29話 作戦会議
ノックの音がした。
午前9時。
ほとんどの人間が夢の世界へと旅立っている刻限……ではない。
多くの者が既に朝を迎え、人によってはすでに職場へとたどり着いている時間、あるいは既に職務を行う時間帯だ。
だが、昨夜遅くまで起きていたアカツキにとっては未だ明朝なのである。
何せ、結局寮に帰れたのは日付が変わった時刻。当然の如く寮長にきつく叱責され、部屋に戻れたのは深夜の3時過ぎだった。
だが、高い学費を国に負担させている以上、授業には出る。
だが、朝食は抜く。
そんな時間があれば睡眠時間に回そうと考えて睡眠中だった。
そんな中、アカツキの部屋の前でノックする音が聞こえた。
(――誰?)
意識もすぐに覚醒しない。
上体を起こし、朦朧とした意識を振り払おうとする。
だが、その間にも再びノックの音が響いた。
苛立ちを示すかのように、先程よりもノックの音が激しい。
「はい、今開けます――」
目をこすり、ベッドから立ち上がると寝間着姿のままドアを開ける。
「――夜分遅くに失礼します」
そこに立っていたのは、キャロルの魔人・レオ。
「え?」
思わぬ訪問者に驚くアカツキに、レオは話しかける。
「ご無事ですか?」
「は?」
衝突な言葉の意味が分からず、アカツキは困惑する。
「あの、何が……」
「良かった。こちらにはまだ誰も来ていないようですね。急いで来てください」
「え、その……急いでって何を?」
意味が分からずアカツキは混乱するが、レオの顔には珍しく焦りの色が浮かんでいる。
「いいから早く。できれば武器を持って」
その切羽詰った様子にアカツキもただ事ではないと考え、魔導銃と杖を持ち出し、慌てて制服に着替えた。
「準備はできたようですね。ではこちらに」
レオに手を握られ、そのまま廊下へと連れ出された。
そして、キャロルの部屋の前へと連れて行かれる。
「こちらです」
がちゃり、とレオは部屋の扉を開けた。
「――え?」
その先にあった思わぬ光景にあんぐりとアカツキは口を開く。
それは、部屋の主であるキャロルだけでなくフランクをはじめとした見慣れた男子生徒が何人か部屋にいたからではない。
数人の武装した男性が、荒縄で拘束された状態で床に転がされていたからだ。
「おはよう、アカツキ。よく眠れた……わけじゃなさそうだね」
「ああ、おはよう……じゃ、なくて! あの、この人達は誰?」
「僕の部屋に入ってきた人達」
こともなげにキャロルが答えた。
「いきなり魔導銃を突きつけてきたからね。気絶してもらってるよ」
「は? 魔導銃?」
意味が分からずに混乱するアカツキの横でレオがキャロルへと言った。
「キャロル様。私は次の生徒を」
「うん。任せたよ」
それでは、とレオはキャロルの部屋から立ち去った。
「あ、あの一体何が起きているんだ?」
集まった男子生徒達の様子から、ただならぬ事態である事は分かる。
だが、それでも何が何だか分からないというのはアカツキの今の様子だった。
「学園が占拠されたんだ」
「え?」
フランクの回答に、アカツキが驚く。
「ああ、ランスロット分国の反政府組織・フリーデン。それに、学園が占拠されたんだ」
「ええ!?」
あまりの事態に、アカツキは混乱する。
反政府組織? 学園が占拠?
