13話 後半戦突入
あのまま、アカツキ達は湖畔の小屋で代わる代わるに見張りをし、睡眠をとり続けているうちに、夜が明けようとしていた。
そろそろ今日の活動を始めるべきだと判断し、それぞれ、携帯食料で朝食をとりはじめた。
「そういえば、この携帯食料も例のキャッシュマン商会の商品らしいな」
食事の最中にフランクが言った。
「そうなの?」
「そうだぜ。キャッシュマン商会の携帯食料はとにかく日持ちするからな。大規模な遠征の時には役に立つって将軍達に評判がいいみたいなんだ」
「でも味はいまいちみたいだな」
食料を咀嚼しながら、アカツキが正直な感想をのべる。
「まあな。それはオレもそう思う」
フランクが苦笑しながら答える。
「しかも、携帯食料は同じ味のやつばかりだし……これじゃあ、いずれ飽きられちゃうんじゃないのか?」
「そういうものか?」
「そうだよ。確かに、携帯食料は小さいし、長持ちするんだから遠征には便利なんだろうけどさ」
兵站の確保は、戦に置いて大きな意味を持つ。
それだけに、兵站を大きく助ける事になるこの携帯食料はある意味戦略兵器にも匹敵するといえる。
けど、とアカツキは続ける。
「食事は戦場にいる人にとっては大きな楽しみの一つなんだからさ。こんな味気ない味じゃあ、士気がおちるよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの」
ふーん、とフランクは頷く。
彼は、世界最強の軍事国家の人間といってもまだ学生だ。おそらく戦場にいた経験はないのだろう。それだけにあまり実感が伴っていない。
「それにしても、アカツキは詳しいね。もしかして、戦場に出た経験があるの?」
興味津々、といった様子でエミリーが尋ねる。
「ん……まあね」
少し気恥かしげにアカツキは答え、携帯食料を口に含む。
「そうはいっても、俺が物心ついた時には既にイズルは一つにまとまりかけていたから。実際に出た戦場は少ないよ」
「そうなのか?」
「ああ、大戦といえる規模の戦いで参加したのはアイバラの陣ぐらいなものだよ」
「アイバラの陣?」
疑問符を浮かべる皆にアカツキはここが外国だった事を思い出し、説明をする。
「そうだよ。イズル国が殿下の手で統一される過程の最後の戦いと言われるものだよ」
「へえ……」
フランクが興味深そうな表情を浮かべる。
「ま、そうは言っても俺は殿下についていっただけなんだけど……」
「殿下というのは大皇殿下の事ですか?」
これまで黙ってやりとりを聞いていたシャノンが口を挟んだ。
「ああ、シャノンには昨日話したっけ? 大皇殿下っていうのはイズルの実質的な皇帝のようような御方なんだけど、その殿下が最後の抵抗勢力であるタケガワ家という大名を滅ぼすための戦いだったんだけど……」
「ダイミョー?」
聞きなれない単語だったらしく、エミリーが怪訝そうな表情を浮かべる。
「ああ、大名っていうのは地方領主達の代表のような存在で、まあ有力貴族のようなものだと思ってくれれば問題ないよ」
「でも有力貴族なら、イズルの皇帝にとっても家臣のようなものでしょう? どうして戦う必要があるの?」
イズルの事情に詳しくないエミリーが訊ねた。
「まあ、イズルはつい最近まで戦乱時代と言われるように乱れていたからね。本来の皇帝陛下である皇上陛下や朝廷の権威がほとんど失墜してしまっていて各地の地方領主達が勝手にその土地の支配者を名乗っていたんだ。そのせいで、イズルは最近まで分裂状態だったんだ。けど、ここ数十年でその有力大名達が他の大名の領地を併呑していった結果大大名と呼ばれるようになって、その大大名達の間でイズル統一を目指しての統一のための戦争が行われたんだ。それに勝ったのが大皇殿下で、タケガワ家は最後の対抗馬といえる存在だったんだ」
イズルの事情を簡単に説明するが、エミリーなどもあまり分かってはいない様子だ。フランクやシャノンも完全に理解できたわけではないのだろう。
