23話 凶兆
「街に行こう」
朝食の席で、そう提案したのはエミリーだった。
この日は休日。
学園の授業が休みの日だ。
生徒達は、休日であるにも関わらず勉学に勤しむ者もいれば、鍛錬に明け暮れる者もいる。
無論、羽目を外す者もいた。
「街……何をしに?」
そう言いながら、フランクは黒い液体を口に流し込む。
これは、西方に広がっている飲料であるコーヒーという飲み物らしい。眠気覚ましとしても強力らしいが、苦味も強いためアカツキはまだ苦手としていた。
「そりゃあ、遊びに行くに決まってるじゃない」
さも当然と行った様子で、エミリーが告げる。
「だって、アカツキはこの学校でほとんどの時間を勉強したり訓練したりでしょ。たまには羽目を外した方がいいよ」
「む……」
確かにそうかもしれない。
アカツキは、この学園に入って以降はずっと勉強や鍛錬ばかりをしてきた。
とはいえ、異国という事でこの国の娯楽をよく知らないという事情もあったのだが。
「ま、確かにアカツキはろくに遊んでいないみたいだしな。たまには羽目を外してみるのもいいんじゃないか?」
エミリーの言葉にフランクが同意する。
「……それもそうかな」
アカツキもフランクの言葉に、心が揺らされる。
確かに、学園にもだいぶ馴染んできたし、少しは遊んでみてもいいかもしれない。
「分かった。じゃあ、今日は少し街に出てみるかな」
「うん、それいいよ」
エミリーも笑顔で同意した。
フランクも小さく頷く。
「……で、どの街に行くんだ?」
フランクの言葉にエミリーは答える。
「そりゃあ、日帰りで行けるところだし、この学園の近くじゃあ、アイリスシティかな」
アイリスシティ。
『小帝都』の異名を持つ学園近くでは最大の街だ。
帝都ほどではないが、煌びやかな街であり、豊富な種類の商品がずらりと売られている。
また、帝都に直接向かうための街道も通じているため、多くの人が集う。
人が集えば、自然に商人達も潤う。
商人達が潤えば、さらに商売を拡張できる。
結果として、街はどんどん発展していっているのだ。
そのアイリスシティに、アカツキ達はたどり着いていた。
「ここがアイリスシティ。最寄りでは一番大きな街だよ」
街を歩きながら、フランクが言う。
「へえ、確かに活気にあふれているね」
アカツキは感心した様子で街を見渡した。
街には、当然のことながら色々なものが売られている。
その中の一つに、西方の菓子を売っている店をエミリーが見つける。
「うわっ、美味しそう! ね、買っていかない?」
「来る前に朝食を食べたばかりだろ……」
フランクは呆れ顔だ。
「お菓子は別なの!」
やれやれ、とフランクは肩をすくめた。
しかし、反対する気はないらしい。
「仕方ないな、買っていくか」
「やった!」
エミリーは顔に喜色を浮かべる。
「アカツキ、ケネス本国で買い物には――」
アカツキが遠い国の生まれの外国人である事を思い出したらしく、フランクが尋ねた。
「ああ、確かこれで商売の取引を行なっているんだよね?」
アカツキがそう言って、手元から取り出しのは数枚の紙片だ。
「『紙幣』って言うんだっけ? 国がこの紙の価値を保証してるんだよね」
「そうだ。ケネス帝国が公認する事によって、この紙切れで食べ物や家具が買える。アカツキの国では紙幣はなかったのか?」
「ほとんどが銅貨だよ。大きな取引の際には金や銀を使うけどね」
そうか、と頷いた後フランクは続ける。
「まあ、同じ紙幣でも書かれている文字によって価値が違うから気をつけろよ。1番価値が低いのが、『スレイプ』。それの10倍ほどの価値があるのが、『ピープル』。その10倍が『ノーブル』。さらにその10倍で最も高価な紙幣が『エンペラー』だ。エンペラーなんかは平民階級じゃあほとんど使われないけどな」