「大変な事になっちまったな」
慌てて来たのか、まだ寝間姿のままの男子生徒が声をかけた。
アカツキの友人であるフランクだ。
「アカツキ、お前は大丈夫だったのか?」
「あ、うん。幸い、俺の部屋には誰も来なかったよ。他の皆はどうだったの?」
「幸い、フリーデンのメンバーは真っ先に僕の部屋に来たからね。レオが叩きのめしてくれたよ」
けど、とキャロルは言葉を続ける。
「今のところ無事が確認されているのはこの階の男子生徒だけ。昇降機は止められているし、男子寮の外には武器を持ったフリーデンのメンバーがうろついてて確かめられないんだ」
「え? という事は……」
「ああ。現時点で、中央塔を含む学園のほぼ全体が占拠された状況だよ」
「――っ!」
これまでの会話から、ある程度予想していたとはいえ、改めて現実を知らされ衝撃を受ける。
やはり相当にまずい状況らしいことを理解させられた。
「今はこの男子寮の周辺に魔術結界をはっておいたからね。もし、強行突破するにしても暫く時間がかかるはずだよ」
「帝国軍や帝国警察はどうなっているんだ?」
フランクが口を挟んだ。
「さすがにそこまでは分からないよ」
キャロルが苦笑して返す。
「何せ、情報源が限られているからね。でも、学園占拠の情報が入ればすぐにこちらに救援の軍を送ってくれると思うよ」
「それもそうか……」
キャロルの言葉に、男子生徒達の顔に安堵の色が広がる。
彼らにとって、帝国軍や帝国警察は絶対的な存在であり、彼らが救助に来てくれれば助けてくれると信じきっているのだ。
けど、と言いづらそうにフランクが口を開く。
「フリーデンの連中だって、それくらい想定してるだろ? 何か対策を考えているんじゃないのか?」
「そうだろうね」
キャロルが頷く。
「僕がフリーデンの立場なら、いくつかとれる策がある」
「ど、どんな策なんだ?」
男子生徒の一人が不安げな顔つきで訊ねた。
確か、スミスという名前だったはずだ。
「まずは人質。これは、さっきこの人から聞き出したんだけど……」
キャロルが言う「この人」とは、先程レオによって捕縛されたフリーデンの構成員だ。
いまは体を拘束された状態で床に転がされている。
「フリーデンは生徒達を人質にとっているみたいだ」
「生徒達を!?」
「どうも、朝食の時にここにいない生徒達が人質になってしまったみたいだよ。まあ、僕達みたいに食堂に行かなかった人達は無事みたいだけど」
「そうなのか……」
全員が捕まったわけではないと知り、アカツキは安堵する。
「アカツキも朝食はぬこうとした口でしょ? そのお陰で助かったね」
はは、とキャロルは笑う。
だが、その笑みにはあまり余裕があるとはいえない。
「ここにいる皆は朝食に遅れていったり抜こうとしたりした人ばかりだよ。そのお陰で助かったみたいだね」
「そ、そうか……」
アカツキも頷く。
まさか、昨日の門限破りがこんな形でプラスに働くとは。
何が幸いするかわからない。
「でも、状況が悪い事には違いない。だから、何とかして今の状況を打開する必要がある」
キャロルがきっとした目で全員を見渡す。
「つまり……俺達でフリーデンをどうにかするっていう事か?」
アカツキの言葉にキャロルがこくりと頷く。
ざわり、と周りが騒ぎはじめた。
ざわめきが十秒ほど続いた後、スミスが口を開いた。
「な、なあ。でも、暫く経てばフェアフィールド学園長や学園の先生達も帰ってくるだろう? 結界があるとはいえ、天下の帝国軍も来てくれる。このまま待っている方がいいんじゃないのか?」
周りの男子生徒達も大凡同意見だったらいく、スミスの意見に賛同する。
「そうだな」
「確かに学園長達なら……」
「ぼく達は所詮学生だし……」
その言葉に「確かに」と頷いてからキャロルが続ける。
「それも一つの考えだね。でも、はっきり言って望み薄だよ」
「何故だ?」
スミスが問うた。
「理由は簡単。この学園の結界だよ。この結界はまさに鉄壁だ。一度入ってしまえばどうという事はないけど、外からこれを破るのは難しい。無理矢理突破しようとすれば、その瞬間にフリーデンは人質を殺すのは間違いない。つまり、どれだけ援軍が来ようが外からどうこうするのは難しいんだ」
「む……それは、確かに」
スミスも思わず頷く。
「問題はそれだけじゃないよ」
小さく指を振ってキャロルは続ける。
「本当の問題は、今回の件で援軍を派遣される事なんだ」
「それがどうして問題になるんだ?」
アカツキが訊ねた。
援軍が来るのは本来であれば喜ばしいはずだ。なのに、なぜキャロルはそれを問題にするのだろうか。
「ケネス軍は、アルトゥス皇帝の時代より常勝が求められる。その結果のためならばどんな犠牲でも厭わずに、ね」
「どんな犠牲でも?」
「そう。それこそ人質ごと犠牲になったとしても、反政府組織を殲滅できるのならばそれも良しとされかねない」
「……まさか」
信じられない思いでアカツキは呟く。
「アカツキみたいな外国人や、ドナルドみたいな有力貴族の息子がいても多分お構いなしだよ」
キャロルの口調には、わずかではあるが帝国軍を嘲るような色が混じっている。
