21話 歴史考察2(前)
帝国学園図書室。
見渡す限り、本、本、本。
本で出来た家といってもいい。
読書好きにとっては宝の山だろう。
それは、読書好きの部類に入るアカツキにとっても同じだった。
ケネス語のみならず、様々な国の言葉で書かれた本のタイトルがアカツキの視界に入る。非常に数が多い。
だが、今日読む本は決めている。
歴史書だ。
今日は、まだ学園では学んでいない歴史の勉強をするつもりできたのだ。
歴史書を一冊取り出す。
だが、読み始めて進める。
以前、勉強した初代皇帝アルトゥス一世の時代よりもさらに前の話だ。
かつて、神聖ユーロ帝国と呼ばれた当時世界最大の国があった。当時、ケネス帝国はそのユーロ帝国の属国だった。
そんな中、ケネスでは各地方領主達の内乱が続いていた。
だが、当時のケネスは西方の小さな一島国にすぎず、上納される貢物も少なく資源も乏しい。
そんなケネスをユーロ帝国は見限り、宗主国としての義務を放棄し、まるで介入しようとしなかった。
しかし、アルトゥス皇帝が国を統一して治安が安定してくると、再びユーロは従属を求めてきた。
その厚顔無恥な態度に腹を立てたアルトゥス皇帝は、改めてユーロ帝国に手切れを宣言。
それに激怒したユーロ帝国は、大軍をケネスに送り込んだ。
だが、10万とも20万とも呼ばれるユーロ帝国の大軍をアルトゥス皇帝は撃退する。
この瞬間を持って、ケネス帝国は真の意味を成し遂げたとされる。
……ここから、キャロルの話にあったシエル遠征、そしてケネス争乱へとうつっていくわけだ。
「また勉強かな?」
不意に話しかけられて振り向く。
そこにいたのはキャロル。相変わらず少女と間違うばかりの優しげな顔立ちだ。今日はその顔にメガネをかけている。
「あ、ごめん。勉強の邪魔をしちゃったかな?」
「い、いやいいよ……」
アカツキは椅子から立ち上がり、キャロルの方を向いた。
「キャロルこそどうしてここに?」
「読書だよ。ここには、色々と読みたい本も多いしね」
そう答えると、キャロルは前の席へと腰を下ろした。
「キャロルは何を読んでるの?」
「これだよ」
キャロルがアカツキの前に差し出したのは、パイプのようなものを加えた男性の書かれた本だ。
「それは……もしかして娯楽小説?」
「そうだよ」
キャロルが頷く。
「確か、イズルも小説はあったよね?」
「まあ、上流階級にしか行き渡っていないけどね。本自体が貴重だし」
イズルでは、本があまり行き渡っていない。
イズルはケネス以上の識字率を誇り、平民であっても字の読めるものが多いが大金を出してまで本を買おうとするものは少ないのだ。
「元氏物語と呼ばれる長編小説なんかが有名だけどね」
「ああ、イズルの皇族の話だっけ? 僕も聞いたことがある」
元氏物語は、イズルの長編小説であり、その歴史はケネスよりも古く世界最古の小説とまで呼ばれる。
とはいえ、ケネスでの知名度はそれほどでもないが、読書好きで知識も豊富なキャロルはそのことを知っていたようだ。
「まあ、僕が読んでいるのはそれとは違って推理小説なんだけどね」
「推理小説? 確か、探偵と呼ばれる職業の人が手がかりを集めて事件を解決していくやつだっけ?」
「よく知ってるね」
キャロルが微笑んだ。
推理小説とよばれるものは、イズルでも知名度はほとんど皆無だ。だが、幸いな事にアカツキは知っていた。
「まあ、これはシャイロットと呼ばれる名探偵が次々と事件を解決していく話なんだけどね」
と本の表紙をさしながらキャロルは笑う。
「へえ……」
アカツキも、推理小説という存在自体は知っていたが、詳細は知らなかった。
それだけに、興味深そうにキャロルの本を見る。
「なら読んでみる?」
