22話 歴史考察2(後)
「それにしても、ケネス帝国は凄い勢いで勢力を拡大しているけど何か理由でもある
の?」
アカツキは、歴史の本を見ながら改めて思う。
歴史について書かれた本を読めば読むほどに、ここ数十年でのケネス帝国の領土拡張ぶりの異常さがはっきりとわかるのだ。
「色々と言われているけど……やっぱり一番有力なのはお金や食べ物かもしれない」
「お金? 食べ物? この国にはどちらも有り余っているような印象があるけど……」
キャロルはとんでもないと言わんばかりに首を振り、
「そんなことはないよ。このケネス本国は元々資源や食料の乏しい国だったからね。分国から献上されてくる物資や資源がなければとてもやっていけないよ」
「そうはいっても、これ以上の勢力拡張は難しいって前の話にも出ていたじゃないか」
ケネス帝国は覇権主義を唱え、大陸中の国に侵略戦争を毎年のように行なっている。
その版図は広大だ。
西方の約半分を掌中に収め、北方にも勢力を伸ばしている。
また、新大陸でもティブロンと激しい植民地争奪戦を行なっている。
「前にも言ったけど、かなり難しいのは間違いないね。いまだに拮抗する勢力を持つティブロンもいるし、北に版図を広げた事によって北の大国である帝政ソビアもいつまでも黙っているとは思えないし」
「帝政ソビア……か」
帝政ソビア。
現在では北方一の大国であり、イズルともさして離れた距離にあるわけではない。もし、イズルがケネス同様の覇権主義を唱えて東方大陸へと手を広げればいずれぶつかってしまうかもしれない大国だ。
決して他人事ではない。
「まあ、ソビアよりも先に問題になってくるのはゾンシンだろうね」
「東方のゾンシンか?」
東方と呼ばれる地域は、大半がゾンシンの勢力圏だ。
しかし、イズル皇国とインダス王国の2国のみがその版図に収まっていなかった。この2国はかつて、ウルク帝国が世界最大の帝国を築き上げ、ゾンシンを併呑した時も独立を保っていた。
だが、3年ほど前にインダス王国はケネス帝国の版図に加わっている。
これにより、東方の覇者とも言える大国・ゾンシンとも隣接する事になったのだ。
「北方には、大した資源がないみたいだしね。かつて、ウルク帝国が勢力を拡大していったのも、そういう事情から他所の国から資源を分捕ろうとしていたっていうの大きいみたいだね」
「そうなのか……」
「そうだよ。それに対して、東方大陸には資源が――特に水属性の魔石が豊富に採れるようだからね。水属性の魔石は魔導船を動かすのに必須だし」
魔導船は、長距離移動が可能な船だ。
魔導炉と呼ばれる、特殊な魔導設備によって動かす事により、従来の船とは違い、長期間の航海が可能だ。
だが、その魔導炉には水属性の魔石だ必須だ。
それも大量に。
「水属性の魔石はケネス本国どころか、ケネス分国にも少ない。外からの輸入に頼る他ないんだ。逆に、ティブロンは勢力圏の新大陸南部から大量に採掘できるみたいだけどね」
「ティブロンが?」
「そうだよ。『不敗艦隊』と呼ばれる魔導軍船艦隊があるのは知ってるかな?」
「確かティブロンの水軍だっけ?」
「水軍――ああ、海軍の事だね。まあ、ともかく。その世界最強と呼ばれる海軍をティブロンが持てるのもその大量の水属性の魔石があるお蔭なんだ。それとは逆にケネスに水属性の魔石は少ない」
「でも、そのティブロンの不敗艦隊とやらもケネス水――じゃなくて、海軍に破れたみたいじゃないか」
ケネス帝国が本格的にティブロンと敵対した後、軍事同盟を結ぶアルダスと共に、世界最強のティブロン海軍に挑んだ。
大型の魔導軍船艦隊を大量に擁するティブロンの圧倒的有利という前評を覆し、ケネス・アルダス連合軍は圧倒的な勝利をつかんだ。
海戦の最中にティブロン本国では、戦勝後の領土の配分を議論していたとまで言われるほどであり、どれだけ奇跡的な勝利だったのかが分かる。
この戦いはインヴィクトの戦いと呼ばれ、この戦いの後、ティブロンに代わりケネス帝国こそが世界最強の国と呼ばれるようになる。
そんな西方の事情にも詳しいアカツキに、キャロルは驚きつつも答える。