だが、大凡の事情は分かったものと判断し、アカツキは話を続ける。
「まあ、とにかくそのタケガワ家を滅ぼす事にした殿下は、イズル中の家臣や傘下大名達に動員令を発した。その結果、20万の兵が集まった」
「20万!?」
フランクが驚きの表情を浮かべる。
大国・ケネス出身のフランクからしても大軍といっていい数字なのだろう。
「対する、タケガワ家の方も10万の兵を動員して対抗したけど、その時既にケネスとの交易で魔導銃や魔導砲を手に入れていた殿下の方が数でも装備でもはるかに優っていたんだ」
魔導砲は、魔導銃に使われるものよりも大型の魔弾を砲台から撃ちだす魔導兵器だ。
高価な品だが、その威力は凄まじい。
「圧倒的な火力で、殿下はタケガワ一族をアイバラ城にまで追い込んだんだ。後は籠城戦になったけど、数でも火力でも勝る殿下の軍勢の勝利は確定的だった」
「では、すぐにアイバラ城とやらを攻めたのか?」
フランクが尋ねる。
「いや、違う。アイバラ城は、天下無双の要塞と言われる金城湯池の堅城だったしこちらの方が数で勝っているとはいえ相手も10万の大軍を抱えていたんだ。そう簡単にはいかなかったさ」
「じゃあ、兵糧攻めを?」
「そうだ。長陣になりそうだと判断した殿下は、兵站を確保して毎日のように贅を尽くした食事を兵士達に与えたんだ」
「食事を?」
「そうだ。その時、殿下に聞いたんだ。『こんな豪華な食事を与えなくてもいいのではないのですか』とね」
「ああ、そこでさっきの……」
「うん、『食事は兵にとって数少ない娯楽。それを奪えば兵の士気は格段に下がる。兵の士気の高さは戦線を維持するのに必須な事だからよく覚えておけ』とね。殿下に言われたよ」
はは、と当時の事を思い出してアカツキは苦笑する。
「それ以外にも、士気を下げないように囲碁や将棋――ああ、西方でいうチェスのようなもの――をやらせたり、羽目を外しすぎない範疇でなら女遊びや博打も許可していたんだ」
「――む、戦の最中に女遊びや博打とは」
シャノンがかすかに眉をよせる。
どうやら、真面目な彼女にはあまり愉快な話題ではなかったようだ。
「ま、まあとにかく士気が高いまま攻城戦を続けることができたんだ」
「それまで、直接の戦闘はなかったのか?」
フランクが尋ねる。
「多少はあったよ。たまに、城外にタケガワ軍が出てきたりしていたからね。その時に、多少は俺も戦ったりしたよ」
「アカツキの戦いの経験はその時に?」
「そういう事」
アカツキが答える。
「まあ、そうは言っても大局的にはあまり大した活躍はできなかったけどね。その間に他の大名の人達や、あまり会う事のない殿下の家臣の人達といくらか戦いの心構えを教わったり、軽く訓練を見てもらったりはしたけどね。 ……まあ、俺の実戦の経験というのはこれぐらい」
一通り話終えたアカツキは軽く笑った。
アカツキの話を聞き終わったフランクはしばらく考え込んでいたようだが、
「なら今日オレ達の班の指揮はアカツキに任せるよ。作戦を決めてくれ」
唐突にこんな事を言った。
「え? 俺が?」
「そうだよ。何せ、オレ達は実戦経験ほとんどないわけだし。なんだかんだ言ってもお前は大戦の経験があるんだろう? なら、お前の方が指揮官に相応しい」
「いや、でもこれが学園の行事で実際の戦場とは違うだろう?」
「それでも、戦いの経験自体がほとんどないオレよりはマシだろう?」
「だったら、エミリーはどうなんだ? 魔法騎士を目指しているんなら、これまでにも実戦経験はあるはずだろう?」
アカツキが同意を求めたエミリーも頷いた。
「うん。確かに私はそれなりに戦闘経験はあるけど、考えるのは苦手だし、アカツキの好きにしていーよ」
どうやらエミリーに異存がなさそうだ。
「問題なさそうだな」
「エミリー……」
エミリーの単純な答えに呆れたと同時に感心した。ある意味分かりやすい答えだ。
だが、シャノンはどう思うのだろうか?