そう言ってフランクは財布を取り出して中身を見せる。
確かに、その中には一枚もエンペラー紙幣は入っていなかった。ノーブル紙幣ですらわずか2枚だ。
「なるほど……」
アカツキは頷く。
スレイプ紙幣を何枚か出し、かわりに菓子が渡された。
「クレープというシエル王国のお菓子だよ」
エミリーが横から説明する。
乳牛を元に作ったクリームに、果物の類が生地に挟まれている。
最初はおそるおそる口をつけた。
何せ、異国の菓子だ。
これまで、国特有の料理をいくつか食べてきたが、中には悪い意味でとんでもなく印象に残る料理も少なくなかった。
その国の味覚では美味であっても、イズル人のアカツキの口に合わないという事なども決して珍しくはないのだ。
――だが、
「……ん、美味しい」
「でしょ!」
ぶい、とエミリーが中指と人差し指をたてる。
喜びを示しているらしい。
確かに、この菓子は美味だ。
腔内に甘味が広がる。東方にも菓子はあったし、これまでにも西方の菓子を食べたりしてきたが、これは見事だ。
これまでに食べてきた菓子の中で上位に位置するだろう。
そんな感想を抱く。
「じゃ、食べながら今度は別の方を見て回るか」
「食べながら?」
「ん? 嫌だったか?」
「いや、別に……」
食べ物を食べながら歩く、という習慣があまりなかったアカツキはフランクの意見に驚きつつも賛同する。
買ったクレープを口に運びつつ、アカツキ達は移動をはじめた。
しばらく経ち、3人の手からクレープが消えた頃に、いくらか広い街道に出た。
「――ん?」
ふと、何かが聞こえた気がして、アカツキの足が止まる。
「どうかしたか?」
「いや、何か聞こえたような――」
「何か?」
「うん。何か、竜の鳴き声のような――」
「竜?」
フランクは怪訝そうな顔を浮かべるが、すぐに合点がいったとばかりに頷いた。
「ああ、それなら多分アレだろ」
と、指をさした方向から、一匹の竜がこちらに向かってくる。
竜という生き物は、陸を走る『陸竜』。空を飛ぶ事の出来る『空竜』。海を自由自在に泳ぐ『海竜』の三種に分かれる。
そして、こちらに向かってくる竜はその中で『陸竜』に分類される。
羽根はなく、地上を走る事に特価された竜だ。
しかも、竜だけではない。
竜の後ろには、車輪のついた乗り物をひいている。
「竜車か」
フランクが呟くように言った。
竜車は、竜に車をひかせる事によって、人や荷物の運搬を可能とする西方大陸の交通手段だ。
馬にひかせている普通の馬車もあるが、馬と竜では力に差がありすぎる。
そのため、急ぎの旅の場合は大半は竜車が使われるし、アカツキも学園にくる際、陸路のほとんどは竜車を使った。しかし、当然の事ながら竜車の方が使用料金が高い。
何せ、竜は馬以上に人間に懐かせるのが大変な生き物なのだからだ。
ヘンリーのような魔獣使いが重宝されるのもそのためだ。
「しかし、やたらと豪華な竜車だな。どこかのお偉いさんかな?」
竜車にもランクがあるのだ。
アカツキが港から帝国学園までくる時に使っていた竜車はもっと質素なものだった。それに対し、この竜車は十分に金が使ってあるのが分かる。
あちらこちらに黄金に輝いているし、宝石の装飾も施してある。いったいエンペラー紙幣がどれだけ必要なのか。
想像するだけで気が遠くなる。
「この街には止まらずに、そのまま帝都の方に向かうみたいだし、多分帝都に住む大貴族か何かじゃないかな?」
横からエミリーが言った。
(――?)
