46話 ガラハッド分国2
この街での買物は比較的すぐに終わった。
さすがにケネス本国や、ガウェイン分国と比べると品揃えという点ではいくらか劣るものの、先程のランスロット分国と比べるとしっかりと揃っていた。
両手に荷物を抱えたまま、店の外に出る。
「結構買えましたね」
「ああ、安心した」
「思ったよりも安かったな」
そんな会話をしていると、ふと老若男女の多くの人々が集まっているのが見えた。
着ている者の身なりから、それがガラハッド分国の人々だとすぐに分かった。ランスロット分国の住民達と比べるといくらか上質な身なりではあるが、それでも本国人と比べてみすぼらしさは否めない。
だが、中央にいる男は違った。
「あれは……」
その男に見覚えがあった。
ガラハッド分国総督補佐・フランシスだ。
その護衛と思しき男達も背後に控えている。
部下達の前には、大量の小瓶が置かれていた。
「あれは何だ?」
フランシスと、フランシスの周りにいる男達が何やら話している。
そして、手に持っている小瓶を配り始めた。
「遠くてよく聞こえないな」
アカツキは気になって近づいてみた。
すると、分国の人々はフランシスから配られた小瓶をありがたがった様子で受け取っている。
中には、涙を流しているものさえいる。
「なんなんだ一体……」
アカツキ達が困惑していると、フランクが「少し聞いてくる」といってこの場を離れた。
そして、暫くするとフランクが戻ってきた。
「何をしているかわかったぜ。どうやら、フランシス総督補佐が薬を配っているようだ」
「薬?」
「ああ。ケネス製の疲労回復のための回復薬――まあ、薬草に魔法をかけてつくっる栄養剤のような飲み物だ。本国にいた時に飲んだ事はないのか?」
「いや」
アカツキは首を振る。
「そうか。まあ、学園では売っていなかったからな、仕方ないか。それにしても、あの回復薬を作るのには、貴重な薬草や魔法が必要だし、かなりの手間がかかるはずなんだが、あの総督補佐も随分と気前がいいな」
フランシスがそう言って首をかしげた。
そのフランシスの横に、老人と青年の二人組が通りかかった。
「今回はたった一瓶しか貰えなんだ。これはお前が使え」
老人の方が青年に言った。
「何を言ってるんだ! 父さんの方が明らかに体調が悪いだろ。いつか見たいにまた倒
れでもしたら……」
この会話から察するに、二人は親子のようだ。
先程、フランシスから貰った薬を二人で押し付け合っている。
「あの……」
先程から険しい表情で見ていたフランクが、その二人の間に割って入った。
「な、何ですか!?」
青年と老人は驚いたように振り返る。
それと同時に、こちらが外国の人間と分かったらしく顔に怯えの色が浮かぶ。
「……一つ訪ねたいのですが、お二人はどこか悪いのですか?」
「い、いや。そのような事は……」
青年は否定するように首を振るが、その疲れきった表情で言っても説得力はなかった。
「自分は治癒魔術をいくらか使えます。貴方達の疲労をいくらか和らげる事をできると思うのですが?」
フランクの提案に、二人は困惑したような表情を浮かべる。
「い、いえ。どなたか存じませんか、そのようなお言葉に甘えるわけには……第一、そんな事をしていただいても私共には払えるお金が……」
「お構いなく。代価はいりません」
フランクは強い口調で言って二人を見据える。
暫く二人は顔を見合わせていたが、やがて、
「……分かりました。お願いします」
と頷いた。
「失礼」と老人の体にフランクは触れる。
「疲労のようですね。この程度のものでしたが……」
何やら疲労を回復するための魔法を使う。
医療魔術師を目指しているというだけの事はあり、フランクの腕は確かだ。
アカツキにはよく分からない高等な治癒魔術を使っているが、青年の手に抱かれた老人はたちまちうちの顔色が良くなってきているのが分かった。
続いて、青年の方にも治癒魔術を使用する。
青年の方の顔色も途端に良いものへと変わっていく。
「すごいな。フランク」
アカツキは素直に感心したが、フランクの表情は暗い。
「どうかしたのか?」
フランクの様子が気になって訊ねる。
「いや、その……」
だが、フランクは何事か言いよどんだ。
何か話そうと口元を動かしているのだが、なかなか声にはならない。
「あ、ありがとうございました……」
フランクよりも先に、治療を受けていた青年が先に口を動かした。
