40話 人質叛乱(後)
魔導炉制御室の失陥。
それを知った人質達の叛乱。
さらにはフリーデン首魁・ハルトマンの死。
もはや、全てがフリーデンにとって悪い情報ばかりが入ってきた。
フリーデン幹部・アンドリューは暗澹たる気持ちで学園長室にいた。彼は、キャロル達を取り逃がした後、一旦指揮系統を整理するために、総司令部でもある学園長室に戻ってきていたのだ。
この場にいる部下達の顔は皆暗い。
「も、申し訳ありません……」
そこに、愕然とした様子でヴォルフが扉をあけて入ってきた。
「私が……。私が、制御室を奪い返されなければこのような事態には……」
嗚咽。
そして、ヴォルフの瞳から大粒の涙が溢れる。
それに釣られるように、一部の部下達の目元に涙が浮かぶ。
それは、屈辱からか。それとも、首領であるハルトマンを失ったという絶望からか。
そのどちらかは、アンドリューには区別がつかなかった。
「……ヴォルフ」
暫しの沈黙の後、アンドリューが口を開いた。
「……はい」
ヴォルフが顔をあげる。
「そして、お前達……」
ここで、ヴォルフ以外にもいるこの部屋の構成員達全員に視線を動かす。
「ここから逃げろ」
窓を指で差す。
「幸い、この下にはまだ追っ手はいない。学園の外はケネス軍に囲まれているが、その数は数百人ほど。この広い帝国学園を完全に囲いきれてない。逃げ場所はいくらでもある」
「そ、それは……撤退するということですか?」
「そうだ」
アンドリューが答える。
「確かに、今回は負けた。我々の負けだ。だが、この負けでゲルマン王国復興の灯火を消してはならない。そのためには、お前達の力がまだ必要だ」
断固とした口調である。
ヴォルフもアンドリューの言葉に集中する。
「ヴォルフ。そして、お前らは何のためにフリーデンに参加したのだ?」
「ゲルマン王国の再興のためです」
即答だった。
他の者達も同様だ。
「ゲルマン王国を憎き帝国から奪い返すため、他に理由はありません」
「ケネスの強盗野郎共を追い出すためです」
「ハルトマン様やアンドリュー様ならば、フリーデンならばそれが可能だと思いました」
口々に、フリーデンの構成員達は言う。
幸いにも、この場に集まっているのはヴォルフやアンドリュー直属の部下ばかりだ。帝国学園の生徒を強姦しようとした下っ端達のような下種とは違った。
それを見て、アンドリューは満足そうな顔を浮かべてから言う。
「では続いて聞く。魔導炉も人質も奪い返された我々が、これ以上ここで粘って得るものがあるかな? そしてそれは、ゲルマン王国復興につながるのかね?」
「そ、それは……」
ヴォルフは言い淀む。
「何もないであろう? そうである以上、次の可能性にかけるしかないのだ」
「し、しかし……」
ヴォルフはなおも躊躇する。
これだけの騒ぎを起こし、何も得るものなく去っていいのだろうか。
その目がそう言っていた。
「なあ、ヴォルフ。フリーデンはゲルマン王国の希望か?」
「な、何を当たり前の事を! フリーデンはゲルマン王国にとって数少ない希望――ゲルマン人の希望の光です!」
「そうです!」
「その通りです!」
ヴォルフの部下達も口々に言う。
それを見て、アンドリューは頷く。
「そうだな。ではその希望の光をここで消すわけにはいかんな」
子を諭す親のような口調でアンドリューは続ける。
「だから逃げろ。ここから逃げるんだ。浮遊魔法を使えば無事に地面まで降りられる」
「は、はい……」
ヴォルフも、そして部屋にいる構成員達も納得したらしい。
ヴォルフが、窓を開けた。
その窓から、一人、また一人と構成員達が飛び出ていく。そして、浮遊魔法によって一人一人大地に降り立っていく。
やがて、部屋にはヴォルフとアンドリュー以外残らなくなってしまった。
そして、最後に浮遊魔法を自分にかけてヴォルフは外に出た。
が、その時だった。
「いたぞッ! ここだ!」
反逆者と化した学園の生徒達だ。
十数人ほどの血気盛んそうな生徒が、学園長室に飛び込んでくる。
先程人質だった時とは比べ物にならないくらいに興奮している。
「くそッ! 邪魔をするな餓鬼共!」
ヴォルフが、窓から学園長室に戻ろうと再び窓に近づく。
だが、ここでアンドリューは窓をしめてしまった。
「何の真似ですッ!」
窓の向こう側から声が聞こえてくる。
ヴォルフが必死の形相で叫んでいる。
「私ももう年齢だ。私のような老いぼれが逃げるよりは、少しでも敵を足止めして若い者を逃がした方がよかろう」
「な、何を言っているのですか!?」
ヴォルフが戸惑った声が聞こえてくる。
「いいか! このままでは私達は全員捕まるか、殺されるかの二択しかない。そうなっては、我らの夢も潰える」
「し、しかし――」
ヴォルフの戸惑った声が聞こえてくる。
「私と心中する気か! さっさと行け!」
アンドリューはヴォルフを叱咤した。
「……」
暫しの沈黙の後、しぼり出すような声が聞こえた。
「……分かりました。ご武運を」
すすり泣くような音が聞こえた後、駆け出す音が聞こえる。
逃げて行ってくれたのだろう。
(これで一安心、か――)
全滅さえしなければフリーデンは再び再興できる。
そして、生き残るメンバーは自分のような老人ではなく若い者である方がいい。
