44話 ランスロット分国
どれくらい時間が経ったのだろうか。
最低でも5時間は経っていたと思うのだが。
アカツキは軽く目を開けて、他の3人の様子を見る。
相変わらずフランクは本を読んでいる。シャノンは瞑想をしているのか、昼寝をしているのかよく分からない。シュタールも同様だ。
そんな中、不意にフランクが口を開いた。
「アカツキ、ランスロット分国に近づいてきたようだぞ」
「え? 本当か?」
予想以上に早い到着に、アカツキは軽く驚きの声をあげる。
外の様子を見ると、確かにケネス語でこの地がランスロット分国である事を示す看板があるのが分かる。
「どうして近づいたとわかったんだ?」
フランクは外の様子を見ていた様子はない。
なのにどうしてその事が分かったのか、疑問に思えた。
すると、
「さっきからの竜車の揺れ具合からして、街道がろくに整備されてない事が分かったからな。一等分国のガウェイン分国内の外に出ている事は分かった」
との事だった。
ランスロット分国の一都市に到着。
そこで、宿に泊まる事にした。
宿泊料金はいくらか高かったが、しっかりと支払う。
「予定よりもだいぶ早くに到着できましたね」
その宿泊施設の部屋でくつろぎながら、シャノンがほっとしたように言った。
時刻は夕暮れ時だ。
ランスロット分国への到着はこの日の夜を想定していたのだが、思いの他早く到着できていたのだ。
「そうだな。思ったよりも早かった」
フランクも同意する。
「それじゃあ、せっかく早く着いた事だし水と食料を補充しておくか?」
アカツキが提案する。
「そうですね。明日の朝に買ってからこの街を出ようと思いましたが、せっかく早めについた以上買っておいて損はないでしょう」
こうして、水と食料の補充に4人はいったん宿を出た。
そして、街の住民の物珍しそうに、こちらを見る視線に気づく。
それは、この街の人間。それも、明らかに服装が貧しいものだ。
「旧ゲルマン王国の人間か」
フランクが呟くように言った。
「襲撃事件の時フリーデンの連中の故郷か……」
それを見ながら、アカツキが複雑な表情を浮かべる。
知識の上ではすでに知っていた。
元ランスロット分国の反帝国組織である『フリーデン』のメンバーから話にも聞いていた。
だが、実際に支配されるケネス分国の人間を見るのははじめてだった。
「ですが、フリーデンは規模こそ小さいですが反帝国組織の中でも知名度の高い存在でした。そのフリーデンが半壊して以降、ランスロット分国の反帝国活動はいくらか落ち着いてきていると聞きます」
シャノンの言葉にフランクも頷く。
「オレもそう聞いてるけど――。三等分国という事には変わりがない。あまり油断しない方がいいかもしれんな」
フランクの言葉に、アカツキは思い出す。
三等分国――ケネス分国のランクとしては、最低クラスのものであり、当然生活水準も最低だ。
本国人とさほど変わらぬ暮らしをしていた、一等分国であるガウェイン分国とはあまりに違っていた。
改めて比べてみてわかるが、明らかに本国人や一等分国との暮らしぶりの差が激しい。
その旧ゲルマン人達の中に話しかけてくる者はいない。アカツキは明らかにケネス人とはかけ離れた容姿をしているが、フランクとシャノンは違う。
れっきとしたケネス本国の人間である。
彼らを恐れているのかもしれない。
「……行こう」
フランクが先を歩くように促した。
本国人の経営している店で、水と食料を補充した。
竜車用の竜の餌も、ここで補充する。
だが、やけに高かった。
旅行者だから金を持ってそうだとふっかけられたのか、それともこの国では単に物価が高いだけなのか分からない
(まあ、買えたからいいか)
それでも、法外と言えるほどの額ではなかった。
これくらいならいいか、とアカツキは納得して歩き出した。
その両手には食料と水が抱えられている。それほどの量ではないが、少し重い。
そして、その店から出た。
不意に、何かが激しく叩かれるような音が響いた。
「この無礼者がッ!」
声のした方を向くと、そこには派手な装飾を施した服装をした20前後の男が数名。格好からしておそらくは、ケネス本国の人間だろう。
「貴様、この200年の誇りと伝統を持つアルバート家の嫡男である俺を見て笑っていたであろう!」
このグループのリーダー格らしい男の怒声が響く。
それと、向かい会う形で十台の半ばほどの少女が怯えていた。こちらに服装は貧相なものであり、ほとんど薄着一枚といっても良かった。それも、あちこちに破れた後がある。
こちらは、ランスロット分国の人間なのだろう。
「聞いておるのか! 貴様は俺の事を笑っていたであろう!?」
「い、いえそんな事は……」
「はっきり話さんか!」
手に持った杖で少女を打擲し、少女が悲鳴をあげるが男は止める様子はない。むしろ、その様子を見てサディスティックな笑みを浮かべるばかりだ。
「この三等分国の劣等民族が……。よりにもよって、寛大な心によりこの後進国に叡智を授けに来ているケネス本国の人間、それもアルバート家の嫡男であるこの俺を笑いおって!」
男の言い分は、ほとんど理不尽な言いがかりに等しい。
おそらく、男が目の前の少女をいたぶっているのに理由はないのだろう。ただ、幼い子供が虫などをいたぶって遊ぶのと同じ。
その行動は、とても貴族の振る舞いとは思えなかった。
「よせ、余計な問題を起こさない方がいい」
