28話 波乱の朝食
夜が明け始めた。
太陽が少しずつ昇り始めており、暗闇の支配していた学園にも少しずつ光を取り戻
しつつあった。
だが、それとは対照的に学園長室の空気は重くて暗い。
「――ホーキング学園長代行」
フリーデン指導者・ハルトマンが再び学園長室に現れた。
「この学園の朝食は朝8時からだったな」
「……ああ」
ホーキングは力なく頷く。
「朝食の席には講師・及びに生徒のほとんどがが集まる。これも間違いないな?」
「……その通りだ」
「ならばその時間に、我々がこの学園を占拠した事を告げる。貴方は我々に無駄な抵抗をしないように呼びかけてくれたまえ」
さらに、とホーキングは付け加える。
「朝食の席に来なかったもの、来る予定のない者もいるだろう。そういった生徒達は直接我らの同胞が身柄を拘束する手筈になっている。よろしいかな?」
「……承知した」
例の魔導炉にはフリーデンの構成員が張り付いている。
その気になれば、いつでも魔導炉を暴発させる事ができるのだ。
学園の喉元に刃物をつきつけられたような状況である以上、ホーキングは頷く他ない。
「一つ間違えば未曾有の混乱になる。それをうまく鎮めていただけるよう、期待している」
そう言い残すと、ハルトマンは部屋の外へと出た。
明朝8時。
予定通り、朝食の時間となった。
学園占拠を告げるには絶好の時間である。
食堂は広く、多くの講師や生徒が入ってくる。
いきなりフリーデンのメンバーが大量にいては無駄な警戒を招く。
そのため、フリーデンリーダーのハルトマンとアンドリュー。それに直属の部下3名のみを食堂へと入れ、後のメンバーは他の学園主要箇所に分散させた。
食堂では、何十、何百ものものテーブルが並び、千をも超える生徒や講師達の談笑する姿を見る。
見慣れない顔が数人ばかりいても怪訝に思う生徒は一人もいない。
のんきなものだ。
ハルトマンはそう考えたが、それも無理はないかと思い直す。
何せ、一部の講師を除けばこの学園で何が起きているかなど分かるがはずがないのだから。
この時点に食堂にいるメンバーで知っているのはフリーデンの構成員を除けば、ホーキング学園長代行のみ。
それ以外の生徒は何一つ知らない。
生徒だけでなく講師もだ。
いや、食堂で働くコックやウェイターも同様だ。
何も知らずに料理を作り、運んでいる。
いつも通りの日常が始まると誰もが思い込んでいる。
和気藹々とした雰囲気のまま、食事が始まる。
見る限り、全てのテーブルが埋まり、ほぼ全ての生徒が集まっているように思える。
とはいえ、この学園の生徒の顔全てを記憶しているわけではないため確実とは言えないのだが。
ハルトマンは、ホーキングに「そろそろはじめてください」と囁いた。
ホーキングの顔は苦々しい。
テーブルを見ると、食事はほとんど進んでいないらしい。ただ肉料理を切っただけのようだった。
「……分かった」
頷くと、ホーキングは立ち上がった。
元々、学園長用のテーブルには、魔導を用いて作られた拡声器が置いてある。
この食堂で集会を開く事も少なくないため置いてあるものだ。
それを使い、「生徒の諸君」と呼びかけた。
拡声された声が食堂中に響く。
「今日は重要な連絡がある」
軽いざわめきが起こる。
しかし、危機感を抱いているものは皆無のようだった。
「極めて重要な連絡だ。この学園は、ランスロット分国の反帝国組織・フリーデンによって占拠されてしまった」
単刀直入に言い、ホーキングは生徒達の反応を見た。
恐怖どころか驚愕の色すら浮かんでいる様子はない。あまりにも突飛な、学園長代行の発言に戸惑っている様子だ。
「これは冗談ではないッ!」
そんな生徒達にホーキングは声を荒げた。
「本当にこの学園がフリーデンに占拠されたのだ。フリーデンは、学園の魔導炉を占拠。いつでも魔導炉を暴発させられる状態だ」
それでも反応は鈍い。
ここで、ヴォルフが魔導銃を天井に向けて発砲した。
だが、これは当てるつもりはなかったらしい。
威嚇のための発砲だ。
だが、これまでのホーキングの言葉よりも説得力があった。
そのただならぬ様子に、ようやく事態を悟ったらしい。
生徒達の間にざわめきが起こる。
「静粛に!」
ホーキングが甲高い声で叫んだ。
「改めて言う。これは、演習でも冗談でもない。本当にこの学園がフリーデンに占拠されたのだ。フリーデンは、我らが余計な騒ぎさえ起こさなければ暴挙に出る事はないと言っている。どうか、冷静な判断で行動をしてほしい」
その様子に、ホーキングが冗談を言っているのではない事が分かったのだろう。生徒達がシン、と静まり返る。
「リーダー、それでは」
拡声機能のついた魔導具をヴォルフがハルトマンに渡す。
「うむ。我々、フリーデンはゲルマン王国の解放と独立のため――」
ハルトマンの演説が始まる。
ハルトマン自身、支配階級がほとんどのケネス人が理解を求してくれるとは考えていないのだろう。
言うならば、これは儀式のようなものだった。
だが、それは途中で遮られた。
「ふざけるなッ!」
フリーデンメンバーや、生徒達の視線が発言の主へと向けられる。
「分国民がよりにもよって帝国の未来を担う我々の学び舎を占拠? 冗談もほどほどにしろ!」
ドナルド・ブラウン。
帝国元帥の息子であり、この学園にいる生徒の中でもトップクラスの家柄を持つ男子生徒だ。
だが、この場ではその家柄も無力だった。
「黙りたまえ」
ハルトマンが落ち着いた声で告げる。
「何だと、貴様――」
なおも言い募ろうとしたドナルドに、ハルトマンを守護するように立っているフリーデン構成員の魔導銃の銃口が、ドナルドへと向けられる。
「ど、ドナルド様。ここは……」
相変わらず傍に侍っているヘンリーが慌ててドナルドを抑えた。
ドナルドも、こうなってはさすがに不利を悟ったらしい。
強い屈辱の浮かんだ瞳をハルトマンに向け、唇を噛み締める。
一方、ハルトマンの方はドナルドの事などもはや歯牙にもかけていないようだ。演説を再開する。
それを傍らに、アンドリューはホーキングに向き直って訊ねた。
「ホーキング学園長代行――集まった生徒はこれで全てか?」
そう訊ねたが、ホーキングの元に、学園の教員が駆け寄ってきて報告した。
「いや違う。一部の男子生徒と女子生徒がまだ来ていないそうだ」
「一部の男子生徒と女子生徒?」
「ああ。まずは女子生徒ではシャノン・アヴァロンという生徒とその魔人が来ていない」
それでしたら、とヴォルフが口を挟んだ。
「既に報告が来ています。例の協力者の連中が別枠で捕縛して現在は取り調べ中との事です」
「例の『協力者』か」
アンドリューが苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
ヴォルフも同様だ。
「はい。ハルトマン様は奴らの好きにさせると言っておりますが……」
「なら仕方ない。で、他の生徒共は?」
「そちらについては報告がありません。おそらく、まだ男子寮にいるのかと……」
「ではそちらの捕縛に構成員を5、6人回せ。曲りなりにもこの学園の生徒だ。油断はならんぞ」
「承知しました」
ヴォルフの言葉に従い、構成員達数名が男子寮へと向かっていった。