(頼むぞ、ヴォルフ。いずれゲルマン王国の再興を――)
帝国学園の生徒の姿が見えてくる。
その人数は数人ほど。
「分国の反逆者を殺せッ!」
「鉄槌を下せ!」
「俺達を閉じ込めやがって!」
生徒達が口々に喚く。
中には、フリーデンの構成員から奪ったのか魔導銃で武装している者もいる。
アンドリューも腕に覚えがあるとはいえ、この装備と人数差を考えれば勝ち目はなかろう。
――だが。
(勝たずとも良い。わずかでも時間が稼げれば)
そうすれば、わずかでも若い連中が生き残れる確率が上がる。
そうなれば、人生の最期に少しでも意味があった事になる。
手元から杖を取り出し、アンドリューはゆっくりと呪文を詠唱し始めた。
「何!? 学園の生徒達がフリーデンに攻撃を加えているだと!?」
強行突入を出そうとしていたチャールズの元に、報告が飛び込んだ。
「何故そのような事態になっている!」
チャールズが怒鳴った。
「ど、どうやら一部の生徒達が魔導炉を奪還したらしく、その事を知った生徒達が反乱を起こしたようですが……詳しい事はわかりかねます」
報告に来た部下は戸惑った様子で言う。
彼自身、今の状況がよく分かっていないのだ。
「……それで、フリーデンの連中はどうしている?」
「逃げ回っているようです」
「たかが学生相手にか」
「はい。何せ、人数の上では数倍以上ですから」
部下がそう答える。
だが、それは答えになってないとチャールズは思った。
……くそッ! 何故我々の突入を待ってくれないのだ。
そう考えたが、ある意味当然かもしれない、という思いもある。
学園内部の生徒達が知るよしもないが、自分達は人質の命よりも、帝国の権威を優先せよという命令を受けたばかりなのだ。
知らなくても、勝利のためならば手段を選ばない帝国軍の戦法は庶民の間でも知れ渡っている。
自分が生徒側の立場であれば、信用などしないだろう。
そう考えると、いくらか冷静さを取り戻してきた。
「とりあえずは、学園の外に出てくるフリーデンの構成員達は全員捕縛しろ。逃げようとするものは殺しても構わん!」
チャールズの命令にはっ、と部下達が散っていく。
「そして、内部の状況も知る必要がある。何人かは私と学園内部に突入するぞ!」
チャールズの指示の元、ケネス軍は学園内部へと突入していく。
そこで、フリーデンの一味と出くわした。
「て、帝国軍だと!?」
フリーデンの構成員達は茫然たる面持ちをしている。
「フリーデンの構成員だな。おとなしく投降しろ。そうすれば、帝国法定で裁判を受ける権利が与えられる」
「くそッ!」
だが、フリーデン構成員達は投降する様子はない。
フリーデン構成員が武器を構える。
だが、チャールズの部下達に魔導銃部隊の魔導銃の方が早かった。
一瞬で構成員達が血の海に染まる。
「行くぞ」
チャールズ達は、さらに学園内部へと進んでいく。
既に、大半のフリーデンは駆逐されていたらしく、そう言った話が学園内部にいる生徒達から聞けた。
たまに、フリーデン構成員と出くわすが、おとなしく投降するか、返り討ちにするかの二択だった。
「帝国軍か。今頃来ても遅いぞ」
食堂付近の辺りに来た時、生徒の一人にそう言われた。
「私は、ドナルド・ブラウン」
……この生徒がブラウン元帥の息子か。
チャールズはそう思った。
「もしや、ブラウン元帥のご子息ですかな?」
だが、確かめる必要があった。
学生相手ではるが、上司の息子と言う事もあり、丁重な口調で訊ねる。
「いかにも」
ドナルドは鷹揚に返した。
「この私が、フリーデン首魁を討った。今は残党共を始末している」
軍人を相手にしても、ドナルドは臆する様子がない。
堂々とした仕草だ。
もっとも、人によっては傲慢なだけと感じるかもしれないが。
少なくともチャールズはそう感じた。
「フリーデンの首魁が討たれたのですか……」
ここで、フリーデン首魁の死亡をチャールズははじめて知って驚いた。
「いかにも。奴らめ、しょせんは帝国の庇護を受けなければ生きられぬ蛮人共の群れ。首魁を喪って途端にこのありさまよ」
はは、とブラウンは笑う。
「そうですか……」
チャールズは相槌を打つが、内心は穏やかではなかった。
……つまり、生徒達が勝手に事件を解決してしまったわけか。
このドナルドの言う通りであれば、そうなる。
となれば、上層部がうるさいかもしれない。
面子を潰されたと喚くかもしれない。
だが、そんな事は後だ。
「これより先は、我々軍がフリーデンの捕縛を引き継ぎます。よろしいですな?」
毅然とした表情でチャールズは言った。
「……そうか。任せよう」
いとも簡単にドナルドは頷いた。
……もしかしたら、自分達にも手伝わせろぐらい言ってくるかもしれないと思ったが。意外とあっさりしていたな。まあ、何にせよありがたい事だ。これ以上引っ掻き回されてはたまらない。
それでは、とチャールズは踵を返し、部下達に改て指示を出す。
その後、帝国軍の介入により、暴走していた生徒達もおとなしくなり、フリーデンの構成員達は次々と捕られていった。
既に逃亡した者も多かったが、捕縛したフリーデンの構成員21人と死者23人という数字を残して、帝国学園襲撃事件は終結した。




