35話 秘密
西南塔――通称懲罰塔への侵入は思った以上に簡単だった。
見張りの数はさほど多くなく、ばれる事なく塔の内部へと入る事ができた。
とはいえ、この塔のどの部屋に監禁されているのかまでは分からない。
「どうする気だ?」
塔内部に無事侵入できた直後にグリフィスが訊ねた。
この場にいるのは、アカツキの他はフランクとグリフィス。
キャロルとレオは、教会で留守番だ。
キャロルもだが、現状での最強戦力であるレオもできる事ならばこちらの救出戦に参加して欲しかったのだが、救出したパティの護衛のために教会に残してきている。
「それぞれ別れて探そう」
アカツキは提案した。
この場での戦力の分散はリスクも高い。
しかし、同時に三人同時に捜索を行うよりも、三人が別れて捜索したが効率がいいのも事実だ。
「グリフィスは5階と6階を。フランクはこの1階と2階を探してくれ。3階と4階は俺が行く」
この建物は、6階が最上階だ。
それをそれぞれが3分の1ずつ担当することにした。
二人も反論はない。
アカツキの策に従ってくれるようだ。
「それじゃあ、フランクはこの階から頼む」
「任せてくれ。お前たちも気をつけてくれよ?」
「分かっている」
アカツキは頷き、グリフィスと共に次の階に上がる。
「妨害はないな」
グリフィスが呟く。
「ああ、気味が悪いくらいだ」
グリフィスの言葉通り、フリーデンの『協力者』とやらの姿はまるで見えない。難なく2階へと到達。
次の階に向かう。
またもや妨害はなかった。
無事に3階へとたどり着いた。
「じゃあ、俺は上の階に行くぞ?」
グリフィスが言う。
彼の担当は5階と6階だ。
「ああ、気をつけて」
返事はなかった。
そのまま上の階へと走り去る。
(さて――探すとするか)
アカツキは気合を入れるように両手を合わせてから、捜索を開始する。
当初は見つからないように警戒して歩いていたが、しばらく経ってそんな必要があるのか疑問に思えてきた。
何せ、まるで人が見当たらないのだ。
本当にこの懲罰塔に敵がいるのか不安になるほどだ。
もともと、生徒を反省させるために作られた独房のような部屋が多い。
それも相まってとても不気味だ。
(もしかしてこの階には誰もいないんじゃ――)
そう思った時、ある一室の部屋を見つける。
その部屋の前ではじめて人を見つけた。
顔を隠すような仮面をつけた黒ローブ姿の男だ。顔は隠されているが、その2メートル近い身体から察するにほぼ間違いなく男性だろう。
(あれは――)
少なくとも学園の関係者ではない。
おそらくあれが――侵入者。
「しゃべる気になったか?」
男が、部屋の中に語りかける。
部屋の中の状況までは見えないが、中に人がいるらしい。
「いえ――何も」
部屋の中から声が返ってきた。
(あの声は――)
アカツキは気づく。
この声の主に。そして、部屋に閉じ込められている人物に。
(シャノン――ここにいたのか)
探し人が思いのほか簡単に見つかってアカツキは喜ぶ。
だが、問題はこの先だ。
この状況からどうやってシャノンを助け出すか。
(どうやっていくか――)
と考えた時、足音が廊下に反響する。
(誰かが来る!)
アカツキは驚くが、幸いにも別方向から足音は聞こえてくる。
そして、その足音の主は部屋の前の男のところで止まった。
「見つかったか!?」
開口一番に男が訊ねた。
声は相変わらず男のものかも女のものかも分からないものだが、興奮している様子は声の調子だけでも分かった。
「い、いえ――! 女子寮一体を捜索させましたが何も――」
報告に来た相手は、怯えたように体を竦ませる。
「馬鹿者ッ! では、何故戻ってきた! 見つかるまで戻ってくるな!」
「は、はい――!」
逃げるように去っていく足音が廊下に響き渡る。
幸運にも、逃げ去る方向も先程と同じだ。アカツキのいる事に気がついた様子もない。
アカツキは安心すると同時に、今の言葉が気になった。
(一体何を探しているんだ?)
『見つかったか?』と訪ねているところから、何かを探しているのは間違いないだろう。だが一体何を?
学園占拠などという事件を起こした反帝国組織の協力者たちが探しているものとは一体何だ?
「くそッ! なぜ指輪は見つからないのだ!」
報告を受けた男の苛立った声が聞こえてくる。
(指輪――?)
