39話 人質叛乱(前)
中央塔食堂。
この一室に駐留する、フリーデンメンバーやフリーデンリーダーのハルトマンの元にも、魔導炉解放の情報を部下から受け取っていた。
ハルトマンの表情は青ざめている。
(くそッ! 何という事だ……)
魔導炉が解放された意味は大きい。
そもそも、人数で勝る生徒達がおとなしくフリーデンに従っていたのも、魔導炉を暴発させるという脅しがあってこそ成立していた。
その最大のカードが失われた今、フリーデンに彼らを御す術はない。
(何としても隠し通さねば)
だが、その情報が明かされなければ魔導炉を占拠しているのと同じだ。
どうにでもなる。
(だが――)
いつまでもそうはいかない。
それも、ハルトマンには分かっていた。
魔導炉解放の情報はいずれバレるだろう。
そうなれば、人質の維持はできない。
(撤退だ。それしかない――)
ハルトマンは唇を強く噛む。
つぅ、と小さく血がにじみ出るがそれをぬぐい取る気にもなれなかった。
(くそッ! やむをえない)
撤退するにせよ、魔導炉解放の情報が露呈する前だ。
うまく情報を隠し、一人でも無事にフリーデンメンバーを撤退させるしかない。ハルトマンはそう考えた。
だが、ハルトマンの目論見はいともたやすく崩れる事になった。
「何だか騒がしいね」
「何かあったのかな?」
生徒たちの間でもざわめきが起こっている。
軟禁状態の間にあるとはいえ、ここを監視しているフリーデンの構成員の様子から、何か事態が急変した事を悟っているらしい。
「見てッ! あそこを!」
見ると、窓の先に見える男子寮塔の一室から、魔力によるものらしい光がついたり点滅したりしている。
「あれはもしや……魔力光信号か?」
ドナルドがぼそりと呟いた。
魔力光信号は、異なる魔力の色を連続で表示する事によって、言葉を伝える技術だ。学園の授業ではまだ習っていない者も多いが、軍人の家系であり、他人よりも多くの知識を持つドナルドはその事実を知っていた。
「何……あの内容だと」
光の色を何度も確認し、ドナルドは内容を読み取る。
「あの組み合わせだと、『魔導炉』、『解放』を意味する。 ……ということは」
たちまち、歓喜の色がドナルドの顔に浮かぶ。
「つまり、魔導炉は解放されたという事か?」
何があったか、詳細は分からない。
だが、学園側、生徒側にとって最大の懸念であった魔導炉の問題が解決されたのであろうという事だけは分かった。
だが、ドナルドの歓喜の色はやがて強い後悔の色へと変わっていく。
(という事は……。誰かがフリーデン一味から魔導炉を解放してしまったという事か。この私ではない誰かが……)
フリーデン自らが、自らの命綱とも言える魔導炉を解放してしまうとは思えない。
という事は、誰かが――状況を考えるにおそらくは生徒が――魔導炉の解放を成し遂げてしまったのだ。
(くそッ! だが、まだ終わっていない。ここにいるフリーデンの首魁を俺の手で討ち取ればこの味あわされた恥もいくらかは注げる)
そう思ったドナルドの決断は早かった。
「貴様らッ! これは好機である! 魔導炉は解放されたッ! 後は属国の反逆者共を叩きのめして学園を奪い返すぞッ!」
煽るように叫んだドナルドは叫ぶ。
ドナルドほどではないにせよ、本国の有力貴族の子息達は相当にプライドが高い。属国の人間に軟禁されるという屈辱を味あわされ、相当に溜まっていたらしい。
たちまちのうちに、ドナルドに同調する声があがっていく。
比較的、穏便派ともいえる生徒達も、この空気にのせられるように立ち上がる。
「そうだそうだ!」
「今こそ動く時だ!」
生徒達の声で、部屋が埋め尽くされる。
「武器なら、こいつらの持っている者を使えます。なくても人数では我らの方が勝っているんです。どうにでもなります!」
さらにそれに追従するような声があがった。
ヘンリーだ。
「ま、待ちなさい。下手に動いては危険ですッ!」
教論であるマシューが、暴走する生徒達を止めようとする。
が、既に半日近く軟禁状態にあり、鬱憤の溜まっていた生徒達は聞く耳を持たない。
ドナルドに賛同するように、多くの生徒達が行動を開始した。
生徒達が、津波のようにフリーデンのメンバーに押し寄せる。
「ま、待てッ! お前たち、止まれ!」
フリーデン構成員の一人が魔導銃を発砲した。
威嚇のため、生徒に当てないようにの発砲だったが、それは逆効果になった。
「魔導銃がどうしたッ! この私が恐ると思うのかッ!」
ドナルドの声が響きわたる。武器になるものの類は、一度フリーデンに回収されてい
、どこかに隠していたのかその片手には杖があった。
高速で呪文を詠唱し、近くのフリーデン構成員達をなぎ倒す。
「それに、人数ではこちらの方がはるかに上なのだッ! 負けるはずがないッ!」
このドナルドの言葉は真実である。
いかに、武器で優っていようとも人数の差では生徒達が圧倒している。
各々の任務のために各方面に、フリーデンメンバーは点在しており、この食堂にいるフリーデンメンバーは30人ほどに過ぎない。
それに対し、生徒の数は100倍以上だ。
これでは勝負にすらならない。
彼らを抑えている抑止力だった魔導炉は既に解放されてしまっており、その事実も生徒達に露呈した。
この興奮状態のための生徒達を相手には、いかなる言葉ももはや意味を持たない。
何とか抵抗しようとする者。
ただひたすらに逃げようとする者。
もはや、フリーデンは指揮系統を維持できていない。
この学園を支配していたフリーデンは、今やただの武装集団の群れになってしまっていた。
その光景を、ハルトマンは愕然として眺めていた。
人質の一斉蜂起。
最悪の展開だ。
(くそッ!)
ハルトマンは、口元に流れる血をここで始めて拭う。
(こうなっては、やむをえん)
最悪の展開だが、やむをえない。
「各自撤退しろッ! それしかないッ!」
ハルトマンはそう叫ぶと逃走を始める。
もはや、撤退とすら言えないただの逃走だ。
最悪とも言える事態だが、自分達が死んだり捕縛されたりしてしまえばそれこそ終わりだ。
だが、その決断は既には遅かった。
「死ねぇッ! 反帝国組織の首魁め!」
ドナルドが、炎の槍を片手にこちらに向かってくる。
「――がッ!」
胸が、熱い感覚に支配される。
(こ、ここで、私は死ぬの、か――)
がたり、と体が崩れ落ちる。
その体を燃やすように、ドナルドの炎の槍がハルトマンの体で燃え続けた。
「フリーデンの首魁をこのドナルド・ブラウンが討ち取ったぞッ!」
愕然と目を見開いたまま、ハルトマンは絶命していた。