「え? でも、それはキャロルが読むんじゃないのか?」
「この本、僕はもう10巻まで読んでるから、1巻をもう1度読み直そうと思って持って来ただけだよ。アカツキが読みたいなら譲るよ?」
「え、でも……いいのか?」
「いいからいいから。僕の知り合いにコレを読んでいる人がいなくて寂しかったんだよね」
そう言って、本を前に差し出す。
……まあ、そうまで勧めるなら。
興味に惹かれ、その本をとった。
「えっと、それじゃ読ませてもらうよ」
「やった! じゃあ、読み終わったら感想でも聞かせてね」
キャロルは上機嫌だ。
おそらく、ようやく趣味仲間を見つける事ができたという高揚感に包まれているようだ。
口笛でも吹き出しかねないぐらい上機嫌だ。
「あ、でも、今日は歴史の勉強をするつもりで来たわけだから……」
「えー……」
アカツキの言葉に、急にしょんぼりしたようにキャロルは肩を落とす。
「あ、いやごめん。今度読ませてもらうから」
「うぅ……」
そして、未練がましそうにかすかに涙で潤んだ瞳でこちらを見る。
その姿は、まるで恋人に振られた年頃の少女のような姿だ。
(何だか可愛いかも)
……いやいや、相手は同性だぞ。何を考えているんだ。
故国ではそういった趣味を持つ者も多かったが、自分に男色の気はないはずだ。
そう自分に言い聞かせる。
「あ、いやでも。この図書室、貸出できただろ? 借りて言って部屋で読ませてもらうことにするよ」
「本当!?」
途端にキャロルの顔がぱっと輝いた。
「ああ、本当だよ」
「やった! ありがとう!」
ぶんぶん、と手を握ってキャロルは微笑む。
静かにしろとでも言いたげに図書室の司書がこちらを見ているが、キャロルが気づく様子はない。
……趣味の事となると性格変わるのかな、この子。
かつてないくらいにテンションの高いキャロルを見ながらアカツキはそんな事を思った。
「えっと、じゃあ。後でこれは借りていくよ」
「うんうん」
そう言って、微笑むキャロルは同年代とは思えないくらいにあどけなく見えた。知識面ではキャロルの方がはるかに上のはずだが、こういうところは年相応の少年に見えた。
「あ、じゃあ、代わりといっては何だけど……何か僕に頼みごととかある? 何でも言ってよ」
「頼みごと?」
……頼みごと、か。
相手は首席の入学のキャロルで、知識も豊富。そして、今日本来は歴史の勉強をするためにここに来ている。
となれば頼む事は……。
「じゃあ、歴史の勉強を教えてくれないか?」
「歴史の?」
入学当初にもキャロルに教えてもらった事はある。
それだけに、頼みやすかった。
「別にいいよ。それじゃあちょっと待ってて」
キャロルは近くの本棚へと移動する。
「確かこの辺りに……あった」
と、目当ての本を見つけたらしくとろうとするが、
「…………」
「…………」
手が届かないらしい。
キャロルが背伸びした状態でも、本には届かない。
「……とろうか?」
「……お願い」
少し顔を赤らめてキャロルが頭を下げる。
アカツキは、キャロルの横から、目的の本をとった。
「はい」
アカツキは、本をキャロルに渡した。
「あ、ありがとう」
気恥ずかしいのかうつむいたまま、キャロルは本を受け取る。
「今更だけどアカツキって僕より大きいんだよね……」
「まあね。東方やイズル出身の人間の中では高い方だよ」
アカツキの身長はイズル内ではかなり高かった。
だが東方出身者の平均身長は西方と比べると低く、西方人と比べればアカツキの体は決して高い方ではない。
事実、この学年では前から数えた方が早かった。だが、それでも東方人の平均身長を考えれば驚くほど高い。
「まあね。でも、父親がケネス人だからね。そのせいかもしれない」