先程比べると、明らかに顔色は良く、フランクに深く感謝した様子で目尻には涙が浮かんでいる。
「何とお礼をしたらいいか……本当にありがとうございます……」
今度は青年の方がは礼を言って頭を下げる。
だが、フランクは堅い表情のままだ。
「じゃあ、それをちょっと貸してくれませんかね? 確かめたい事がありまして」
フランクが指さしたのは、先程フランシスから受け取っていた薬の入った小瓶だ。
「は、はい。どうぞ」
老人の病気が癒された以上、この薬は二人にとって大した価値を持たないのだろう。ためらう様子はなく、簡単にそれを渡した。
フランクは厳しい表情で小瓶を眺めると、小さく呪文を呟いた。
何やら探査系の魔法らしく、そちらの知識の乏しいアカツキには分からなかったがどうやらこの回復薬を調べているようだった。
「……やっぱり」
暫し、間を置いてからフランクが呟いた。
「やっぱりってどういう事だ?」
「アカツキ、シャノン。 ……こっちに」
フランクは小瓶を青年に返し、アカツキやシャノンを老人から離れたところまで連れて行き、小声で言った。
「あの薬はインチキだ」
「インチキ?」
「いや、インチキというのは間違いかもしれないが……」
「どういう事だ?」
「これは確かに回復薬に間違いない。でも、水か何かで相当に薄めてある。効果は多めに見積もっても10分の1――下手をすれば20分の1ぐらいしかない。これじゃ、回復薬の効き目なんてほとんどないよ」
フランクの発言に、アカツキは唖然とする。
「何だって……!?」
「では、ここの住民達は騙されているという事ですか?」
「いや、回復薬である事には間違いないんだから騙されているというわけでもないと思
うが……」
言い淀むフランクだが、アカツキの視界がフランシス総督補佐の姿をとらえた。
「おや、どうかなさいましたか?」
こちらに気がついたらしく、フランシスの方から近寄ってきた。
「フランシス総督補佐……」
アカツキは、少し強い視線でフランシスを見据える。
「少し、よろしいですか?」
「はい、何でございましょう?」
「先程、回復薬を配っているのを拝見しました」
「そうですか。あれは、当ガラハッド分国で行われている『救済政策』の一貫でございます。何ゆえ、当分国はまだ発見途上国。色々と疲労のたまる仕事も多いので、分国民達をこのように慰撫する必要もあるのですよ」
「それは立派な事だと思います」
「そう言っていただけると光栄です」
フランシスは笑みを浮かべる。
ですが、とアカツキはフランシスに言う。
「総督補佐、貴方達の『救済政策』の一貫として売っているこの薬ですが……本来の回復薬を相当に薄めたものを売っていますね?」
「はい。その通りです」
否定するかもしれないと思ったが、フランシスはあっさりと肯定した。
「ですが、何か問題でも?」
「問題でも……ってあるに決まってるじゃないか! こんな詐欺みたいな方法を使っておいて」
あまりにも冷徹な言い方に、アカツキは激昂した。
だが、フランシスの態度は落ち着いたものだ。
「お言葉ですが、彼らは元々、金も家も持たずにろくに薬を配られなかった奴隷階級の人々です。『回復薬をもらえた』この事実だけで十分のはずです。実際、回復薬をもらえたにも関わらず過労死したものもいますが、我らを恨む事なく回復薬をもらえたのだからと感謝すらしながら逝きます」
フランシスは笑みを浮かべ、話を続ける。
「それに、病は気からと申します。実際に薬をもらえたという事実だけで分国人達は十分なはず――それ以上は予算の無駄です」
「…………」
「現状、分国人に配分できる薬は非常に限られております。私共はそれを効率よく使っているだけ……文句を言われる筋合いはどこにもありません。 ……それと、仮にこの事実を貴方達が彼らに告げたところで、恨まれることはあっても感謝される事はないと思いますよ」
「それは……」
アカツキも言葉に詰まる。
確かに、この事実をガラハッド分国の人間に告げても問題の解決にはなるまい。
むしろ、ガラハッド分国の住民達にわずかにあった精神的な救いすらなくなるだけだ。
「代替案もなく、当国の『救済政策』を否定されても困ります。貴方方が何と言ったところで、私のやり方で分国民達も精神的な安らぎを得て生活水準が向上したのは紛れもない事実ですゆえ」
何も言い返すべき言葉が見当たらない。
アカツキがぐっ、と唇を噛み締めているとフランシスは「失礼します」とだけ言い残してこの場を去っていった。




