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ケネス帝国争乱記  作者: 藍上男
第二部 学園編2
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26話 博物館

(さて、どこから回ろうか……)


 広すぎる博物館を見渡し、アカツキは顎に指を当てる。

 だが、あまりいい考えは出てこない。


 仕方ない。適当に回るかと言いかけた時、



「アカツキ」



 不意に、後ろから声をかけられた。

 少女としてはやや低いが、男性としては高い声だ。


「キャロル……」


「ええ!?」


「どうしてここに?」


 同級生・キャロルだった。

 アカツキ達は口々にこの同級生がいる事に驚く。


「やっぱりアカツキだ。どうしてここに?」


 年齢を考えれば、既に声変わりをすませているはずだが、彼の声は女性のものといってもさほど違和感がない。

 キャロルの傍には、魔人であるレオも侍っていた。


「いや、どうしてって言われても……」


 アカツキはこれまでの事情をかいつまんで話した。

 興味深そうにキャロルは話を聞く。


「へえ。あのブルガリア公爵がね」


 一通り聴き終わってから、キャロルは男性としては長く首元にまで伸ばされた髪の毛を弄びながら口を開いた。


「まあ、あまり評判のいい人じゃないからね。以前にも暗殺未遂があったって噂にはなっているしね」


「そうなのか……」


 『圧制者』とあの青年が罵っていた事をアカツキは思い出す。


「ああ、そういえば1、2年ほど前にも帝都で殺されかけた事件があったって聞いた事があるな」


 フランクが横から補足する。


「へえー、あの公爵ってそこまで評判悪かったんだ」


 この反応はエイミーだ。

 こちらは知らなかったらしい。


 まあ、彼女が噂に疎いというよりもケネス人ではないという点が大きいのだろう。


「じゃあ、そんな公爵(ヤツ)のお礼にここに来るのも癪だねー」


「それとこれとは話は別だろう。公爵を助けた正当な代価だ。おとなしく楽しませてもらおう」


「うーん、そもそも私はそこまでこの博物館に来たかったわけじゃないんだけどね」


 ぶつぶつ、とエイミーは呟く。


 ここでアカツキはふと思い出したようにキャロルに訊ねた。


「そういえば、キャロルはどうしてここに?」


「ん? 僕は元々帝国の歴史に興味があるからね。古戦場やら博物館にはよくいくんだ」


 そう言ってキャロルは髪の毛から手を離す。


「ちょうどいいや。僕はここには何度も来た事があるし、案内しようか?」


「いいのか?」


「構わないよ」


「ありがとう、キャロル」


 アカツキは素直に感謝した。

 だが、一つ懸念があった。


「でも、もうすぐ門限だしそんなに見てられないかも」


「問題ないよ」


 キャロルは前に指を突き出し、ちっちっ、と小さく振った。


「僕は竜車で来てるからね。竜車までこの博物館から学園まではすぐさ」


「竜車?」


「そ。まあ、ブルガリア公爵が使っているやつほど豪華なものじゃあないかもしれないけどね」


 竜車という、移動手段があるのであれば、問題はないだろう。

 アカツキはそう思って安心した。


「じゃ、まずはここから見ていこうか」


 最初にキャロルに案内されたのは、巨大な筒状の鉄の塊が飾ってある場所だ。


「これは魔導砲か……」


 魔導砲は、魔導銃以上に大量の魔石を消費する事によって、魔力による砲撃を行う戦略兵器だ。

 射程距離は凄まじいが、消費する魔石の割にそれほどの威力はないため、イズルではあまり数がない。


「ああ、ここに展示してあるのは2、30年前の戦いで使われた旧型みたいだけどな」


 フランクが横から解説する。

 だが、イズルにある魔導砲はこの旧型とほぼ同性能。

 やはり、祖国との技術力には開きがある事を認めざるをえない。


「魔導砲もいいけどさ」


 横からエミリーが口を挟んだ。


「やっぱり、戦いの中心になるのは騎士だよ」


 眉をよせて言葉を続ける。

 エミリーが魔法騎士を志望している事をアカツキは思い出した。


「まあ、魔導砲もいいけど。戦いの大半は騎士や魔人、それに兵士達のぶつかりあいだからね。騎士の活躍がなければ戦いには勝てないよね」


 アカツキもとりあえずはエミリーの顔をたてた。


 満更ではなさそうな顔をエミリーも浮かべる。

 その後も、博物館の施設を適当に回った。




「こんなところでいいか……」


 とりあえず見れるだけ見れたし、もうすぐ門限時間だ。

 いかに、竜車で帰れるといってもそろそろ限界だろう。


 アカツキ達は切り上げて寮に帰る事にした。


「じゃ、帰るか」


「そうだね」


「わかった」


 フランクとエミリーも頷く。 


「分かった。じゃあ、今日はここまでって事で」


 キャロルも頷き、竜車へと向かう。


 キャロルの竜車は、ブルガリア公爵のものと比べると華美さでは劣るも、十分に立派なものだった。

 それを立派な陸竜が牽引している。


 そこに、5人は乗り込んだ。

 10人ほどが乗れるスペースがあり、十分に乗り込めた。


「さてと、それじゃあ帰ろっか」


「そうだね」


 キャロルの言葉に3人は頷いた。

 竜車が動き出す。

 竜車の中にある椅子は、上質な素材を使ってあるためか、座り心地も良い。


 竜車の中についている小窓から、外の様子を伺う事もできる。

 その小窓から、博物館からどんどん離れていっているのが分かる。


「さすがに速いな」


 アカツキが感心したように言う。


