48話 ガラハッド分国4
地下室。
そこは、とにかく広かった。
地上にある部屋よりももしかしたら広いかもしれない。
いわば、闘技場を連想させるような空間であり、中央に金網で囲まれた箇所があり、そこを囲むように周囲一体に椅子が置かれていた。
既に、客席はほとんどが埋まっている。
服装や、肌や瞳の色から察するに分国民ではなく本国民である事が分かる。
それも、かなり上質な服を着ており、かなり裕福な部類に入る人々である事も分かる。
だが、問題はそこではなかった。
中央の金網の中に、一人の男がいる。
そして、その男の周りに全裸の少年少女達が椅子に鎖でくくりつけられていた。彼らは皆無表情――というより、表情を変え方を忘れたかのようなうつろな瞳のままだ。
――何だ、あれは。
しかも、首には『01』や『02』などと書かれた数字の書かれた首輪がつけられており、非常に奇妙な光景だった。
そして、アカツキば茫然としていると、中央にたつ男が口を開いた。
「さて、皆様お待たせしました。只今より、オークションを開催いたします」
魔法か何かで声を大きくしているのか、異様に声の響きがいい。
おおっ! と客席から歓声が沸き起こる。
「それでは、本日の『商品』を紹介いたします。まずは、『01』! 出身は、カブラル地方の15歳の女の子です。魔力値は45です!」
その紹介と共に、『01』の顔が強引に会場にいる客席の見える位置に動かされる。
なかなか整った顔立ちだ。
だが、その瞳に輝きはなく、まるで死んでいるようにすら感じられた。
「それでは、開始します! 開始は1エンペラーからです!」
その言葉とともに、客が口々に金額を口にしはじめる。
「2エンペラーだ!」
「3エンペラー出すぞ!」
「5エンペラー!」
ちなみに、1エンペラーもあれば平民階級は5年は暮らせると言われる。
それを考えれば、彼らの言う金額は決して安くない。
「6エンペラーだ!」
「俺は7エンペラー出すぞ!」
「私は10エンペラーだ!」
「10エンペラー! 10エンペラーです! 他にいませんか、いませんね……はい、それでは10エンペラーの方、落札です!」
おおっ、とどよめきに近い声が客席に起こる。
『01』の少女の鎖が外され、10エンペラーで落札した人物のところに連れていかれる。
落札した男は、ホクホク顔で周りを見渡す。
「続きまして、『02』出身は……」
司会者は、『01』に対する興味は既になくなったようであり、『02』に対する説明をはじめる。
「人身売買、ですか……」
シャノンが横で不快そうな表情を浮かべる。
ケネス本国の法律で、奴隷の取引は禁止されている。だが、あくまでその法律が適用されるのは人に大してだ。そして、『人』と認められるのはケネス本国の人間に限る。
二等分国である、この国の分国民如きに人権などというものはないのだ。
「これは……ひどいな」
フランクも同意なのか、顔をしかめている。
だが、この熱狂を前にろくに介入もできない。
この調子で、次々と『商品』達は売られていき、2時間ほどで、ほぼ全ての『商品』が落札された。
客たちも満足したのか、席をたっていく。
立ち去っていく客たちが、もはや関心を示さなくなった金網の前に、アカツキの見知った顔が見つかった。
「ご苦労、今日の売上はどうだ?」
その男に、オークションの司会をしていた男が答える。
「何とか今月のノルマは達成できそうかと……」
「そうか、ならばよい」
司会者の会話の相手――フランシス総督補佐だ。
先程会った時と変わらない様子で、高そうな服装を着こなして笑みを浮かべている。
だが、アカツキ達と会っていた時の作り物めいた笑みは微塵も浮かんでいない。
「なんだ。そいつはまた売れ残りか?」
虫けらを見るかのような冷然とした眼差しで、『07』の少女を見やる。
「はい。『黄色の猿』というのがおそらく敬遠される理由でしょう」
司会者の男も侮蔑したかのような瞳を浮かべる。
『黄色の猿』というのは、イズルやゾンシンのような東方に住む人種に対する蔑称だ。肌の色が西方人に比べて黄色いところから来ている蔑称だが、当然東方人はその呼ばれ方を嫌っている。
「そうか。だが、まあ『黄色の猿』でも好むものはいるだろう。もの好きな貴族にでもくれてやい、夜の相手をさせるのもいいかもしれんな」
「ですな。いれてしまえば、白も黄色も関係ありませんからな」
ぐひひ、と司会者が下卑た笑みを浮かべた。
「ま、最悪そっち方面でも売れんでも使い道はいくらでもあるだろう。新種の薬の実験、新開発の魔導兵器の人体に及ぼす影響のテストやら……」
「フランシス総督補佐」
会話がそこまで進んだところでアカツキは割り込んだ。
その言葉に驚いたかのようにフランシスが振り向く。
「おや、これは驚きましたね。 ……貴方、会員証をお持ちだったのですか」
「……たまたま落ちていたものを拾っただけです。こんなところの会員証だとは思わなかったもので」
それより、とアカツキはフランシスを睨みつける。
「一体これはなんなのですか! 奴隷の売買にしか見えませんが」
「なんなのだ、と言われましても。これも、私共のはじめた『救済政策』の一貫でございますが」
「はい。これも、私共のはじめた『救済政策』の一貫でございます」
「こんな事が、救済政策?」
思いがけない言葉に、アカツキが思わず聞き返す。