アカツキの疑問の答えは意外にも簡単に判明した。
だが、判明すると同時に新たな疑問が出てくる。
”指輪”という単語に、アカツキは首をかしげる。
無論、指輪という言葉の意味がわからなかったのではない。なぜこの場でそんなものを探しているのかという疑問が出てきただけだ。
「はっ――!」
だが、アカツキの思考を遮るようにシャノンの嘲りの声が聞こえた。
「堕ちたものですね、あなたも。かつては『稲妻』という二つ名まであった、帝国騎士団で将来を嘱望された人でしたのに。反帝国組織などと手を組んで強盗の真似事ですか、ニール・マッケンジー卿」
「――っ!」
シャノンの言葉にニールと呼ばれた男の体が動揺したようにぴくり、と動く。
「気づかないとでも思いでしたか? 顔は隠してありますし、魔法で声もかえているようですが、さりげない仕草や癖までは変えられませんからね。すぐに分かりましたよ」
侮蔑するように、シャノンの口元が釣り上がる。
「おそらく兄上の差金でしょうが――相変わらずやる事が小さいですね。だからあの御仁は小物なのです」
「黙れ、黙れ、黙れ――ッ! あの方を悪くいうな! あの方は軍を追われ、行き場のなかった私を拾ってくらたのだ!」
ニールが激昂していく。
完全にシャノンしか目に入っていないようだ。
よし、とアカツキは頷くとニールの背後に回り込み――ニールが気がつくのよりも先に拳を叩き込んだ。
ぐふっ、と悲鳴が口から漏れながらニールの体が崩れ落ちた。
……思ったよりも大した事なかったな。
あっけないほど簡単だった。
この場に現れたアカツキを見てもシャノンは驚いた様子はなく、
「思ったより簡単に挑発にのりましたね」
と、気絶したニールを見て呟いた。
「やっぱり気づいていたのか」
「はい。こう見えても耳には自信があります。貴方の足音はちゃんと記憶済みなのです」
そう言ってシャノンは笑う。
「それは耳に自信があるどころじゃない気がするがな」
アカツキは苦笑しながら、ニールの体をあさる。
そして、目当ての物はあっさりと見つかった。
「ほら、じっとしてろ」
ニールの体から出てきた鍵を使って、シャノンを拘束していた鎖を外す。
「大丈夫か?」
そして、アカツキは制服の上着を黙って差し出した。
今のシャノンの状態は、はっきり言ってひどい。
制服は破かれており、半裸状態といって良かった。
「どうも。まあ、私の貧相な体など見ても仕方がないでしょうが」
シャノンはそう言いつつ黙って制服を受け取った。
「貧相?」
「ええ、殿方はこういったものは大きい方が好みでしょう」
その言葉でようやく胸の大きさの事を言っているのだとアカツキは気づいた。
「そんな事はないさ。イズルではむしろ小さめな方がいいさ。その方が服も着こなしやすいからな」
「は?」
「イズルでも最近では西方風の服も増えてきているけど、それでも東方風の服が主流さ。そして、その東方の服は大きな胸の持ち主だと着づらい構造になってるんだ。だから、むしろ胸が大きいのは邪魔になるくらいさ」
「む……そうだったのですか」
アカツキの言葉にシャノンは考えこんでいたようだが、不意に顔を赤らめ、
「ま、まあ。この話題はこれまでです」
と照れた様子でシャノンは上着を羽織った。
「さて、と。状況を確認したいんだけどいいかな?」
「……どうぞ」
シャノンは頷く。
「今、君はフリーデンの”協力者”とやらに捕らえられていた。それでいいかな?」
「はい。間違ってはいません」
「シュタールはどうしてる?」
「私のいるのとは別の部屋で拘束されているはずです」
「部屋の場所は?」
「わかりません。しかし、この階より下の階なのは確かだと思います。この3階に来るよりも前に別れさせられましたから」
「そうか……」
下の階――とするとフランクの担当しているところか。
……大丈夫だろうか?
