12話 深夜の会話
時刻は深夜であり、まもなく日付も変わろうとしていた。
場所は、帝国学園湖の湖畔。そこにある小屋。
その前に、アカツキとシャノンは立っていた。
小屋の中には毛布にくるまってフランクとエミリーが寝息をたてている。
「眠りましたか?」
「ああ、ぐっすり寝てるよ」
小屋の中の様子を確認したアカツキが答える。
「それは良かった。何せ、眠れないなどという事になったら困りますからね。睡眠不足は体力は思考力の低下にもつながります」
「そうだな」
アカツキはそう答えながら、空を見上げる。
……月が出ている。祖国から遠く離れたこの土地でも、故郷から見える月は変わらないのか。
そんな事を考えながら、小屋の前に腰を下ろす。
「座るの結構ですが、そのまま眠らないでくださいね。今は見張りをするのが、私達の仕事なのですから」
「わかってるよ」
シャノンが言うように、今は小屋の見張りの最中だった。
深夜、眠っている時など襲撃してくれと言っているようなものだ。それゆえに、この見張りは当然ともいえた。
無論、これはアカツキとシャノンだけがやるわけではない。時間がたてば、今は中で眠っているフランクとエミリーと交代する事になるのだが。
「……いい月ですね」
「ああ、本当に綺麗だ」
何となく、アカツキは話を合わせる。
「東方から見る月も、ここと同じですか?」
「そうだろうね」
「そうですか」
「……」
「……」
しばらく、沈黙が流れる。
三十分ほど時間が流れた後、アカツキが口を開いた。
「あのさ」
「何ですか?」
「どうして、俺達の班に参加したんだ?」
「は?」
「いや、他の班員達が全滅したといっても、シャノンほどの実力者ならどこの班でも入れてくれるだろ。こういっちゃなんだが俺達の班はそんなに強いとはいえないぞ」
「そうですか? そうは言っても既にスミス班を撃破しているではないですか」
シャノンがアカツキの持っている2つの魔石の入った袋を眺めながら答える。
スミス班を撃破したという事実は、既にシャノンとシュタールには伝えてあるのだ。
「だとしてもだ。他にもっと強そうな班がいっぱいあるだろう?」
「それは、そうですが……」
暫くシャノンは口ごもっていた、やがて意を決したように言った。
「……いたから、です」
「は?」
「貴方がいたからです」
「はい?」
その言葉に、アカツキは困惑する。
シャノンとは、入学した当初に少し会話を交わしたが、決して深い仲とは言い難かった。
……興味を持たれるような事をした覚えはないのだが。
「あ、いや。勘違いしないでくださいよ? 別に貴方の事は嫌いではありませんが決して異性として興味を持ったというわけではないのですよ? ただ、その……」
見ているこっちがおもしろくなるように、シャノンはうろたえている。
……最初に会った時は、生真面目そうな雰囲気だけがしていたが、意外と可愛い子なのかもしれない。
アカツキはそんな風に思った。
「実は、前にも言った東方。それもイズルに私は行った事があるのです」
「そういえばそう言っていたね」
前に会った時の会話をアカツキは思い出す。
「それで、その……イズル国主であるノブヤス様に色々と世話になっていた事がありまして……それで、ノブヤス様の事についていくつか話を聞きたいな、と思いまして……」
「ノブヤス様に?」
イズルの事実上の王であるノブヤスとケネスの魔法学園の生徒であるシャノンに接点があるというのは素直に驚きだ。
どのような経緯で会ったのか、正直興味はある。
それを聞こうとしたが、
「あ、それは、その……」
……いかにも話しづらそうだ。
まあ、無理に聞く必要はないか。
「まあ、いいよ。義理とはいえ父上の事だしね。俺の話せる限りの事なら話すよ」
「は?」
今度はシャノンの方が驚いた顔をした。
……確かにまだ言っていなかったな。
「ああ、俺の母親が殿下――ノブヤス様の側室だからだよ」
