「なお、テストは明日、明後日にかけて行い、その次の二日間に簡単なサバイバルを行いま〜す」
エミリーが項垂れている間にも、カトリーナ教師の説明は続く。
「サバイバルって?」
小声でエミリーが訊ねた。
「い、いや。これも入学書類の方に書かれていたはずなんだけど……」
「これは、主に実技部門の能力を見るために行うためのもので〜す。いくつかの班に別れてもらいま〜す。さて、ここで質問です。これ、何でしょう!」
カトリーナは、懐から小さな石を取り出して教壇の上に置いた。
「それは魔石、ですね」
前の方の席にいたシャノンが答える。
「はい、シャノン・アヴァロンさん正解!」
シャノンの答えに笑顔で返すと、カトリーナは説明を続ける。
「シャノンさんの言ったように、これは魔石……魔力の篭った石です。魔法銃や魔法人形の動力源として使う事も多いですが、今回の使い方は違いま〜す」
ぶんぶん、と魔石を持った手を振りながら説明を続ける。
「分かれた各班ごとに、この魔石を持ち、奪いあいます。全ての魔石を手に入れた班が勝利! と、なりま〜す。これが、わが校伝統行事、スクール・バトルロイヤルで〜す」
「あ、あの……」
遠慮がちにエミリーが手をあげる。
「し、質問良いですか?」
「どうぞ。エミリー・ランベールさん」
「大体のルールは分かりましたけど、手に入れるって言ってもどうやって……」
「それは自由で〜す」
「え?」
目を点にするエミリーを前に、カトリーナは話し続ける。
「基本的には戦闘で勝って奪い取る……という事になりますが、別に手段は問いません。寝ている内に盗んでも良いですし、極端な話、金銭で買い取ってもいいですよ?」
「は、はあ……」
「ま、今回の件で勝ったところで別に成績の加点もありませんし、負けた場合のペナルティもありませんのでお金でどうこうなる人がいるとは思いませんけどね〜。あ、これで質問は良いですか?」
「は、はい。ありがとうございました」
エミリーの質問を終えたのを確認し、カトリーナは説明に戻った。
「そして、この試験は二日間に渡って行われます。二日間といっても厳密に言えば、三日後の午前9時から四日後の午後9時までの1日半……36時間ですけどね〜。制限時間が終了しても勝者が出ない場合は引き分けとなりま〜す。あ、言い忘れていましたが班員は3人から5人となりますので、多すぎても少なすぎても駄目ですよ〜? さて、以上で説明を終わります。他に質問はありませんか〜?」
質問の手はあがらない。
「それでは、以上で終了となりま〜す。今日はこれから自由時間となりますので、明日、明後日のテスト勉強をするもよしですし、スクール・バトルロイヤルの班決めを今のうちに行なっておくもよしで〜す。それじゃ、かいさ〜ん!」
こうして、帝国学園生活1日目の授業が終わったのであった。