珍しいな、とアカツキは内心で思う。
基本的に虫を殺さないような穏やかな性格なキャロルが、悪意の篭った喋り方をするのは極めてまれだ。
わずか二ヶ月の付き合いとはいえ、その事はよく分かっていた。
「だから、もし例えば、学園の結界を壊すために外から大口径の魔導砲をぶっぱなすぐらいの事はやりかねないね。そんな事になれば……」
「犠牲が出るな。間違いなく。フリーデンはもちろん、学園の生徒の中からも……」
アカツキの表情が曇る。
わずか二ヶ月とはいえ、この学園の生徒は大事な友人だ。その友人が、殺される未来を望むほどアカツキは残酷な人間ではなかった。
ごくり、と誰かが生唾を飲み込む。
「確かに、オレもその噂は聞いた事がある」
フランクが口を挟んだ。
「ケネス軍は勝利のためなら、手段を選ばずにありとあらゆる手段で他国を陥れ、併呑していった。そして、必要であれば味方ですら巻き込むような策を使って勝利を手にしてきたとも言われている」
「不敬だぞ!」
スミスが怒鳴るように叫んだ。
「確かに、時には味方を犠牲にするような策をとった時もあるかもしれない。だけど、多少の犠牲を出してでも勝利する事が求められる。大局的に見て国益になるのであれば、構わないではないか。実際、そうやって勝利を重ねる事によって俺達は豊かな暮らしができているんじゃあないかッ!」
「確かにそうかもしれないが……」
スミスの剣幕に、フランクも言いすぎと考えたのか気まずそうに視線をそらす。
「正論かもしれないね。でも、今まさにその『多少の犠牲』になるのが君達なんだよ。それでもいいの?」
キャロルの指摘に今度はスミスが黙り込む番だった。
(俺はケネス軍の戦いを実際に見たわけじゃない。だから、確かな事は言えない。でも、確かにこれまで読んできたケネス帝国軍の戦いや帝国警察の組織的暴力行使事件の記録を見る限り相当に強引な策をとってきているのも事実だ)
アカツキは考える。
キャロルの言っている事も決して間違いではない、と。
となれば、本当に生徒達が犠牲に出る策を、この事件の担当となるであろう帝国軍――あるいは帝国警察がとらないとも限らない。
「じゃあやっぱり……」
「ああ、僕達で何とかしよう。その方が犠牲は出ない」
キャロルが強く頷く。
だが、他の男子生徒は尻込みしている。
「しかし……」
彼らは学生だ。
中には、軍人の家系の者もいるかもしれないが、大半が戦場経験のない学生にすぎない。
平民の出の者もいる。
彼らの内心としては、やはり帝国軍や帝国警察を信じたいという思いが強いのだろう。
結局、生徒達による決起に賛成したのは、キャロルとアカツキ、フランク。それにもう1人、
「オレも参加させてもらうぜ。どーも、他国の軍隊の世話になる気にはなれないからな」
南方のクリスマス王国からの留学生・グリフィスだ。
ケネス人ではない彼にとって、ケネス軍やケネス警察よりも自分の腕の方が信じられると考えたらしい。
だが、結局他の生徒達から参加者は出ない。
こちらの戦力はわずかに4人だ。
100人を越えるとされる学園を占拠したフリーデン相手に心もとない戦力と言わざるをえない。
「女子寮の方はどうなってるんだ?」
アカツキが訊ねた。
「エミリーやシャノン達がうまく脱出してくれていればいいが……」
「確かにそれが理想だけど。現時点では何とも」
とはいえ、とキャロルは続ける。
「人質になっていない生徒や講師達と合流っていうのも一つの手だね。今のままじゃあ、頭数が少なすぎる」
「そうか」
アカツキは頷く。
それを見て、スミス達が視線をそらした。
……こいつらが協力してくれればいいんだが。
だが、戦う気のない者を無理に戦力に加えても仕方がない。
そう考えて、改めてキャロルの方を向いた。
「それで、どうする気だ?」
「僕たちがやるべき事は2つ。まずは、食堂に集められた人質。これを解放させる必要がある。でなければ、フリーデンが何をやらかすか分からないからね」
続いて、とキャロルは口を動かす。
「まず、この学園のあらゆる魔導施設を維持するための、巨大な魔導炉がある部屋が中央塔にある。そこを今はフリーデンに占拠されているみたいだ」
ざわり、と生徒達がざわめく。
ある程度知識のある生徒ならば、魔導炉の危険性を十分に承知しているのだろう。
「ここを爆破させると、フリーデンは脅してホーキング学園長代行を言いなりにしているらしい。この脅迫の種がある限り、人質を解放しても意味がなくなるね」
ざわざわ、と再び生徒達がざわめく。
つまり、とフランクがまとめに入る。
「講堂にいる人質の解放。そして、暴発させると脅迫の材料にしている魔導炉の制御室の奪還。その二つがオレ達のやるべき事ってわけか」
「そうなればフリーデンも烏合の集さ。単に武装しただけの集団なら、どうにでもできるよ」
キャロルの言葉にアカツキも頷く。
「そうか。じゃあ、方針も決まりだな」
キャロル・レオ・フランク・グリフィスを見渡して告げる。
「魔導炉の制御室の奪還。そして、人質の解放だ。この二つを目指していこう」