「そ、それでは、貴方はイズル皇帝の息子……皇太子という事ですか?」
「いや、違う」
アカツキははっきりと断言した。
「母上が殿下の側室といっても、俺には殿下の血は一滴も入っていない」
「どういう事ですか?」
シャノンが怪訝そうに尋ねる。
「母上の連れ子なんだ。俺は」
「連れ子?」
「ああ、母上が側室と迎えられてからは、殿下の猶子という形で、殿下の元にいたんだ。その関係で何度か殿下とはお会いしているし、偉大な方だという事も何度も聞かされている」
なるほど、と納得したようにシャノンは頷いてから、
「……もう一ついいですか?」
「何?」
「先程あなたはイズル国主であるノブヤス様の事を殿下と呼びましたが、国主であるのですから、殿下ではなく陛下ではないのですか?」
「ああ、前に会った時も思ったけど……少し誤解があるみたいだから、しっかりと説明をしておくよ」
そう言って、アカツキはイズル皇国についての説明をはじめた。
イズル皇国。
東国の島国であり、長らく戦乱の時代にあった。
この国の元首である皇上と政務執行機関である朝廷の権威失墜により、各地方領主達が勝手にその土地の支配者を名乗り始めたのだ。
だが、その長い乱世にもやがて終止符が打たれる事になる。
一地方領主に過ぎなかった、ノブヤス・トヨカワによって国家統一がなされた。その後、ノブヤスは名実ともにイズル国主になるべく朝廷の乗っ取りを企てた。
朝廷は既に有名無実と化している。
だが、それでも多くのイズル人にとって皇上陛下は敬うべき対象であり神にも等しい存在だった。
皇上や朝廷を廃止でもしようものなら、現在はノブヤスに従っている各地の地方領主、いや下手をすればノブヤスの家臣ですら反旗を翻す恐れがある。
しかし、乗っ取ろうにも皇上になるには、皇国五家と呼ばれる皇族の出身者にしかなれない。
そこでノブヤスは皇国五家に圧力をかけ、なおかつ大枚をばらまいく事により、懐柔を進めた。結果、皇国五家のうち一家の養子になりその後分家するという形で、無理矢理皇族の席にノブヤスはつく事になる。
結果、皇国五家はその後、皇国六家と呼ばれるようになる。
だが、ノブヤスは皇上になろうとはしなかった。さすがにそこまでしてしまえば朝廷の反発も大きいと考えたからだ。
トヨカワ一族は、皇上の椅子には座らない。
代わりに、大皇と呼ばれる地位を新たに作った。簡単に言えば、次代の皇上の選定権を持つ役職だ。
それまでの、皇都五家による合議制ではなく、ノブヤスの独断により次代の皇上の決定権、及び現皇上の譲位させる権限を手に入れたのだ。
これでは皇上も逆らいようがないし、逆らったら譲位を迫られる事になり名目上のトップは皇上でも、実質的なトップは大皇となる。
結果、ノブヤスは朝廷を事実上乗っ取りイズル国支配を完成させた。
そのため、実質的な国のトップであるノブヤスを『陛下』ではなく大皇『殿下』と呼ぶ奇妙な支配体制が出来上がったのである。
そのため、イズル統一を果たしたノブヤス・トヨカワは皇族となったため、『殿下』という尊称が使われるが、皇上陛下ではないため決して『陛下』と呼ばれる事はない。
「……なるほど」
長く続いた説明が終わり、シャノンは顎に手を当て、納得したように頷いた。
外国人であるシャノンにどれくらい理解できたのか分からない。だが、大凡の事情は理解したらしい。
「では、皇帝陛下――ではなく、大皇殿下と呼ぶのでしたか――いや、イズル皇国について誤解をしていたようですね。お恥ずかしいです」
「いや、そうはいっても仕方ないよ。殿下は、外国との文書には『イズル国主』と書いてるし、西方や東方大陸との交易も殿下が独占しているわけだし」
「そうですか……」
シャノンは複雑そうな顔で頷いた。
月はまだ頭上で輝いている。シャノンが言ったように、月の輝きだけはイズルもケネスも変わらない気がした。