ふと、竜車を横から見守る群衆の方を見ると、一人の青年に姿が止まる。
一見すると、他の見学者とそう変わらない西方人なのだが、明らかに様子がおかしい。
暑くもないのに、やたらと汗をかいているし、手元も震えている。
(何だ? あの人)
警戒心が強まる。
周りを見るが、他の人々はその青年の異常さに気がついている様子はない。
そのまま、竜車はアカツキ達の近くで止まった。
竜車の中から、人が出てくる。
最初に出てきたのは、どうやら騎士のようだ。屈強な肉体の持ち主であり、両手に価値のありそうな刀を下げている。
続いて、恰幅の良い人物が出てくる。
見るからに豪華なマントを羽織った中年の男性だ。
「やれやれ、ようやくアイリスシティか。久々にあのクソ田舎から帰ってこれたわ」
マントを翻し、男は吐き捨てるように言った。
「少し休んだら帝都に戻るぞ。わしは陛下にする報告をまとめねばならん」
周りに集まる野次馬など、まるで気にしていない様子で男は告げる。
竜車から出てきた侍女が、男の下に高価そうな布をしく。その布に、男はでっぷりと太った巨体を乗せた。
続いて出てきた侍女は、どこからか取り出したらしい酒を盃に注ぐ。
「あれは確か……ブルガリア公爵か」
出てきた男の顔を見て、フランクが納得したように頷く。
「偉い人なのか?」
「ああ。この国の古い名門の大貴族さ。確か、彼は今ランスロット分国の総督として国外にいたはずだが……」
そこまで言いかけた時、先程アカツキが警戒していた青年が駆け出した。
「死ねッ!」
青年の懐から、いつの間にか短刀が取り出されている。
キラリと光るそれを見て、周りの者もやっとその異常に気づいたらしい。
しかし、その時には既に公爵の目の前にまで近づいていた。
当初、見物人の一人だと思ったらしく、街の人々は何一つ注意を払っていない。
が、その青年の手にきらりと光るものが握られているのがアカツキの目に入った。
(あれは――)
危ない、と考えた瞬間には既に足が動いていた。
「死ね、この圧制者がアッ!」
青年は、鋭利な刃物を隠していたのだ。
それを、公爵めがけて突き刺す。
周りの者も、ようやく気づいたらしく愕然とする。
青年が刃物を突き出した。
アカツキが、ブルガリア公爵を守るように前に出る。
ガキッ――と金属音響いた。
アカツキが、咄嗟に身を取り出したのは学生用のカードだった。名前の書かれた箇所に傷がついたものの、金属製というだけあって壊れる様子はない。
男の刃物による一撃を防ぎ切った。
「くッ!」
しかも、刃物が突き刺さってしまったらしくカードから即座に抜けない。
ブルガリア公爵を刺す事に失敗した事を悟った男が、即座に次の動作にうつった。
カードに刺さった刃物から手を離し、絞殺をしようと考えたのか、未だ唖然とした様子のブルガリア公爵に向かって突撃をかけたのだ。
「風よ!」
風系統の初歩的な魔法をフランクが唱えた。
が、威力こそ小さいものの、男の体を公爵から遠ざける事に成功した。
その男をエミリーが抑える。
「何をしてるの! 協力して!」
呆然としていた市民達も、ここでようやく我に帰ったらしい。中から、力のありそうな若い男が数人、取り押さえるのに協力した。
「閣下、こちらへ!」
こちらも、衝撃から立ち直ったらしい護衛の騎士が反応する。
「う、うむ……」
ブルガリア公爵はそのでっぷりとした体をゆするように、後ろへと下がっていく。その公爵を守るように、護衛の騎士達が立った。
男は、既に数人の男達に取り押さえられている。
もはや、男がブルガリアに触れる事さえ難しくなった。
にも関わらず、青年は諦める様子もなく喚き散らした。
「くそッ! 帝国の犬がッ!」
やがて、帝国警察の制服を来た男達が駆けつけてくる。
「畜生ッ! 離せッ! 離せぇーッ!」
帝国警察の手によって、取り押さえられながらも青年はひたすらに叫び続けていたのだった。




