41話 学園占拠事件終結
事件は終結した。
人質も、魔導炉の制御室も奪還され、フリーデン首魁・ハルトマンと最高幹部のアンドリューは死亡。
他にも、多くの死者と逮捕者を出した。
ヴォルフをはじめとする一部の幹部達は逃走に成功したものの、事実上、フリーデンの作戦は大失敗に終わったといっていい。
フリーデンに協力し、シャノンを監禁していた一味に関しては謎のままだったが、公式記録の上では単なるフリーデン協力者として処理され、特に問題視されなかった。
事件解決の功労者とも言える、アカツキ達に対して特に褒賞もなければ、感謝の言葉もなかった。
まあ、これは仕方がない事かもしれない。
アカツキ達のとった行動は軍の面子を潰しかねないものだったし、一歩間違えば惨事になっていた可能性もある。
手放しに褒められる行動ではなかった事は、アカツキ達も理解している。
かといって、罰せられる事もなかった。
何せ、そんな事をしようものなら、アカツキ達の行動に便乗する形でフリーデンの構成員達に攻撃を加えていたブラウンをはじめとする多くの生徒達も罰せなければならない。
無論、ただ傍観していただけの生徒も少なくはなかったが、それでも暴挙に出ていた生徒の人数は多く、全てを罰すれば学園はたちまち機能不全に陥入りかねない。
さらには、必要以上に騒ぎを大きくすると、学園警備の責を問われかねないという問題もあったのである。
結局、ホーキング学園長代行が責を問われる形で辞任し、それ以外の警備責任者の一部が謹慎・減給等の処分を受けただけで事件は終結したのである。
学園のカフェテラス。
アカツキだけでなく、フランク・エミリー・シャノン・キャロル達も一緒である。
冷えた飲み物をアカツキ達は口にしていた。
テーブルの上には、人数分のグラスが置かれてある。
アカツキは、自分の手元に置かれた赤い液体の入ったグラスを飲み込む。
……かすかに甘さを感じる。
「これってもしかして紅茶か?」
「そ。夏は冷やして飲んだりもできるんだぜ」
「そうなのか」
やはり、この国に来て自分はまだ学ぶべき事は多い。
日常のちょっとした事でも新しい発見がある。
「……それにしても、暑くなってきたね」
「そうだな。今年はこんなに暑いなんて……」
「そう? まだそんなに暑くはないと思うけど……」
暑そうにしているシャノン達に対して、アカツキが訊ねる。
「そうですね。ケネス本国はイズル皇国と比べると、平均気温が低いです。あなたにとっては普通でも本国の人間には暑く感じてしまうのでしょう」
シャノンが横から解説してくれる。
「そうなのか」
アカツキも、とりあえず頷く。
ケネス本国に来るのが今年が始めてのアカツキにとって、ケネス本国の平均気温などは知らない。
知っていても、実際に体感するのとしないのとでは大きな違いだった。
「にしても、平和だね」
エミリーが冷えた紅茶を口に運びながら言う。
「そうだな。事件の後、学校も休校になっていまったし」
フランクの言うように、学園乗っ取りだなという大事件が起きた影響で、現在帝国学園は休校中である。
そのため、まだ日の高い時間にも関わらずアカツキ達はのんきに茶を楽しんだりする事ができているのだ。
「……そういえば、キャロル、怪我の方は大丈夫なのか?」
「ん? 僕?」
茶請けに手をつけたキャロルが聞き返す。
「そうだ。フリーデンの奴ら相手にした時に怪我、してただろ?」
「いや、僕の怪我なんて大した事なかったし。もう完治してるよ。それより、アカツキ達の方こそ大丈夫だったの?」
「いや、俺達もこれといった怪我はない」
「せいぜいが擦り傷、だよ」
隣からエミリーも言う。
まあ、エミリーは戦闘にほとんど加わっていないのだがそれは口にしない事にした。
「シャノンの方も大丈夫なのか?」
アカツキの問に、シャノンは微笑んで答えた。
「大丈夫です。私は特に何もされておりませんので。元気ですよ」
「そうか、良かったな」
アカツキも安心したように笑った。
キャロル達もつられたように笑う。
その和やかな雰囲気に、水を差すような声が挟まれた。
「おい、貴様ら」
「ドナルド……」
そこにいたのは、ドナルド・ブラウン。
傍らにはヘンリーも侍っている。
「……何か御用ですか?」
シャノンが不快そうな視線をドナルド達に注ぐ。
初見の頃から、シャノンとの仲は険悪だ。
「言っておくが、私は最初に人質にとられたりしなければ、貴様らよりも早く、魔導炉を奪還し、人質を解放していたのだ」
こっちは何も言っていないにも関わらず、一方的にドナルドが言う。
