1話 学園入学(前)
それは、絢爛豪華な建物だった。
見る者を圧倒し、ただひたすらに平伏す圧倒的な威圧感を持つ。
一つの町がすっぽり入りそうな巨大な敷地。
そこに、ところ狭しと並び立つ巨大な建造物の数々。その中軸にそびえ立つ城と勘違いしかねないほどの巨大な黄金の塔。
いずれも、とてつもない巨費が投じられたものである事が一目瞭然な建物の数々だった。
はじめて見る者がいれば、それがこのケネス帝国の本拠・アルトゥス宮殿だと信じて疑わないだろう。
実際に、アカツキ・ハットリもここに来る前に帝都にあるアルトゥス宮殿に寄って来なければここが帝国の本拠だと信じ込んでいただろう。
(ここで、自分は三年間を過ごすのか――)
しかし、アカツキは理解している。
ここが、宮殿などではないという事を。自分が3年間過ごす場所だという事を。
それだけに、この国では珍しい黒色の瞳に驚きの色を浮かべ、これまたこの国では珍しい黒色の髪を意味もなく触っていると後ろから声がした。
「最先端の魔法技術によって作られた帝国の学び舎。何度も聞いていたけど、やっぱり実物は予想以上だな」
振り向いた先にいたのは、同年代と思しき十台半ばの少年だった。赤に髪の色に、同じく赤の瞳。
祖国では黒目黒髪がほとんどだっただけに、当初はアカツキも驚きの連発だったものの、この国について一ヶ月たった今ではだいぶ慣れていた。
「え、えっと……」
急に話しかけられ、返答に困っていると、相手はさらに続けた。
「アンタもオレと一緒だろ? ケネス帝国魔法学園の新入生。新入生は見ればすぐに分かるよ」
ケネス帝国立魔法健全育成学園。
長いので、大抵は帝国学園、あるいは魔法学園と略される。
この世界において魔法は、あらゆる生活基盤の要だ。家や城を建てるのにも魔法は欠かせないし、戦争でも高位の魔法使いは重宝される。
ケネス帝国が最強の帝国と称されるのも、その世界最先端の魔法技術を持つが故だ。その帝国魔法学園だが、全てが帝国から集められているわけではない。
「それにしても、あんまり見ない髪の色だな。留学生か?」
「あ、ああ。イズルの出身」
他国から、帝国に対する理解を深めるために多くの留学生も集めていた。
その留学生も多くの国から集められる。
近隣の諸国からも集められるし、はるか東国のイズルのような親交がはじまったばかりの国からも集められる。
「そうか、肌の色から東方の方かなー、と思ってたんだけどやっぱり正解だったか」
あはは、と相手は軽く笑う。
わずかなやり取りだが、それだけでアカツキは目の前の男が悪い人間ではなさそうだと感じ取っていた。
理由としては、この国に来てから感じていた事なのだが、この国の人間は選民思考というべきものを持っているものが多い。
今や世界最強の帝国と言われるまでになった国の人間だけに、それは分からなくもないが見ていて気持ちの良いものではない。
だが、目の前の相手からはそういった傲慢な雰囲気は微塵も感じられない。
「オレは、フランク・バート。よろしくな」
にこりと、白い歯で笑い手を差し出してきた。
「俺はアカツキ・ハットリ。よろしく」
それに対し、こちらも小さく笑い返して手を握った。
「失礼ながら……」
と黒いロープ姿の男性がこちらに近づいてきた。
「当学園の入学生の方ですか?」
黒ロープの男の言葉に、フランクとアカツキも頷く。
「はい、フランク・バートです」
「はい。イズルのアカツキ・ハットリです」
この国の公用語であるケネス語で返す。
留学する際に、この国の言葉は必死に学んだ。その結果、日常会話程度なら問題ないレベルには達していると自負しているし、実際にこの国に来てからも通訳を通さずとも普通に会話できている。
目の前の男にも、ちゃんと伝わっているらしく小さく頷いた。
「了解いたしました。それではこちらに」
男の後ろに続いて、アカツキとフランクは歩き出す。
(やっぱり凄いな)
歩きながらも訓練所と思しき建物や、スポーツ器具の類のおかれた娯楽施設といったものが見える。
やはり世界最高の魔法国家である、ケネス帝国の未来を支える学園だ。その施設1つだけでもとてつもない費用がかかっている事が分かる。
入学式が行われるという講堂につくまで、5分ほどの時間を必要とした。つまり、それだけ歩かされたという事だ。
「受付で名前を記入してからお入りください」
黒ロープの男はそれだけ言うと、他にも仕事があるのか去っていった。
「何だか不愛想な人だったな……」
「何言ってんだ? 多分今のはゴーレムの類だと思うぞ。体内に血の流れを全く感じる事ができなかったしな」
フランクの言葉にアカツキは驚く。
「今のがゴーレム!?」
ゴーレムは土を人型に作り上げ、魔力を通す事によって動く魔法人形である。
だが、これまでのアカツキが知るゴーレムは素人目にも、人間でない事がすぐに分かるような代物ばかりだった。
しかし、先程の男は指摘されるまで全くゴーレムだと気づく事ができなかった。
「こう見えてもオレは治療魔術師目指してるからね、こういうのは結構敏感なんだ」
と、フランクは少々自慢げに鼻を触る。
ちなみに、治療魔術師と言うのは言葉の如く治癒魔法の使い手を指す。戦場において華やかさこそないが、必須の存在であり需要も高い。
「そうか、俺の方はこれといって得意な分野がないからな。正直うらやましい」