「まあ、それなりに訓練された竜を使っているからね」


 キャロルも少し誇らしげに言った。

 竜車は順調に進み続ける。

 暫く時間が経つと、博物館などもはや完全に見えなくなっていた。


「この辺りには何も見当たらないね」


 同じく窓の外を眺めていたエミリーが言った。


「そうだね。この辺りは街道こそあるけどあまり開発が進んでないからね」


 キャロルが解説するように言う。


「そうなんだ」


「そのせいで、魔獣なんかもよく出るらしいぜ。ギルドの依頼なんかでも、この辺りの魔獣退治とかが出てる事あるし」


「魔獣が出るの?」


 エミリーの瞳にかすかながら不安そうな色が出る。


「まあ、それでもここは主街道だからな。そんな事は滅多に……」


 と言いかけたところで、急に竜車が止まった。


「? どうかしたの?」


「ちょっと待って」


 キャロルの顔色が変わる。

 慌てた様子で、中から陸竜の様子を確認している。


「……ごめん。その滅多にない事が起きたみたい」


「へ?」


「外に出て。中に閉じこもったままの方が危険だよ」


 その言葉に戸惑いつつも一同は外に出る。

 そこにいたのは……。



「ど、ドラゴン!?」



 フランクの驚いた声が響く。

 周りにいるのは、竜種だ。

 竜車を引いている陸竜が威嚇するように睨みつけている。


 既に、こちらを囲むように距離を詰めている。


「こんな街に近い場所で出るなんて……」


「ど、どうするの!?」


 エミリーが悲鳴にも近い声をあげた。


「う、うん。まあこうなった以上……」


 驚きつつも、既にキャロルは杖を抜き戦闘態勢にある。


「それでも、たまにこういう事があったりするんだよね」


「大丈夫。ここにいるのは竜種とはいえ下級種に入る部類です。落ち着いて対処すれば問題はありません」


 キャロルの傍のレオが冷静に言った。


 その言葉の通り、この竜車を引く陸竜と比べ、竜車を取り囲んでいる竜はさほど強そうには見えない。

 分類上、竜になっているが実際は巨大な蜥蜴とでもいった方が良さそうだ。


「キャロル様、前方から来る竜が一番多そうです。私が受け持ちましょう」


「分かった。任せたよ。じゃあ、僕は右を」


 レオが頷く。

 こうなった以上、アカツキ達も覚悟を決めるしかない。


「俺はじゃあ、左だな」


 アカツキも答えた。


「じゃあオレは後ろか」


 落ち着きを取り戻したフランクが答える。


「えっと、じゃああたしは……」


「エミリーはアカツキと同じ左を任せた」


「え、でも、フランクは大丈夫なの?」


 エミリーが不安そうに訊ねる。


「大丈夫だ」


 フランクが答える。


(後ろから来る敵は一番数が少ないそうだし大丈夫か)


 はっきり言って、この中でフランクは最も戦闘力が低い。

 そのためアカツキは少し不安に思うが、他人の事ばかり気にしていられる状況ではなさそうだ。


炎よ(フラムヤ)!」


 左から来る竜達をいっせいに焼き払う。

 この一撃で、多くの陸竜が悲鳴をあげるが、全てではない。無事だった他の竜が後ろからこちらに向かう。


「えいッ!」


 エミリーも剣を振るった。

 当初は、いきなり現れた竜に驚いてはいたものの、何だかんだで順応し、交戦している。

 だが、人間とは違い、魔獣の堅い体をなかなか攻略できずに苦戦しているようだ。


 そして、その陸竜の口から炎が吐き出される。


 ブレス。

 竜種の使う炎攻撃だ。


 だが、動きは緩慢。

 十分にかわす事ができる。


 即座に次の魔法を紡ぐ。


「もう一度、炎よ(フラムヤ)!」


 陸竜が燃えあがる。

 その一撃で陸竜達の戦意は完全になくなったらしい。

 陸竜達は、苦痛に顔を歪めて街道から立ち去っていった。


「どうやら、片付いたようですね」


 落ち着いた声で、レオがこちらに来た。 

 キャロルも一緒だ。こちらも汗一つ流している様子はない。


 フランクもこちらに来る。こちらは、顔にいくらか疲労の色が見える。


「こ、こっちも何とかなったぜ……」


 とはいえ、流血している様子もないし、服に乱れもない。

 何だかんだ言ってもフランクもそれなりの実力者だという事だろう。


「う、うん。それは良かったんだけど……」


「キャロル……?」


 やけに青ざめた様子のキャロルに訊ねる。


「どうかしたのか?」


「い、いや。さっきの騒ぎで竜車の車体が……」


「え?」


 振り向くと、竜車の車体部分が派手に燃え上がっていた。


「あ……」


 どうやら、先程かわしたブレス攻撃によって炎上してしまったようだ。

 竜が無事でも、人が乗る場所がなければ、どうしようもない。


「ええええッ!!?」



 なんてことだ。

 ということは。

 ということは……。


「じゃ、じゃあ。どうやって帰るの!?」


 エミリーの言葉に、レオが冷静に告げた。


「それは、歩くしかないかと」


「……」


「……」


「……」


 3人の間に沈黙が流れる。 


 キャロルの水魔法によって、火は既に消えている。

 だが、既に車体としての原型をとどめておらず、とても使えないだろう。


 やがて、ぼそりとアカツキが呟く。


「門限までに帰れるかなあ」


「多分無理だろうな」


 フランクが横から残酷にも答える。


 既に、周りは夜の闇に支配されようとしている。

 はるか先に存在している帝国学園までの距離を思い、アカツキ達はため息をついた。

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