「そして何より、私は人質であった状態からフリーデンの首魁を討ち取ったのだ。これは貴様らに勝る手柄だ」
「……それで、わざわざそんな自慢話をしにきたのですか?」
シャノンの挑発じみた物言いに、ドナルドはふんと鼻を鳴らした。
「ふん。ただの連絡事項だ」
「クラス中の人間に伝達するように、カトリーナ教論から」
隣から、ヘンリーが口を挟む。
「学園の修復工事や、事件の影響を考えて夏季休暇を早めるそうです」
夏季休暇は、帝国学園の夏にある長期の休みの事だ。
本来はまだ1月ほど先の話だ。
「夏季休暇を?」
「ええ、もうすぐ全校集会で正式に連絡されるでしょうが」
それでは、と軽く一礼してヘンリーは去っていった。
ドナルドの方は、去る前に、
「良いか。私は貴様らとの間に差をつけてみせる。この夏が終わってからを楽しみにしておけ」
と吐き捨てていった。
そして、カフェテラスには平穏が戻る。
「……何だったんだ?」
「さあ? でも、相変わらず、あの人は変わってないみたいだね」
アカツキは苦笑する。
「まあ、襲撃事件のショックを受けて引きこもってる人達もいるみたいだし、彼ぐらい元気ならいいんじゃない?」
「……あの御仁は置いとくにせよ、とりあえず夏季休暇が早まるのですか」
シャノンの言葉に、皆は頷く。
「フランク、アンタはどうするの?」
「オレか? オレは多分実家に帰る」
エミリーの問いに、フランクが答える。
「そっか……。あたしも多分、実家に帰ると思う。あーあ。また海を渡るのかあ。あたし船旅はあんまり好きじゃないんだけどなあ」
彼女の言う『実家』は、ケネス本国にない。
海峡を挟んだ先にあるシエル王国からの留学生である彼女は、おそらくそちらの方に帰るのだろう。
「私は特に用事はありませんね」
「僕もちょっと忙しいから。 ……僕も実家に帰ろうと思う」
シャノンとキャロルもそれぞれ答える。
「俺も……いったん、イズルに帰ろうかな」
生まれ故郷・イズル。
それが、急に恋しくなってきた。
「エミリー、実家に帰る場合は学園の許可がいるのか?」
「そりゃあね。一応、学園に届け出を出す必要があるからね。 ……何ならアカツキ、あたしと一緒に出してくる?」
「いいのか?」
「いいよ。どうせ暇だし」
がた、とエミリーは椅子から立ち上がる。
「それじゃあアカツキ、あたしと一緒に学園長室まで行きましょう。書類何枚かにサインをすればいいだけだから、簡単よ」
「い、今からか?」
エミリーに手を引っ張られながら、アカツキは聞き返す。
「そうよ。善は急げ……確か、あなたの国のことわざだったよね?」
学園長室。
そこにいるのは、帝国学園学園長のフェアフィールドだ。
この人は、出張中で襲撃事件の以降も特に処分を受けた様子はない。
それは、彼自身が現場にいなかったというのもあるが、彼以外にここの学園長に――一時的な代行ならいざしれず――任せる事ができる人間がいないという事も大きいようだった。
「ほほ、学園襲撃事件では色々とご苦労様でした」
「はい……」
「あ、ありがとうございます」
アカツキとエミリーは体を縮ませる。
やはり、地位も実績も桁違いの相手を前にするとこのような好々爺が相手でも緊張し
てしまうものだ。
「君達はまさに功労者と言える存在です。本当に感謝しております」
ほっほ、とフェアフィールドは笑う。
感謝している、とは言ってもこの目の前の老人の表情は読めない。
「ありがとうございます」
アカツキは短く礼を言った。
「学園長」
アカツキは、改めて学園長を見据えて言った。
「学園は、もうすぐ夏季休暇に入りますよね」
「はい、すぐに連絡があると思いますが今年度の夏季休暇は早まります」
「そこで、自分は一旦国に帰ろうと思っているのですが――」
「なるほど。それは悪い事ではありませんね」
学園長も笑みを浮かべて頷いた。
「という事は、帰国許可の類ですか?」
「はい」
アカツキは頷く。
「なるほど。エミリー君と一緒に来た事件である程度予想はしていましたが、そうですか。まあ、グリフィス君のように学園に残ると明言している生徒もいるのですがね」
ほっほ、とフェアフィールドは笑う。
「ですが、イズル皇国に帰国するというのでしたら注意事項がいくつかあります」
「注意事項?」
はい、と頷いて学園長は続ける。
「貴方は、イズル皇国を代表して来た貴人です。学園としては、できる限り安全に送り出してやりたいものです」
「自分が貴人、ですか?」
「もちろんですとも」
フェアフィールドは大げさに頷いてみせた。
「貴方に自覚があろうとなかろうと、一国を代表する形で貴方はこの国に来ております。その事を自覚してくれなければ困ります。無論、エミリーさんもです。貴女もシエル王国を代表してやってきた方です」