「お父さんが?」
キャロルの顔に、わずかに驚きの色が浮かぶ。
「そうだよ。この留学生として選ばれたのもそれが関係しているみたいだし」
「そういえば、ケネス語も流暢だね。隣国のシエル出身のエミリーは分かるけど、東方の出身者では珍しい」
「まあね」
はは、とアカツキは笑う。
「ま、それはそれとしてそろそろ勉強を教えてくれよ」
「分かった」
そう言って、キャロルは受け取った本を開いた。
「……それで、どの辺りから聞きたいの?」
「じゃあ、ケネス帝国の歴史についてもう少し詳しく教えてくれないかな? 以前聞いた時には成り立ちなんかが中心でそれほど詳しく聞けなかったし」
わかった、と言ってからキャロルは解説をはじめた
「じゃあ、ケネス帝国が勢力の拡張を始めた辺りからでいい?」
「構わないよ」
アカツキが答え、キャロルも分かったと返して本を広げた。
「確か以前はパトリオット王国が陥落した後からの事だっけ、北のゲルマン王国や東のハーメルン王国と交戦し、最終的にはこの両国を陥落させてゲルマン王国はランスロット分国、ハーメルン王国はガラハッド分国と名前を変えているよ」
続いて、とキャロルは本のページを進める。
「当時はティブロン王国の属国だった、アルダス王国を支援したりもした。アルダス独立戦争でアルダス王国が独立を果たしてからは、ケネスはアルダス王国と同盟を結んでるね」
キャロルの説明は続く。
「でも、この戦いの後にティブロン王国を敵に回してしまったりもしたんだ」
ティブロン王国は当時の――いや、今もなお強大な大国だ。
「まあ、それ以外にもティブロンと敵対する理由があったんだけどね」
「もしかして、新教徒と旧教徒の対立?」
「そう、よく知っているね」
そう言ってキャロルは微笑んだ。
「ケネス帝国も、ディブロン王国も国民の大半が神祖ディオスを敬うディオス教の信者さ。でも、その考えには違いがあるんだ。ディオス様の教えを絶対とする旧教徒派と違って、新教徒派のケネス国民は必要に応じては状況に応じて柔軟に対応するのをよしとしている」
「確か、旧教徒派の教えだとディオス教の信者以外人間として認めていないんだっけ?」
「そう――それに、旧教徒派は西方人を至上の存在としている。ティブロンも建前上、無教養な南方人達や新大陸な人間を『教化』するという名目でその土地を占領し、その土地独自の思想を奪っているわけだからね」
西方人――特に、ケネス帝国と並ぶ覇権主義を唱えるティブロン王国人などによく見られる傾向なのだが、原則的に東方人や南方人を下に見る傾向にあった。
魔法文化に優れ、文明の先端を走る彼らにとってはある程度やむをえない事なのか
もしれない。
だが、ケネス帝国という国においては少し違った。原則的に自国との友好国や同盟国の相手とであるならば、外国の人間であっても好意的に――もっとも、ドナルドのような例外もいたが――受け入れていた。
アカツキや他の東方、南方の留学生達が好意的に受けいられてきたのはその辺りの事情が大きい。
「でも、ケネス帝国はそう言った意味では差別をしない。西方人至上主義者の多いティブロンとは違ってケネス帝国は、ケネス本国出身者とそうでない分国出身者との間での差別は存在するけどね。属領の分国出身者に対しては差別意識を持つ人が多いよ」
「分国――か」
支配した国を、ケネス帝国は「分国」と呼び、本来の国の名前を奪っている。
先程の話に出てきたゲルマン王国やハーメルン王国のように、別の名前が与えられ、ケネス本国とは一段低いところに置かれ、公然と法律で差別されている。
……被支配国となった国の人達はどんな気持ちなのだろうか。
アカツキはふとそんな事を思った。




