45話 ガラハッド分国1
ランスロット分国から、ガラハッド分国へと向かう街道。
その間、ただひたすらに竜車の中で過ごした。
いかに、竜車が速いといっても、即座に次の国に着けるわけではない。その長い時間を、当然ながら竜車の中で過ごす必要がある。
とはいえ、馬や徒歩で移動している旅人などと比べれば、はるかに恵まれている環境ではある。
フランクは、本を黙って読んでいる。どうやら、学問とはまったく無関係の娯楽小説のようだ。
シャノンは、無言だ。瞑想をしているのか、瞳は閉じられている。両手は両膝の上にのっており、動かす様子はない。
シュタールも主同様に無言だ。両手を組んだまま黙って椅子に座っている。
そんな中、アカツキの脳裏に先程のランスロット分国での光景が思い出される。
まさかとは思うが、次の国でもあのような事が――正直あまり考えたくはない。
そんなアカツキの内心を読んだかのように、フランクが話しかけた。
「もしかして、さっきのランスロット分国での事を気にしてる?」
「い、いや……まあ……」
アカツキは曖昧に頷いた。
「そりゃあ、オレだってショックだったよ。オレもこれでもケネス人だからある程度分国の事は知ってたつもりだけど、実際に見るとね」
フランクはばつの悪そうな顔になって続ける。
「だけど、外国人のお前や田舎貴族のオレが騒いだところで一体何ができる? 騒いだところで何の意味もないだろう?」
「それは――そうだけど」
アカツキは、ケネス人ですらない。イズル人だ。よって、ケネス帝国の属領に対する権限など何一つない。
悲しい事だがこれが現実だった。
「まあ、次のガラハッド分国ではそこまでひどい事はないと思いますよ?」
黙って二人のやり取りを聞いていたシャノンが口を挟んだ。
「最近、二等分国に昇格したようですし、ランスロット分国と比べればレジスタンスの数も少ない。治安という点でもガラハッド分国の方がはるかに上です」
「二等分国――か」
アカツキが呟くような声が口からもれる。
二等分国。
つまり、三等分国よりも一つランクが上。ある程度治安がよくなってきた分国に対しての与えられる。
当然、国民達に与えられる権限も三等分国よりも多く、法律で制定されている最低賃金額も三等分国民よりも高い。
……だが、それでも三等分国よりまし程度のものではないのか。
そんな思いを胸中に抱えたまま、アカツキ達の搭乗する竜者は街道を走り抜けていった。
ガラハッド分国にある宿泊する予定の街へと無事に到着した。
予想以上に早い到着だ。
まだ日は高い。
日没までにはまだ数刻ほど時間があった。
「何事もなくて良かったですね」
「だな」
野盗や野生の魔物などに襲われる事なく着いた事に、皆は安堵して街の風景を見やる。
町並みは、確かにランスロット分国よりかはいい。
分国人の着ている服装も、顔色もランスロット分国よりかは良いようだ。
宿泊施設を探し出し、そこに泊まる事にした。
宿泊料金はランスロット分国とほぼ同等だが、部屋の質はランスロット分国よりも上質だった。
簡素な寝具と家具が置かれただけだったランスロット分国の宿と比べると、部屋も広いし、絵画なども飾ってあり清潔感もあった。
荷物を下ろし、いったんシャノン達と打ち合わせをしようとしたが、そこでノックの音がした。
「はい」
「あ、あのお客様……」
その声に聞き覚えがあった。
この宿に泊まる際に、やり取りをしたこの宿の主人である。
「何でしょうか?」
だが、部屋を訪ねてくる用件は分からない。
アカツキが4人を代表する形で訊ねた。
「あ、あの表の方に……その……」
宿の主人の声は、些か震え気味だ。
「どうかしましたか?」
宿の主人にアカツキが問いかける。
「それが、その……総督補佐様が、お客様に会いたいと、おっしゃられて……おりまして」
「総督補佐!?」
予想もしない来客者にアカツキ達は驚きの声をあげる。
そして、フランクを見て、続いてシャノンの方を見る。
「心当たりはないのか?」と目で問いかけたが、二人は首を横に振った。
「……とにかく、会ってみよう。用件が分からない以上対応のしようがない」
という事になり、3人は応接室へと向かった。
宿の応接用の椅子に、既に相手は座っていた。
そばに、護衛と思われる騎士が左右に立っていた。
こちらの姿を確認すると、相手は立ち上がって笑顔を浮かべる。
「はじめまして。私、ガラハッド分国の総督補佐を務めさせていただくフランシス・ジャック・ド・アルバートと申します」
フランシスと名乗った男はケネス式の丁重な礼をする。
それに習うかのように、シャノンも返した。
「それはどうも……。それで、フランシス総督補佐。貴方はいったい何の用でこちらに? 私達はただの旅行者。総督補佐に迷惑をかけるような事はしてこなかったつもりですが……」
「いえいえいえ。むしろ逆です」
「逆?」
「はい。どうも、私の愚息が迷惑をかけたようでしたのでこうしてお詫びにかけつけた次第です」
「愚息……?」
そう言われて、ふと一人の青年貴族の顔が頭に浮かぶ。
そして、「アルバート」という姓を聞いて、ランスロット分国で少女をいじめていた青年貴族を思い出す。
……ああ、あの時の。
目の前の男の顔を見比べる。確かに似ていない事もない。
「いえ、迷惑というほどの事ではありません。気にしないでください」
アカツキはそう言うが、相手は頭を下げながら丁重に詫びる。
「いえいえ。あれは私の教育が至らぬ故の不始末。よもやランスロット分国にまで醜態を晒すとは思いませんでした。誠に申し訳ありません」
それは、本心からの謝罪なのかそれとも単に外国人とトラブルを起こしたくないが為のものなのか、アカツキには分かりかねた。
慰謝料と称し、いくらかの金銭の入った小包を差し出されたがアカツキは丁重に固辞した。
それを相手が再び差し出し、押し戻しの問答が何度か繰り返されたが結局は相手の方が折れた。
「何か滞在中にお困りの事があれば私のところへ。当分はこの街に私は留まっておりま
すので」
そう言い残すとアルバート総督補佐は去っていった。
「何だったんだ?」
「彼の言葉を素直に信じるのであれば、息子の痴態の謝罪をしたい、という事なのでしょうが……」
「素直には信じられないな」
「私も同感です」
シャノン達も頷く。
「そういえば……聞いた事があるぜ」
「何をですか?」
「このガラハッド分国の総督補佐についてだよ」
フランクが答える。
「つい最近まで、ランスロット分国と同じ三等分国に過ぎなかったこの国を二等分国に
まで昇格させた凄腕の総督補佐がいるって」
「それがさっきの総督補佐って事?」
アカツキの問いにフランクは首を縦に動かした。
「多分、な。確証はない。相当にやり手と聞くし、黒い噂もある人なんだが――」
「黒い噂?」
「ああ、色々とな。でもまあ、噂だけで確証はないわけだし下手な事を言っても、ただの中傷だ。この話はこれまでにしよう」
と、フランクはここで話を打ち切った。
「とにかく、物資の補充をするために街に出るとしようぜ。二等分国だし、ランスロット分国よりも品揃えはいいはずだ。色々と買っておこう」