「……そうですね」
「はい」
アカツキは頷いた。
エミリーも横で頷く。
「さて、エミリーさんの方は船で本国からシエル王国まで直行すればいい話なのですが、アカツキさんの場合は少々複雑です。ケネス本国から、ガウェイン分国に船で向かう。その後、ケネス分国を陸路で順次進み、ゾンシンと隣接するギネヴィア分国にたどり着いてからは、再び船でイズルに向かう。そしてイズルの港に到着。まあ、ケネス本国からガウェイン分国までは海路で一日でつきます。陸路の方は竜車を使えば十日ほどで行けますよ」
淀みない口調でフェアフィールドの説明は続く。
「ギネヴィア分国からは、再び船を使う必要がありますが、こちらはおそらくは一週間ほどになりますね」
「つまり、往復するのに一ヶ月と少々という事になりますね」
「まあ、旅先でトラブルなどに巻き込まれたりする可能性もありますし、船や竜車が一日二日遅れてしまう可能性もあります。誤差の含めればもう少しかかりますね」
「という事は、実質的にイズルに滞在できるのはせいぜいが一週間程度という事ですか」
夏季休暇は今年は長くなっているとはいえ、合計でも二ヶ月に満たない。
「はい、そうなります。それと、ここからが本題なのですが、帰国するまでに冒険者ギル
ドに行っておいてください」
「ギルドに?」
冒険者ギルドは、冒険者の仲介・情報の交換を行うための組織だ。
冒険者といっても実際にやる仕事は『手紙の運搬』や『要人の護衛』といったものも含まれる。
「イズルまでの経路の大半がケネス領と言っても、その道程は決して安全と言うわけではありません」
「そう……でしょうね」
アカツキも頷く。
ケネス領内にはフリーデンのような反帝国組織の数多く存在している。アカツキはケネス人ではないとはいえ、親ケネス派のイズル国人だ。
旅先で何かに巻き込まれないとも限らない。
「そのために、ギルドにいって護衛任務を依頼するといいでしょう。腕の立つ者を何人か紹介してくれますよ」
との事だった。
(ギルドメンバー、そういえば……)
思い出したのは、フランクの事だ。
確か、いつぞやの授業でギルドに加入していると言っていた事を思い出した。
と、ここで学園長は笑みを浮かべ、
「まあ、実際のところアカツキ君も相当な実力者である事は分かっておりますが、護衛もなしに送り出したとあっては我々の面子にも関わりますからね。ましてや、学園襲撃事件があったばかりですしな」
ほっほっほ、とフェアフィールドは笑う。
「フランクに頼むつもり?」
横からエミリーが訊ねた。
「うん。 ……まあ、そうするつもりだけど」
何せ、他にギルドの知り合いなどいないのだ。
であれば、顔見知りのフランクに頼んだ方がいい。
「そっか……。でも、あたしもできればフランクがいいんだけどな」
……そうか。それはエミリーも同じだったか。
アカツキも少し悩む。
確かにギルドからの護衛は、フランクに頼みたい。
だが、それはエミリーも同じ。
……ならば、譲るべきだろうか。
とここで、フェアフィールドが口を挟んだ。
「ほっほっほ。ギルドメンバーでしたら、君達の友人にもう一人おりますよ」
「え? 誰ですか?」
アカツキが驚いて聞き返した。
「シャノン・アヴァロンさんですよ」
「シャノンが!?」
「本当ですか!?」
アカツキとエミリーが驚きの声をあげる。
「ええ。彼女はれっきとしたギルドのメンバー。それも、Aランクです」
Aランクといえば、ギルドの最高クラスだ。
アカツキ達の驚きも大きい。
「彼女と貴方は昵懇と聞きます。頼めば引き受けてくれるのではありませんかね」
フェアフィールド学園長の言葉にアカツキも頷く。
確かに彼女はこの休みは暇だと言っていたはずだ。
言えば、引き受けてくれる可能性は十分にあった。
「まあ、その辺りは当人同士で話し合って決めてください。 ……それで、こちらが帰国届けに必要な書類です」
何枚かの書類が渡される。
記入欄は少なく、いとも簡単に記入が終わっていく。
それを確認し、学園長は満足そうに頷く。
「これで大丈夫です。後は、ギルドへの護衛の申請書類が最後に必要ですが、それは行く直前に提出してくれれば問題ありません」
そうですか、とアカツキは立ち上がった。
エミリーもそれに続く。
「それでは、失礼します。貴重な助言をありがとうございました」
アカツキとエミリーは学園長室から出ていこうとしたが、そこをフェアフィールドはいったん呼び止めてから、最後に言った。
「それでは、良き休暇を」