首席入学でもある彼女が、わずか1日足らずとはいえ自分の指揮下に入る事を快く思わないのではないか。
そう思ってシャノンの方を向いたが、特に不快そうな様子はなく、
「構いませんよ。シュタールもよろしいですね?」
「主の決定なら従うさ」
と、これまで一言も口を挟まなかったシュタールも答える。
「さ、これで問題ないだろ?」
「うぅ……」
フランクの言葉に、思わずアカツキは次の言葉が出てこない。
いつの間にやら、自分がリーダーに祭り上げられてしまっている。
どうやら、逃げ場はないようだ。
「分かったよ。じゃあ、一日は俺の指示に従ってもらうよ」
「さっすがアカツキ。頼りにしてるぜ!」
調子のいいやつめ、と少し愚痴る。
全く。負けてから責任を押し付けられても困る。
だが、決まった以上は全力を尽くすとしよう。
「じゃあ、今後の活動方針を決めていくか」
アカツキの言葉に皆も頷いた。
小屋の中にある机には、湖を中心とした地図が置いてある。おそらく、釣りに来た生徒達用のものだろう。
アカツキ達は釣りをしに来たわけではないが、使い道はあった。
「まず、俺達が今いるところがこの小屋」
人差し指で、今いる小屋のところを指差す。
「この地図を見ても思ったが、この小屋は正直に言って拠点として使うのにはあまり向いていない」
地図を見ながらアカツキが言った。
「この小屋に籠城するとしても、後ろは湖だ。逃げ場はない。正面から迎え撃つしかなくなる。しかも、この小屋には入口となる扉が正面に一つあるだけ。一度立て篭ってしまえば、敵は真正面だけを見張ればいいことになる」
しかも、とアカツキは続ける。
「殺人が禁止のこのスクールバトルロイヤルで使って来る相手がいるとは思えないけど、広域殲滅の魔法攻撃が使える者がいたら、周りに遮蔽物のないこの小屋は一瞬で崩壊する」
「なるほど、興味深い意見です」
広域殲滅魔法は、難易度の高い攻撃魔法だ。
戦闘を飯の種とする軍人ですら使える者はまれであり、学生で使える者など限られているだろうが、絶対にありえないとは言い切れない。
「それに、時間制限もある。時間は今日の午後9時まで。この場に時計がないからわからないけど……多分、今は朝の5時か6時ぐらいだろう」
「それぐらいだろうな」
フランクも頷く。
アカツキは小屋の外が見える窓を開ける。
湖とは逆方向。昨日、アカツキ達が戦った近くのものとは別の森が見える。
「残り時間は半日ほど。やっぱり、この小屋に閉じこもっていないで、外に出て敵を――」
探すべき、と言いかけたところで口をつぐんだ。
「あれは何だ?」
「何? どうしたの?」
エミリーも覗き込むように窓に近づく。
「煙?」
そのエミリーの後ろから窓を覗き込んだフランクが呟く。
「そのようですね……」
「あっちの森の方だよね?」
窓の外には、確かに森のある方向から煙が上がっているのが見えた。
「何かあったのかな?」
「むむ……」
しばらく考えた後、アカツキは答える。
「もしかしたら、どこかの班が戦闘中なのかもしれない」
「そうですね。そうかもしれません」
シャノンも同意する。
「あそこに行ってみる?」
エミリーの言葉に暫し迷ってから、アカツキは首を縦に振った。
「そうだな。だけど、くれぐれも慎重にな」
アカツキ達5人は森へと向かって歩き出した。




