30話 帝国軍
帝国学園占拠。
その報告は、ただちに帝都ケネスにも届けられた。
学園はただの学問施設ではない。
国の未来を担う大貴族や軍人の子息達が通っているのだ。そこが、占拠されたという政治的な意味は大きい。
が、ここで一悶着あった。
今回の事件の担当を、帝国警察か帝国軍のどちらにするべきかでもめにもめたのだ。
しかし、最終的には帝国軍派が勝ち、帝国軍の派遣が決まった。
最高責任者に任されたのは、チャールズという中年の将校だった。
これまで、多くの国内の反体制組織の殲滅作戦に従事し、その功績は大きい。ブラウン元帥の信頼も厚く、部下からの人望も高かった。
そのチャールズが派遣が決まった直後にブラウン元帥に呼ばれた。
ブラウン元帥直々の呼び出しという時点で、この事件にかける帝国軍の意気込みが分かるというものだろう。
「チャールズ隊長。状況はわかっているね」
ブラウン元帥は、まだ黒いものが多分に混じった髭を撫でながら切り出した。
ブラウン元帥は既に6人の男子と5人の女子の親であり、孫もいる。つまり、それだけ高齢なのだが目の前の男性からはまるで老いというものを感じない。
だが、それでありながら歴戦の猛者としての風格を兼ね備えていた。
「はい」
「では、長く語る必要はない。君の手腕に期待する」
「はっ。帝国軍の勝利を陛下に捧げます」
ここでいう「勝利」というのは、反帝国組織フリーデンの壊滅だ。
人質全員の解放ではない。
無論、名家の子弟や外国からの留学生達が数多くいる生徒達の人命も大事だ。が、しかしケネス帝国にとって最も許されないことは分国の人間、特に反帝国組織などから「侮られる」ということなのである。
「うむ。任せたぞ。チャールズ隊長」
ブラウンは鷹揚に頷く。
確か、帝国学園にはブラウン元帥の子息もいたはずだ。
チャールズはそう思ったが、あえて口には出さなかった。
ブラウン元帥は人の親であると同時に、帝国軍の元帥だ。そのことを分かった上での発言なのだろう。
チャールズは一礼すると、元帥の部屋から去った。
軍帽をかぶり直す。
そして、近くに控えていた直属の副官に訊ねた。
「兵達は?」
副官ははっ、と答える。
「既に、帝都駐留の部隊のうち500がいつでも出動できる状態になっております」
「そうか」
チャールズは黙って頷く。
何せ、緊急事態だ。即座に動員できる兵の数はそれほど多くない。
「最悪に備えて魔導砲も使用する必要があるかもしれんな」
「はっ、既に三門ほど持ち出しが許可されております」
魔導砲は、魔導銃以上の大規模な威力を出す戦略兵器だ。
だが、威力が高すぎる。今回のように、公共施設を不法占拠した武装勢力相手に使うのには不向きだ。
これを使うような事態になるという事は、もはや人質の生死などがどうでもいいような状況だろう。
(まあ、使わない事を祈るがな)
チャールズとて、殺戮者ではない。
人質の安全が保証されるのであれば、それにこした事はないのだ。
そのままチャールズは外に出ると、500の兵を率いて帝都を発した。
学園まで、さしたる障害はない。
行軍は順調だった。
いともたやすく学園の包囲は成功した。
だが、学園の守りは堅い。
学園を守護する結界も、フリーデンの手に落ちている可能性が高いと報告が来ている。
(これは攻略するのは難しいか)
この学園の結界は、10万の兵に囲まれて大丈夫だと言われる堅固なものだ。
兵の数で優っているとはいえ、油断はできない。
それに、人質もいる。
それも、有力貴族や商人の子弟も多い。
……しかし。
帝国軍は勝利のためならば多少の犠牲はやむをえないとされる。
必要とあれば、貴族だろうがその子息であろうと犠牲になってもらうしかない。
しかし、「必要があれば」の話である。
何の意味もなく犠牲になってほしいと考えているわけではない。できる事ならば無事に人質を解放したいと考えていた。
チャールズにも、この学園に通っているわけではないとはいえ二人の子を持つ父親でもあるのだ。
「チャールズ隊長」
チャールズの副官が再び声をかける。
「なんだ」
「学園の包囲、完了しました」
副官の言葉にチャールズは頷く。
「で、学園内部の様子は?」
「はっ、学園はほぼ完全にフリーデン一味によって占拠されている様子であり、学園に張られた結界も掌握されています」
「そうか」
チャールズは内心で舌打ちする。
……分かっていたとはいえ、やはりか。
学園内の結界は強固だ。
これを突破するのには相当な手間がかかるだろう。
「フリーデンの要求は?」
「ケネス本国に収容されているフリーデンを含む反帝国組織の幹部構成員の釈放、及びに活動資金の提供でを要求してきました」
予想通りだ。
チャールズはさして驚かない。
「本国には?」
「既に伝えました」
「そうか」
チャールズは頷く。
(おそらく本国は応じまい)
反帝国勢力になど屈しない。
それが、帝国の回答だろう。
(そして、正式な回答は半日もせずにもたらせる。そうなれば)
最悪な状況が脳裏をよぎる。
――いかなる犠牲を問わず反帝国勢力を殲滅せよ。
魔導砲を撃ち込み、生徒にもある程度の犠牲が出るのを覚悟で強行突入させる。
そう指示が来れば、帝国軍人としてチャールズは従わざるをえない。
それが、軍人としてのチャールズの矜持だ。
だが、とチャールズは唇を噛む。
(同時に私も人の親だ)
人を、それもまだ20にも達していない子供達の命を奪いたくない。
フリーデンはともかく、人質となっているほとんどは殺し覚悟も殺される覚悟もないただの非戦闘員なのだ。
(帝都からの回答が出る前に、フリーデン共が自滅してくれたら)
幻想と分かっていようと、そんな思いがよぎるのをチャールズは止められなかった。