「これのどこが救済だっていうんだ!」
「どこが……とおっしゃられたところで、見ての通りですが」
「見ての通りって、これじゃあまるで家畜……いや、それ以下だ。ただの人形か玩具のような扱いじゃないか」
「お言葉ですが、異国の御仁。その『玩具』を我々は無理矢理奪ってきているわけではありません。『ペット』の親族の方には相応の代価を支払い、彼女――彼、も含まれますが――達は私共の元に送られてきているのでございますが。これは、いわば立派な取り引きでございます。その事に文句をつけるのはいかがなものかと」
フランシスの口調は淡々としている。
それだけに、まるで人間味を感じさせない。
「それに、親族の皆様だけではなく売られてきた彼女達も満足しているはずですよ」
「満足しているだって? そんなはずは――」
「あります。何故なら、私は彼女達は三食の食事と、寝床を提供しております。それだけでも十分な弱者救済になっているはずですが」
「そんな、事は――」
ふと街の隅で震えていた、ランスロット分国の民達がアカツキの頭に浮かぶ。
そして、目の前の男の息子にいじめられていた少女の姿も脳裏に蘇る。あの少女も、一緒にいた少年もやせ細り、ろくに食事もしていないような顔だった。
ただ、食事と寝床がある。それだけで、分国の民達にとっては大満足なのだ。そして、『それだけ』の事が満たされる分国の民は少ない。
「ああ、もちろん私の弱者救済政策の対象は彼女達だけではありませんよ。若い男手もちゃんと、肉体労働の仕事を与えております。街道の整備などが主な仕事ですがね。アレには、多くの分国民が駆り出されております。賃金は1日3スレイプほどですが」
「3スレイプ……ほとんどただ働き同然ではないですか」
横から、シャノンの呻くような声が聞こえた。
「同然……といわれましても。ただよりかはよろしいかと。それに、彼らにも食事と寝床はしっかりと提供しておりますゆえ。むしろ喜んで参加している者も多いのですよ」
フランシスの声は相変わらず静かだ。
それだけに、そら恐ろしいものを感じる。
おそらく、彼に悪意はない。いや、むしろ善意からの行動だろう。
だが、それはケネス本国人としての。支配者としての善意だった。
「――分かったよ」
暫しの沈黙の後、アカツキが声を出す。
「お分かりいただけましたか?」
アカツキは、フランシスの説明を聞いて肯定も否定もできなかった。
確かに、フランシスの言う事は間違いではない。だが、だからと言って決して認める気にはなれなかった。
何より、分国の人間をモノとしか見ていない目の前の人間を全く好きになれなかった。
かといって、ここではただの外国人であり何の権限もない自分が騒いだところでどうこうなるものでないという事も分かっていた。
しかし、このまま何もせずに立ち去るという事もできなかった。
「じゃあ、俺はこの子を買い取る。それでいいだろう?」
目の前の『ペット』として売りに出されている少女を指差し、フランシスを睨みつける。
「は?」
飄々としていたフランシスの表情が初めて驚きへと変わる。
「確か3エンペラーだったな」
そう言って、財布に手をつっこみエンペラー紙幣3枚を目の前の男に差し出した。
「……確かに、貴方が買い取るというのならば私としても構いませんが――それでよろしいのですか?」
驚きの表情を浮かべたままフランシスが問う。
「ああ、構わない」
分かっていた。
こんなのはただの自己満足だ。
目の前の少女1人救ったところでガラハッド分国全体が救われるわけでもない。
少女の身内ですら目の前の少女をわずかな金銭と引き換えに売ったのだ。身内にすら喜ばれないだろう。
「……わかりました。こちらが、契約書になります」
フランシスの差し出された契約書にサインし、確かに少女はアカツキに譲渡された。
少女を拘束していた鎖が外され、アカツキの元へと少女が運ばれる。
「それでは、これで失礼します」
フランシス総督補佐も、それ以上何も言う事なく、この場を去っていった。
後には、怯えた様子でこちらを見る少女。
それに、アカツキにシャノンとフランクのみが残された。
「どうするんだ? その子」
まずは、フランクが口を聞いた。
アカツキは、未だに服を身に纏っていなかった少女に上着をかぶせる。
「……このまま実家に連れていく。幸い、働き手はいくつか心当たりがあるからそこで使ってもらう」
「……そうか」
フランクはそう言ってから口を閉ざした。
「私は良かったと思いますよ」
今度はシャノンが口を開いた。
「……正直、私は貴方が何もしなければ暴れだしていたかもしれませんし、そうしたところで何も解決しなかったでしょう。正直、貴方のとった方法以外で、その子を救えたとは思えません。貴方の行動は正解だと思いますよ」
「そう、かな……」
一方、当事者であるはずの少女は、何か下手な事を喋れば痛い目に合わされるとでも思っているのか口を開かない。
「まあ、いったん宿に戻ろうぜ。話はそれからだ」
「そうだな」
アカツキとしても、こんなオークション会場にいつまでも留まっていたくない。
3人はオークション会場から去ろうとするが、肝心の少女がなかなか付いて来ない。
「ほら、いくよ」
アカツキはおどおどとしている少女に手を差し出す。
暫く戸惑った様子だったが、少女はその手をとり、歩き出した。