「確かに、一時的な敗北は喫したね」
でも、とキャロルは続ける。
「現在では、既に海軍は再建されているみたいだし、以前よりもその戦力は増強されている」
「それも、大量の水属性の魔石があるから、か?」
「そういう事だよ」
キャロルは頷く。
「それに対して、ケネスの領国には水属性の魔石はろくに採れないんだ」
「じゃあ、水の魔石はどこでなら採れるんだ?」
「東方大陸」
ずばりとキャロルが言った。
東方大陸という呼び方をする場合は、基本的にイズルのような島国を含めない。
ゾンシン本国との周りの属国をさす。
「東方大陸には、膨大な量の水の魔石が採れる。ケネスはゾンシンに大金を払ってまで輸入しているのが現状なんだ。大量の魔石がないと、とにかく強い海軍が造れない。インヴィクトの戦いで完勝したとはいえ、ティブロンも大国。いつかまた、全面戦争になって敗れる可能性だってあるんだからね」
それに、とキャロルは付け加える。
「君の祖国も他人事とは言えないんじゃないかな?」
「イズルも?」
圧倒的才覚を持ち、瞬く間にイズル統一を成し遂げた現在の事実上のイズル国主である大皇は、大国・ティブロンを警戒している事をアカツキも知っていた。
「うん。友好国のケネスはともかく、ティブロンは東方や南方にも植民地を獲得している。次の目的地がイズルという可能性は十分にあるよ」
「確かに……。南方のフェリペナみたいな事になる可能性はあるけど」
フェリペナは、南方にある島国だ。
地図によっては東方に分類されている事もある。
「何せ、ティブロンには多くの魔導船があるからね。いくらイズルが遠方の島国といっても占拠するだけの海軍力が十分にあるよ」
「でも、イズルにも魔導船はある」
イズルは、ケネス帝国からの魔導船の製法技術や航海技術を学ぶ事によって魔導船を何隻か造る事に成功している。
実際、新大陸やケネス本国までの渡航自体すでに成功しているのだ。
「そうかもしれないけどね。数は少ないでしょう」
「それはそうだけど……」
イズルの魔導船は、アカツキが国を旅立った時点でわずか数隻。
それ以外はただの通常船だ。
しかも、武器の類はほとんど搭載できておらずケネス海軍やティブロン海軍のような軍艦とは程遠い。
「いくら魔導船を造れる技術があったとしても、動力源となる魔石がない限り意味がないよ」
「そうかもしれないけど……」
アカツキはキャロルの意見にも納得して頷く。
イズルも水属性の魔石はほとんど採れないのだ。
「魔導軍船が足りなければ、当然、ティブロンの不敗艦隊には対抗できないよ。そうすれば――」
「フェリペナのようにイズルも植民地にされてしまう、か」
……あまりぞっとしない未来だな。
アカツキは内心で顔をしきしめる。
あくまで可能性の話とはいえ、祖国が植民地下される未来などは想像したくない。
「やっぱり水属性の魔石が圧倒的に足りてないからね」
「何としてでもゾンシンから水属性の魔石を手に入れるしかない、ということか。それも大量に」
「そういう事。そして、その手段は限られている。一つは交易だね。確か、イズルとゾンシンでの間での交易は――」
「何十年も前から途絶えているよ」
戦乱時代に突入した後も、一部の大大名との間で交易自体は続いていたもののであり、今ではそれすら途絶えていた。
個人レベルの商取引は続いていたものの、その利益はたかがしれていた。
「今もゾンシン政府と交渉中らしいけど、あまりうまくいってないみたいだな」
「そうだったね。それで交渉しても交易の復帰が見込めないようならどうするかな?」
キャロルの問いかけには、少し面白がっているかのような響きもある。
「それは……」
暫し考える。
アカツキもわずかとはいえ、戦乱の時代を知る男だ。
答えはすぐに出た。
「軍勢を、送りこむ」
確かに、大皇ノブヤスが異国の文化にも興味を示すという話はアカツキも聞いた事がある。
異国人から、ウルク帝国の遠征記などにも強い感心を示していたという話も聞いた。
……まさか。
東方大陸にも攻め入るつもりなのか。
