25話 暗躍
貿易都市ジェイド。
ケネス帝国に存在する最大の貿易都市であり、島国であるケネス本国と他国を繋ぐ貴重な港街でもある。
経済的にも外交的にも重要な地であり、ケネスの心臓とも言われる都市だ。
ジェイドには毎日のように、多くの商船や軍船が行き来している。
だが、全ての人間が堂々と入国しているわけではない。
例えば――反政治組織や密輸組織などといった犯罪組織に属する者達。
今、この場に集まっている数人の男達の集まりはまさしくそれだった。
反政府組織フリーデン。
ケネス帝国属国・ランスロット分国に存在するレジスタンスグループだ。
もっとも、本人達に言わせれば祖国・ゲルマン王国の解放軍だが。ケネス帝国側から見ればテロリスト集団以外の何者でもない。
その彼らが、この地である人物と対峙していた。
「タブー殿、遅刻ですぞ」
フリーデンの首領であるハルトマンの苦言に、タブーと呼ばれた男が小さく笑う。
「まあ、そう堅いことを言うな。むしろ貴殿達が早すぎるのだ」
その口調は何らかの声色を変える魔法でも使っているのか、年齢も性別も分かりにくいものだ。
「遅刻しておいてその態度はないであろう」
むっとした様子で、フリーデン幹部の一人が答える。
名はヴォルフ。
年齢は20台半ば。
フリーデンでは比較的若い幹部構成員だ。
「まあそう言うな。これでも急いで来たのだ」
くく、とタブーは再び笑った。
「ヴォルフ、そう言うな。タブー殿にも色々と事情があったのだろう」
ヴォルフをたしなめたのは、年配の幹部構成員だ。
名は、アンドリュー。
既に老人と呼ばれる年齢になっているが、40台と言っても通用するであろう肉体の持ち主だ。
「しかし……」
なおも言い募ろうとしたヴォルフを無視し、タブーは話を続ける。
「まあ何はともあれ、全員無事に本国入りができたようだな」
「お陰様で」
ハルトマンは短く答える。
「どうだ。私の手配した船のお陰であろう」
タブーが恩着せがましく言う。
三等分国に分類されるランスロット分国では、国外への渡航は固く禁じられている。
故に、本来であればハルトマン達は国外に出ることすらできなかったのだが、目の前の男の手配により、このケネス本国へと入国できたのだ。
「だが、一つ訂正がある。全員無事ではない」
「何? どういう事だ?」
怪訝そうにタブーが訊ねる。
「ウチの下っ端構成員の一人が逮捕されたらしい」
「逮捕? どういう事だ?」
「別ルートで行動中だったのだが、どうやらその途中に立ち寄った街でブルガリア総督を見つけたらしくてな。頭に血が昇って突撃をかけたらしい」
「……」
「だが、通行人に妨害され、総督殺害には失敗。そのまま捕縛されたようだ。今は、アイリスシティの警察署に拘留されている」
「そうか。何ともまた間抜けな話だな」
タブーの言葉には嘲るような響きがあった。
「何だとッ!」
若手幹部のヴォルフが気色ばんだ。
「そうであろう。全く先の事を考えない無意味な行為だ」
「無意味だと? 暴帝の手先である、圧制者のブルガリアを殺す事に意味がないというのかッ!」
ランスロット分国の総督であるブルガリア総督は、徹底した圧政を敷いており、ランスロット分国の人間、特に反帝国組織の人間からは蛇蝎の如く嫌われているのだ。
「ここで、ブルガリア総督を殺害したとして何の意味がある。殺したところで、次の総督が本国から送られてくるだけだ。それに、総督殺しなんぞやらかしたら、本国はランスロット分国に徹底した弾圧を始めるに決まっておる。その程度の事すら分からんのか」
「こいつ、言わせておけばッ!」
ヴォルフが怒りを爆発させる。
「やめろ、ヴォルフ」
ハルトマンがヴォルフを嗜める。
そして、ヴォルフを後ろに下がらせてから続ける。
「タブー殿。今言ったように、こちらの構成員が1人欠けてしまったが、計画には変更はない」
「そうか。なら、これから先の行動に関しても手筈通りということでよいな。ここで最終的な打ち合わせをすませた後、現地に向かう」
「問題ない。 ……しかし」
「しかし、何だ?」
「貴方の情報に間違いないのだろうな。あそこの責任者連中がことごとく留守だというのは」
「間違いはない。あそこの責任者、及びに大幹部達は帝都で行われる定例会議に出席するために、ほとんどが帝都へと赴く。強力な魔法使いや騎士達もその護衛として離れることになるのだ。戦力は半減以下だ」
「うむ……だがその情報に本当に間違いはないのか?」
ハルトマンはタブーを見ながら再び尋ねる。
「ない。確かだ」
「そうか。だが……」
「何だ? 私の情報が信用できぬのか?」
あまりにもしつこいと感じたのか、タブーの口調にかすかに不快そうな色が混じる。
「いや、そちらではない。私が心配なのは、戦力が激減していると言ってもあそこにはそれでも相当な人数が残っているだろう。この人数で本当に制圧できるのか?」
「何だそんなことを気にしていたのか。あそこに残っているのは階級の低い戦士か、まだ尻の青い若造がほとんどなのだぞ。そんな連中にすら勝つ自信がないのか。はっ、情けない連中だな。そんなことではゲルマン王国の復興というのは夢のまた夢だな」
挑発するような口調である。
それに、再びヴォルフが反発した。
「何だと! 我らの意思を愚弄する気か!」
それに同調するような声が、フリーデンメンバーのあちこちからあがる。
「愚弄などしておらんさ」
だが、タブーの態度は飄々としたものだ。
その態度に腹を立てたヴォルフが掴みかかろうと前に出る。
それをハルトマンが止めた。
「やめろ、ヴォルフ。それに、私も少しばかり弱気になりすぎていたようだ」
不満そうなヴォルフを下げ、ハルトマンは軽く頭を下げる。
「うむ。それでこそ、長年ケネス本国と死闘を繰り広げてきたフリーデンの首魁・ハルトマン殿だ」
くく、とタブーは薄い笑みを浮かべる。
「では、最終的な打ち合わせにうつろう。既に知っていると思うが我々の目的は――」
タブーはそう言って地図を用意し、ある一点のところに指を突きつけた。
「帝国学園。多くの有力貴族の子弟が通うここを占拠する。決行は今日の夜だ」




