2話 学園入学(中)
ケネス帝国。
世界最先端の魔法技術を持つというだけでなく、同時に世界最強と謳われる軍事力を持つ帝国だ。
その魔法技術の技術の結晶ともいうべきものが、『魔人』だ。
魔人。
先天的なものではなく、後天的に魔法技術によって体を改造し、飛躍的に戦闘能力を高められた人間だ。
魔人の戦闘能力は通常の人間の10倍以上。
人間同士の戦闘だけではなく、所領を荒らす魔物や盗賊の討伐などでも魔人は絶大な戦果をあげる。
この魔人がいるからこそ、帝国臣民は平穏な生活を傍受できるのだ。
その魔人の元となる人間の大半は、下層階級の出身だ。
ある意味当たり前の話かもしれない。いくら超人じみた能力が手に入るからといっても好んで体を改造しようとするものはほとんどいない。
とはいえ、下層階級からのてっとり早く出世しやすい道が魔人への改造だというのもまた事実である。
だが、魔人がこの国1番のエリート職というわけではない。
真のエリート職は、その魔人の主である魔人使いと呼ばれる職種だ。魔人使いは、魔人に対し、定期的に魔力を供給する存在だ。
それも、並の魔力では駄目だ。
魔力量にも個人差がある。
魔法使いの標準魔力量をはるかにこえる魔力量を持つ必要があり、標準に満たない
人間はその時点で魔人使いへの道を閉ざされる。
また、ただ膨大な魔力が必要というだけではなく、魔人への魔力供給に使う術式も学ぶ必要がある。
とはいえ、そんな専門知識を学べる場所は少ない。
その数少ない学べる場所が、帝国魔法学園であり、魔人使いと呼ばれる未来のエリート候補が数名ほど所属しているのである。
入学式が終わると、その日は授業はなく簡単なオリエンテーションをすませてから、寮へと案内される。
案内された寮は、帝国随一の魔法学園という名にふさわしく、一種の要塞といっていいほどものものしい建物だった。
部屋割りの書かれた用紙が、寮の前に貼ってあり、生徒達はそれぞれ自分の名前を必死に探している。
「部屋割りはこの通り、今日はこの後、自由時間となりますが、学内であれば行動は自由ですが、禁止区域には立ち入らないでください」
引率の教員の言葉が終わると、生徒達はそれぞれの部屋へと散っていった。
アカツキも、自分の名前を確認する。自分の名前は、三階にある部屋のところに記入してあった。
それに従い、階段から三階へと向かう。
重力制御の魔法を使った昇降機もあるのだが、そこは四階以上の階層へと向かう生徒達で混雑しているため避けた。
二階へとたどり着き、すぐに三階へと向かう。
部屋割りに書かれた部屋の前までたどり着くと、そこには入学式で出会ったフランクがすでにいた。
確かに、先程確認した部屋割りでは左隣には彼の名前があった気がする。
「よう、アカツキ! ちょうどお前の隣の部屋みたいだな」
フランクはパチン、と指を上機嫌にならす。
いかにも嬉しそうだ。
「にしてもさ、さっきの部屋割みたか?」
「いや、そりゃ見たよ。当たり前だろ」
「だったら知っているだろ? お前の隣に誰が来るか」
この場合の隣、というのはフランクとは逆の右隣の部屋だ。
「隣?」
そう言われて、先程発表された部屋割り表を思い出す。
「確か、キャロルとか書いてあったかな……」
「そう。そのキャロル!」
「有名な人なのか?」
「有名だよ、入学試験二位の次席入学の化物だよ。シャノンがいなければ楽々首席入学だったらしいぞ。まあ、男子生徒に限ればどの道首席なんだけどな」
「――いや、入学試験なんてあまりあてにできないよ。入学試験なんてほとんど素質だけしか見られないし、入学自体は簡単だからね。問題は入ってからの3年間だよ」
不意にかけられた声に、二人は驚いて振り向く。
そこにいたのは、アカツキやフランク同様、支給されたこの学園の制服姿の少年だった。
この国の平均身長はアカツキの祖国よりもかなり高く、この国でアカツキは小柄な部類に入る。
だが、そのアカツキよりもさらに目の前の少年は小さかった。