「いや、いいんじゃないのか? むしろ今の段階で将来の進路を決めている奴なんてほとんどいないし、オレだって漠然とした形でしかない。それに、そういう事の適正を決めるための学校だぜ?」
へへ、とフランクは笑う。
そうだね、とアカツキも笑い返した。
講堂の中は、すでに人で溢れかえっていた。
同世代と思われる、人、人、人。
それら全てが同世代の少年少女であった。
(みんなは3年間を好きに過ごしてはいいとは言っていたけど――)
アカツキは、瞳を瞑り、思案する。
彼の言う『みんな』と言うのは、祖国にいる人達の事だ。
祖国・イズルにおいてこのケネス帝国に留学した前例はない。そもそも、国を通じての交流がはじまったのでさえ、ほんの十数年前の話。
それくらい祖国とこの国は遠く離れていた。
そして、アカツキはその交友の一貫としてこの国に来ている。ただ遊んで3年間を終えるわけにはいかない。
少しでも多く、最先端とも言われるこの国の魔法技術を学ぶ必要がある。
がんばっていこう、とアカツキは改めて自分を戒めた。
入学式が開始されたのは、それから1時間ほどの時間が流れてからだった。学園の幹部達が簡単に挨拶をしてから、学園長が一人一人名前を読んでいく。
その順番は単純に入口で名前を記入した順だ。
故に順番に意味はない。が、意味がないからこそ意味があった。
あくまで、この学園においては全ての生徒達が平等だという事を強調しているのでもある。
アカツキも、名前を呼ばれて返事をする。続いて、フランクも返事をした。
やがて、最後の生徒まで名前が呼ばれ、続いて入学試験で主席だったという生徒が壇上にあがり、スピーチをはじめた。
そのスピーチの最中、後ろにいるフランクが話しかけてくる。
「いやあ、こうやって見るとさすが帝国一の魔法学園って感じだな。地元じゃ信じられないぐらいの大人数だ」
(……おいおい、こんな時に話しかけないでくれよ)
話しかけられたアカツキは内心で嘆息した。
現在は入学式の真っただ中であり、こんな時に雑談でもしようものなら、学園側から悪い意味で注目を受けてしまうのは必定だ。
最初に印象というものは、後々になってもかなり響いてくる。
こんなところでマイナス評価をつけられては、たまったものではない。
とはいえ、後ろにいるフランクは先程の会話を見る限り悪い人間ではないようだ。この会話も、こちらの評価を落とそうと悪意をもってしているわけではないらしい。
あまりにも冷たい態度をとったりするのも気の毒に思えた。
このまま会話に応じるべきか、スピーチに集中するべきか悩んだものの、結局どちらもとらず、適当に頷く事にした。
フランクはそれだけでも満足したのか、勝手に会話を続ける。
「髪の毛の色も肌の色も、目の色だってバラバラだ。あれは、アカツキと同じ留学生組かな」
フランクの言葉のように、確かに生徒達の髪や瞳の色はばらばらな一団が見受けられる。
「いや、それだけじゃない。さすが国最大の学園だけある。どっかで見た事のあるような連中がいっぱいだ。あそこにいるのは、ブラウン将軍の五男だろ? うわ、あっちはキャッシュマン商会の会長の三女かよ」
おしゃべり好きの性格なのか、こちらが聞いてもいない事を次々と喋る。
「今年は特に豊作だって、言われてるからなー。首席入学のシャノンなんかは特に凄いらしいぞ。噂によると入学試験で過去最高記録を出したとも言われているらしい」
首席入学、という点に少し興味を持ちながらも、アカツキは適当に頷いた。
それを敏感に感じ取ったのか、フランクは説明を続けた。
「ああ、ちょうどそのシャノンが壇上で今スピーチしてるじゃないか」
今気づいた、と言わんばかりに先程から壇上でスピーチを続けている生徒へと目を向ける。
年齢は――当然ではあるが――アカツキやフランクと同程度に見える少女だ。
白銀の髪の毛に、ルビーを思わせる赤の瞳。そして、整った顔立ちにその佇まい。全てが高貴な生まれである事を即座に感じさせるものであり、只人を威圧する圧倒的な存在感がそこにあった。
スピーチの内容は、至極在り来たりのものだ。平たくいえば、勤勉に、実直に、誠実に、3年間少しでも多くの事を学んでいこう。そんな入学式でするべきスピーチとして至極妥当な内容を語っているにすぎない。
しかし、それを語る少女のあまりにも威風堂々とした姿からか、皆真面目に聞いていた。
スピーチは短すぎず、かといって長すぎず適正といえる時間で終わった。
優雅に一礼し、シャノンは壇上から降りた。
「それでは、今年度の入学式を終わります。新入生の皆様は、誘導の講師の指示に従い、移動をはじめてください」
進行役の男性の言葉に従い、新入生達はそれぞれ席をたち、移動を開始していく。
「さ、オレ達も行こうぜ」
ばん、とフランク軽く背中を叩かれた。
そうだね、とアカツキは頷いてそれに続く。
(……ん?)
ここでふと、視線を感じて後ろを振り向く。
そして、その視線の主が先程新入生を代表して挨拶を行なっていた少女・シャノンだと気づいた。
(こっちを……見ているのか?)
接点などないはずの少女の視線を怪訝に思うも、相手の方から先に視線をそらした。
(何だったんだ?)
シャノンの言動を不審に思ったものの、それ以上訝しむ事もなくアカツキはフランクに続き、講堂から出た。
こうして、アカツキの帝国学園での生活が始まろうとしていた。