イズルの歴史において、他所の国に攻め込んだという記録はない。
最も、他国に攻め込まれたという記録もウルク帝国に攻め込まれた時だけだ。
それに。
これまで、他所の国に攻め込む事がなく、逆に攻め込まれる事がなかったのは島国という条件があったからだ。
魔導船の開発により、渡航技術が格段に上がった今とは違い、昔は他所の国へと向かう事すら難しかった。
遠征軍の覇権などそれ以上に困難だ。
……とはいえ。
魔導船のある現在でもよその国に攻め入るとなれば、相当に難易度が高い事には違いがない。
(でも、殿下は凡人じゃあない。一代でイズル一国を統一した御方だ)
アカツキは思う。
もしかしたら、ノブヤスは本気で大陸に攻め込むかもしれないと。
「その通りだろうね。それで、イズルがゾンシンと戦ったら勝てると思う?」
そんなアカツキの内心を知ってから知らずか、キャロルが訊ねた。
「そうだね……」
暫し沈黙してから、アカツキは答える。
「ゾンシンの魔法文化はケネスどころかイズルよりもはるかに下回ると思う。西方やイズルで主戦力になりつつある魔導銃もゾンシンにはあまり伝わっていない。また、長年戦乱のおきていなかったゾンシンでは兵の質も低い。それに対し、イズルは長い戦乱を収めたばかりで、戦闘経験も豊富で兵も精強だ」
でも、とアカツキは続ける。
「でも、何だい?」
「戦に勝ったからといって、すぐにその土地を支配できるわけじゃない。ゾンシン領の全域はケネスとイズルの領土を足しても上回るんだ。とても手が足りないだろう」
そうだね、とキャロルは頷き、
「それに、ゾンシンには厄介な存在がある」
「中方主義……だろ?」
「そのとおり」
アカツキは黙って頷いた。
中方主義。
ゾンシン本国を世界の中心とし、ゾンシンを世界で最も崇高とする思想。
ゾンシンの言い分によれば、ゾンシンこそが世界の中心であり世界は、中方と、その周りの国々、東国、西国、南国、北国と呼ばれる属領によって構成されているという事になっている。
勢力圏に治まらない国は、全て蛮族に過ぎないと公言している。
かつては、それだけの大言を吐くだけの資格があった。
三国大乱と呼ばれる乱世を制し、今のゾンシン国の基盤が築かれた時代においては西方に勝るとも劣らないだけの武力があった。文化も栄えていた。民も優れていた。
だが、それは過去の栄光である。
長らく続いた平和においてそれらは腐敗し、極めて独善的な選民思考へと堕ちた。結果、異民族を軽視する傾向が強く、かつてのウルク帝国を軽視してゾンシン全体の併呑をも許してしまった。
イズルやインダス攻略失敗後、ウルクはゾンシンから撤退したものの、ゾンシンは自信達が優れているからウルクを放逐できたのだと慢心した。
その結果、現在ではただ図体がでかいだけの国と成り果てている。
「中方主義も厄介だけど、なんだかんだ言ってもゾンシンは大国さ。兵の質では勝っているかもしれないけど、量では完全に負けている。イズル単独で勝つのは厳しいだろう」
「そうだろうね。僕もそう思う。 ……ここで、話が戻るんだ。水の魔石を求めているのはケネスも同じ。この点では利害は一致している。となれば?」
「軍事同盟を結ぶ」
アカツキが答える。
確かに、ケネスとイズルははるか遠方だ。
だが、利害は一致している。軍事同盟を結ぶ可能性は十分にありえた。
……もしかすると、俺の留学もそれに関係しているのだろうか。
ふと、アカツキはそんな事を思う。
「軍事同盟を結べば、二方面からゾンシンを攻める事ができる。しかも、世界最強の軍勢を抱えるケネス軍がいるんだ。勝てる可能性は高い。中方主義が厄介とは言っても今の領国拡大政策は頭打ちになっている現状では多少の無理は承知で攻め込むんじゃないかな ……と」
ここで、急に照れたようにキャロルは顔を赤らめ、
「いや、ごめん。歴史の話をしていたのに脱線していって」
「そんな事ないよ。とても参考になったよ。色々と。またこういう議論をさせてもらっていいかな?」
「もちろん。こういった議論だって俺は嫌いじゃないよ」
そう言ってアカツキは微笑んだ。