肩の付近まで伸ばされた柔らかな金色の髪の毛に、サファイヤのごとく鮮やかな蒼の瞳。顔立ちは少女のようにも見える優しくあどけないものであり、その手の趣味の持ち主であれば、即座に押し倒しかねないほどの美少年だ。
「あ、ごめんなさい。会話に僕の話題が出ていたようなのだから、会話に入らせてもらったんだけど……迷惑だったかな?」
「――ということは、君が?」
「ええ、キャロル・レモンだよ。よろしく」
にこり、とキャロルは笑みを見せる。
「ああ、こちらこそ」
と、アカツキも笑い返し、ふとここでキャロルの傍らに控える女性に気づいた。
年齢は、アカツキ達と同じくらいだろうか。
ショートカットの赤紫の髪の毛に、まだ少女としてのあどけなさもわずかながらに残した顔立ちとを持つメイド姿の女性だった。
「えっと、そちらの人は……?」
そうはいいつつも、アカツキはある程度予想がついた。
この学園には、大貴族や上級市民の出身者もかなり多い。
それだけに、護衛や身の回りの世話をする者を同時に送りこむ事も認められていた。ただし、3人までという人数制限はあったが。
この女性もその類なのだろう。
そう考えたのだが、キャロルの回答は予想と違った。
「ん? ああ、彼女はリオ。僕の魔人だよ」
「魔人……これが」
魔人。
人の体を人工的に改造してつくりだした、帝国の持つ強さの象徴的存在。
その存在自体はすでに知っていたし、実際に自分の目で見てきた。だが、要人などを警護している姿を遠距離からちらりと見ただけである。
これほどまで近い距離で見たのはこれがはじめての事だった。
(見たところ普通の人間と変わりはないな)
外見上は、普通の人間と同じだ。ただの人間のメイドにしかみえない。
そうは思ったものの、侮る気にもならない。
何せ、弱い魔人でもただの人間の数倍を即座に屠る事のできる戦闘能力の持ち主なのだ。
この国に留学する前にも、魔人に関する情報は十分に聞かされていた。
「はい、私はキャロル様にお仕えする魔人です。以後お見知りおきを」
リオと呼ばれた女性が軽く頭を下げる。
「他にも何人か魔人使いの人はいるみたいだけどね……さっき話に出ていた首席入学だったシャノンさんも魔人がいるみたいだしね」
「あの人にも?」
「うん。入学式には連れてきていなかったみたいだけど、いずれ会えると思うよ」
それじゃ僕はこれで、とキャロルとリオは自分の部屋へと入っていった。
部屋の前に、アカツキとフランクが残された。
「やっぱり次席だけあってすげーな。魔人使いなんてのは、この学園でもほとんどい
ないぜ」
フランクが驚いたように口を開く。
「まあ、俺はイズル人だしあまり詳しくないけど、やっぱりすごいのか? 魔人使いって」
「そりゃもう!」
ずい、とフランクは一歩前へと進み出た。
「魔人使いなんていえば、ケネス人にとって憧れの職業だぜ? 魔人使いにさえなれば将来は約束されたも同然だって言われるぐらいのエリート中のエリート。オレだって憧れてるんだ」
「? でも、フランクは魔人使いじゃなくて治癒術師を目指すっていってなかったっけ?」
入学式前の会話を思い出してアカツキは訊ねた。
「う……まあ、そうなんだけどな。残念な事にオレじゃあ魔人使いを目指すだけの基礎魔力が全然足りないんだよ」
「あ……ごめん。悪い事聞いちゃった」
「いや、気にすんな。魔人使いになれるだけの基礎魔力を持っている奴なんてそうそういやしねーよ。それに、仮にそれだけの魔力があっても制御するには相当な訓練をする必要だってあるし、それなりの知識もいる。魔力値が足りてもオレがなれた保証なんてないしな」
「そっか、やっぱ大変なんだな。魔人使いって」
「ところで、アカツキの魔力値っていくつなんだ?」
「え、確か60だけど」
魔力値というのは、名の如く魔力量を簡単に数値化したものだ。
一般人は大抵10前後であり、魔法関係の職種につくには最低30は必要とされている。