下の階にいる友人が不安にはなるが、とりあえずは次の質問だ。
「それで、何でシャノンはこいつらに捕まってたんだ?」
アカツキは、足元に倒れふしているニールと呼ばれた男に視線を動かした。
未だに目覚める様子はない。
「……それは」
シャノンの表情に暗いものが浮かぶ。
何か言葉を出そうとしているのか、唇が不自然に動くが、結局言葉にならず唇が不自然に動くだけだった。
「……ごめんなさい」
しばらくして出てきた言葉がそれだった。
質問の回答ではない。ただの謝罪である。
「話せないのか?」
「はい。これは、その……私の実家に関わることなので」
シャノンはアカツキと視線を合わせるのすら怖がるかのように俯いた。
それはまるで、悪戯がばれ、叱られるのを怖れる子供のようにひどく頼りなく怯えて見えた。
「……ふう。分かったよ」
暫くの沈黙の後、アカツキは頷く。
「詳しい事は聞かないよ」
その言葉に、シャノンはほっとしたように息をつく。
「……ありがとうございます。アカツキ。ですが、これだけは言っておきます。彼らはおそらくフリーデンの行動とは無関係です。ただ、私の持っているある物が目当てでフリーデンの学園占領に便乗しただけです」
「……そうか」
アカツキは黙って頷いた。
シャノンの言葉にはいくらか疑問が残る。
残るが、少なくとも悪意を持って隠し事をするような少女ではない。
アカツキはそう信じていた。
「じゃあ、もうこれ以上ここにいる必要はないし。他の場所に――」
移動しよう、と最後まで言えなかった。
足音が、聞こえた。
足音は二つ。こちらに誰かが近づいて来ている。
思わずアカツキとシャノンは身構えた。
が、すぐにその必要のない相手だと分かった。
「シュタール……」
「何だ。もう救出できていたのか。これでは俺が来た意味がなかったな」
現れたのは、筋肉質な体の持ち主――シャノンの魔人であるシュタールだった。
その後ろから、フランクが出てくる。
「よっ」
「フランク。シュタールを救出できたのか?」
「まあな。といっても、この人はほとんど自力でできそうだったけどな」
「はっ、あの程度の鎖で俺を拘束しようだなんて甘いのだよ」
ふん、と鼻を慣らし、シュタールは首をすくめる。
よく見ると、シュタールの手元にはまだ手錠と思しきものの痕が残っていた。
「だがまあ、助けに来てくれた事には感謝しよう」
そう言ってフランクに頭を下げる、次いでアカツキにも頭を下げた。
「君もだ。我が主を助けてくれて感謝する」
「どういたしまして。 ……でも、まだ安心できないよ礼を言うのは全てが解決してからにしてくれ」
「そうか」
シュタールは頷く。
そして、アカツキが次の言葉を言おうと口を開きかけた時、再び足音が聞こえてくる。
今度は4人で身構える。
だが、この相手も警戒の必要がないとすぐに分かった。
「グリフィス……お前も無事だったか」
近づいて来る足音の正体を確認して、フランクはほっとした様子でグリフィスに近づいた。
グリフィスの方は、悠然とこちらに歩んでくる。
その背後にはもう1つの影があった。
「ふん。いらんおまけが見つかったがな」
「ちょっと! おまけとは何よ!」
横で、顔を赤くしている少女の姿が目に入る。
アカツキもよく知っている顔だった。
「エミリー……」
アカツキがその名を呼ぶ。
「あ、アカツキ! フランク! 良かった、無事だったのね!」
ぱっ、とエミリーの顔に歓喜の色が浮かぶ。
「いや、エミリーこそ無事で良かった……」
「まあねー。私も朝起きたらやばい連中がうろついてるのがたまたま目に入ったからね。適当にこの辺りをうろついて、この懲罰塔――西南塔に逃げ込んだの。そしたら、ここにもやばい連中が入ってきて驚いたわよ」
はあ、とエミリーはため息をつく。
「まあ、そこで一応見知った顔があったから出てきたわけ」
とグリフィスの方を顎でしゃくる。
エミリーも、スクールバトルロイヤルの時にグリフィスと顔を合わせているし、同じ学年だ。
顔ぐらい知っていても不思議はない。
「まあ、俺の方もたまたま見かけた以上、曲がりなりにもクラスメートである以上、連れてこざるをえなかったわけだ」
「不本意そうね」
「不本意だ。お前のような、お調子者は必ず仲間の足を引っ張るに決まっている。集団行動では邪魔になる」
「何ですってーッ!」
グリフィスの言葉に、エミリーがつっかかる。
その二人の間にまあまあ、とフランクが仲裁に入っていた。
「……まあ、全員が無事で良かったよ」
アカツキは苦笑しながらも、全員の無事を喜んだ。
とりあえず、当初の目的は完全にはたせた。
これで、ひとまずは安心だ。
だが、とシャノンに視線を動かす。
これ以上聞かないとはいったが、シャノンが隠している事が何なのか、正直に言って気にはなる。
シャノンを捕らえていた謎のフリーデン協力者もだ。
(そういえば、キャロルも何故か魔導炉への隠し通路を知ってたりしたな)
やれやれ、とアカツキは首をすくめる。
どうやら、自分の友人たちは秘密持ちが多すぎる。
……だがまあ、無理に暴く事はないか。
それよりも今大事なのは学園をフリーデンから奪還する事だ。
そう考え、アカツキは改めて気をしきしめた。