気がつくと、アカツキはフランクに止められていた。
無意識のうちに、アカツキは彼らの間に割って入ろうとしていたのである。
「わかってる。けど、黙って見ていられない」
だが、フランクの手を振りほどくと強引に割って入った。購入した水や食料を置いて前に進み出た。
男も、当然の事ながらそれに気づく。
「あァ? 何だ貴様は。俺は本国から来ているアルバート子爵家の……」
ここで、男の言葉が途切れた。
「……まあよい。こんな下等民族にかまってるのも飽いた。他所に向かうぞ」
「い、いや、しかし……」
取り巻きと思しき周りの若者達が驚いたように貴族を見る。
「馬鹿者共が。よくみろ。こいつらは旅行者。それもうち一人は、東方の外国人だ。万が一おかしなトラブルに発展して国際問題にでもなったらどうする気なのだ?」
貴族はぼそり、と小声で取り巻き達に話す。
そして、背を向けて歩き出した。
「ちっ……」
小さく舌打ちすると、若者達は一人、また一人とこの場を立ち去っていった。
……少し意外だ。
思慮の足らないチンピラ同然なのかと思ったが、意外と判断力はあるらしい。
だが、今は自称名門貴族の息子とやらの事はどうでもいい。
「お、おい。大丈夫?」
少女の方に近寄り、心配そうに声をかけた。
その言葉に、びくりと少女は肩を震わせる。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
少女はただ恐怖に引きつった顔でひたすら謝罪の言葉を口にした。
何に対する謝罪なのかは分からない。だが、それがケネス本国や外の人間に対する対応として骨の髄まで彼女が学んできた事なのだろう。
「い、いや大丈夫だから。ね?」
アカツキは必死に少女を宥め、自分が悪意のない事を説明する。
少女が、アカツキがあのケネス本国の貴族から助けてくれたという事実に気づくには十分以上の時間が必要とされた。
「落ち着いた?」
「あ、はい……」
少女の瞳には、まだ怯えの色が浮かんではいる。
しかし、先程までと比べればかなり薄れてはいるようだ。
だが、落ち着かせたまでは良かったものの、何を話題にするべきか分からない。そもそも、目の前の少女と共通の話題など何も思いつかない。
何か話題はないか……といくらか黙考の後、
「さっきみたいな事ってよくあるの?」
そう聞いた。
というか、それしか思いつかなかったのだ。
だが、少女はそれに答えてくれた。
「は、はい、まあ……」
少女は言い淀む。
「言っちまいなよ。言いたい事言った方が楽になるぜ」
不意に、背後から声がかけられる。
そこにいたのは、少女とそう年のからわない少年といっていい年齢の若者だった。
アカツキ達ともそう変わらない。
同世代か。あるいは少し下かもしれない。
「えっと、君は?」
「俺か? 俺はこのゲルマン王国の平民。ゲルマン人のカールってんだ。こっちは、エリーザね」
すでにゲルマン王国という国は地上に存在しない。
この国は、既にケネス帝国の属国・ランスロット分国だ。
だが、その事実をあえて口には出さなかった。
「そうか」
「ま、それはともかくさ。アンタ、あいつらについて聞きたいんだよな?」
「か、カール君。それは……」
エリーザが、カールを咎めるように言う。
「黙ってろよ、エリーザ。こいつは東方の人間らしいし、愚痴ったところで問題ないだろ」
アカツキの方を見ながらカールは勝手に話を続ける。
「あの連中はね。この国に駐留してる貴族連中のボンボン共さ」
「貴族の?」
「そ。それも、出世コースから外れてるような連中の貴族の次男や三男がほとんどさ」
「そんな貴族達がどうして?」
「は、そんなの決まってるだろ。憂さ晴らしさ」
そう言うとカールは吐き捨てるようにぺっ、と唾を吐く。
「憂さ晴らし?」
……しかし、今の相手は自分の事を「嫡男」だと言っていた気がするが。
そう思ったが、とりあえず先を促す。
「そうだよ。三等分国の人間は、ケネス人の作った法律でも不利になるからね。さっきの連中なんてまだマシな部類さ。俺の知ってる知り合いには、新型魔法の実験だとかで生きたまま焼かれた連中もいるし、竜車の竜に踏み潰された奴だっている。そういう連中なのさ、あいつらは」
それだけを言うと、じゃあな、と吐き捨てるように言ってからカールとエリーザの二人はこの場から去っていった。
見物人となっていた人々もいつの間にかいなくなっていく。
後にはアカツキ達だけが残された。
「話には聞いていたけど、ここまでひどいとは……」
「アカツキ……」
心配そうにシャノンがアカツキを見つめる。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」
「あ、うん。大丈夫だよ。心配しなくても……」
世の中には貧しい人もいる。
それはごく当たり前の事。
しかし、それはあくまで知識の上で知っていただけの事だ。
実際に自分の目で見るのははじめてだ。
アカツキははっきり言ってイズルでも比較的裕福な階層に入っていた。特に贅沢な生活をしていたという気はないが、少なくとも食事に困る事も寝る場所に困った事もない。
だが、ここの住民はその最低限の生活をしているかすら疑問だ。
これが、ケネス本国とケネス分国。
その階層の差を、確かにはっきりと自分の目で見たのだ。
「……宿に戻ろう」
それだけを言い、アカツキは宿に戻った。