アカツキも一度測定している。
「それなら大丈夫だ。いっそ、アカツキが目指してみたらどうだ?」
「へ?」
フランクの思わぬ提案にアカツキの目が思わず点になる。
「いや、別に魔人使いってケネス人しかなれないわけじゃないんだぜ? 外国にだって魔人使いはいるしな」
魔人使いというのは、別にケネス帝国の専売特許というわけではない。
外国にもわずかではあるが存在する。
だが、その数は少ない。
理由はいくつかあるが、まずその1つは魔人使いの数自体が外国では少ない。そうなれば当然、その知識を教える者も少なく、専門の教育機関もない。
ケネス帝国にだって、この学園を除けば魔人使いの知識を教われる場所はかなり限られてくる。
「魔力値が足りているからって必ずしもなれるわけじゃないだろ? さっきフランクが言っていたみたいに、制御するための知識や技術だっている。魔力値が足りていても魔人使いになれてない奴なんてごまんといるじゃないか」
「ま、そうなんだけどな。せっかくその知識が学べる場所にいるんだし、目指してみたらどうか、と提案しただけだよ」
はは、とフランクも笑ってここで雑談を切り上げた。
フランクも自分の部屋へと戻っていく。
周りを見ると、すでに人はいない。
皆、すでに自分の与えられた部屋へと入っていったようだ。
アカツキも、自分にあてがわれた部屋へと手をかける。
容易く扉が開き、中の光景がとびこんできた。
(やっぱりこういう部屋にはなかなか慣れないな)
アカツキは思わず内心で愚痴った。
床にひかれた真っ赤なカーペットに、部屋に置かれた白いベッド。何やらよくわからない置物もおかれてある。
花瓶もおかれており、絵画も飾られていある。
この内装は完全に西方風のものである。
アカツキの住んでいたイズルのある「東方」とケネス帝国のある「西方」ではその文化はかなり異なり、カルチャーショックに悩まされていた。
だいぶ慣れてきたとはいえ、やはりまだ違和感がある。
(まあ、自分の部屋といってもしょせんは借り物。勝手に改造するわけにはいかないしな)
卒業するまでに元に戻すのであれば、私財を投じて室内を改造してもよいというという事にはなっているが、そこまでする気はなかった。
(ま、そもそも西方の文化を学びに来たわけだし西方の部屋に住んだ方がいいよな)
よく見ると、氷結魔法を利用して作られた冷却魔導装置もある。かなり高価な代物のはずだが全ての個室に設置されているらしい。
さすがは国一番の帝国学園といったところか。
まあ、今の季節はさほど蒸し暑くもない。
しかも、この学校には夏季休暇というものが存在するのだ。本当に蒸し暑い時期には帰省という手段も存在する。
実際に使う機会は極めて短いだろう。
逆に、炎熱魔法を利用して作られた温暖魔導装置もおかれてある。こちらもかなり高価な代物だが全ての個室に設置されているらしい。
しかし、冬期休暇というものが存在するためこちらを使う機会もほとんどないだろう。
「もったいないな。これひとつで1万エンペラーはするだろ」
ちなみに、庶民の1年の生活費が約2万エンペラーほどだ。
それだけで、この魔導装置がどれだけ高価なものかわかるだろう。
(金の無駄遣いな気もするけど……)
まあ、あるにこした事はないだろう。
そう思い、ベッドではなくカーペットの上へと寝転がった。
学園には、別口で自分の荷物を送ってある。
しかし、まだ届いていないようであり、いささか暇を持て余していた。
ふと、遊戯道具としてか、西方将棋が置かれているのが目に止まった。
ルールは知っていたが、相手はいない。
(今度でフランクでも誘うか)
ふと、頭に今日会ったばかりの友人の姿を浮かべる。
まだ入学式を終えたばかりだというのに、友人と呼べる存在ができた事に素直に内心で喜んだ。
(これからも順調にいけばいいけど)
ベッドの上へと寝転がり、アカツキは瞳を閉じる。
こうして、彼の学園生活1日目が終わった。




