10話 助太刀
小屋から出た3人を待っていたのは紛れも無くオークだった。
西方の大陸中に生息する強力な魔物。
それがなぜか、自分たちの目の前に立ちはだかっているのだ。
「な、何でオークがいるの!?」
エミリーの声は悲鳴にも近い。
「た、多分。この近くの森にいるオークが逃げてきたんじゃないかな」
いくらか慌てながらも、アカツキは魔法銃に魔弾を装填する。
「でも、学園にいる亜人は基本的には大人しいはず……。意味もなく生徒を襲ったりするはずがな――」
そう言いかけた途端、亜人が突撃を仕掛けた。
3人は慌てて散る。
途端、オークは小屋へと激突。
小屋の入口にある扉がバラバラになってしまった。
「――ッ!」
その亜人ならではの力に、アカツキの背筋に冷たいものが走る。
人間としては明らかに有り得ないレベルのパワー。
それが、人に近くとも人出ない存在・亜人の力だった。
話には聞いていても、実際に自分の目で見るのとでは全然違う。
「向こうは明らかにやる気みたいだし――こっちも無抵抗でいるわけにはいかないぜ。二人とも」
ケネス本国の出身らしいフランクは、オークにも見慣れているのかこの中で最も早く冷静さを取り戻した。
「確かにあっちはやる気満々のようだし――やるしかないか」
エミリーも頷くと、自信の剣を取り出して構えた。
フランクも小さく呪文を詠唱する。
「水よ《アクア》!」
フランクの会得している水系統の魔法だ。
しかし、下級の呪文であり威力も低い。
ぺちゃり、と力なくオークに水の塊がぶつかる。
熟練の戦士や魔法使いでも一撃で倒すのは難しいとされるオークだ。今の攻撃ではほとんどダメージはないようだった。
「効いてない、か」
ちっ、と軽く舌打ちし、フランクが後ろ下がり、距離をとろうとする。それを追うべくオークが距離を詰める。
その後ろから、アカツキが魔法銃を打っ放した。
「ガアッッ!」
オークの背中へと魔弾は命中し、オークは悲鳴をあげる。
だが、どうやら致命傷にはいたらなかったようだ。とはいえ、いくらか出血しており、背中に赤色が浮かんでいる。
亜人も人間と血の色も同じなのか、などと妙な感想も浮かぶがそれ以上にアカツキに心中に焦りが浮かぶ。
(まずい、仕留めきれなかったか)
魔法銃は、一度撃ってしまえば次の装填に時間がかかる。
そのため、今の一撃で倒せなかったのはかなり痛い。
「アカツキ危ないッ!」
エミリーの悲鳴にも近い声が響いた。
二メートルを優に超えるオークの巨体が、アカツキへと突撃をかけいるのだ。これをもろに食らってはただではすまないだろう。
(まずい――)
慌てたアカツキは体に身体強化の魔法をかける。
だが、それでもあの一撃を完全に防ぎきれるか否か――そう考えた時、
「炎よ!」
突如、オークが燃えた。
比喩ではない。文字通りの意味で、だ。
「これは、炎の魔法?」
燃え上がるオークを見ながら、呆然とした様子でフランクが呟く。
数十メートルほど離れた場所から悠然と、こちらに近づいてくる女子用の制服姿の少女が見える。
それに付き従う男もだ。
「あれは、シャノンとシャノンの魔人?」
呟くようにフランクが二人の名を読んだ。
それを聞き、シャノンは少し顔をしかめ、
「シャノンの魔人――などではなく彼にはシュタールという名前がちゃんとあります」
そう答えた。
「あ、ああそれは悪かった。えっと、二人はどうしてここに?」
「たまたま通りかかっただけです」
にべもなく、そう答えるとシャノンは剣を構えた。
ぐるる、とオークはうめき声をあげる。
シャノンの魔法攻撃を食らったのに、今だに倒れる様子はない。
だが、シャノンの顔に恐怖はない。
オークをみやりながら、アカツキに話しかけた。
「一体これはどういう状況ですか? 森のオークをからかったりしたのでしょうか」
「い、いや。そんな事はしてないよ」
「そうだよッ! 私たちはそんな事しないよ」
アカツキは否定し、エミリーも声を張り上げた。
フランクも冷静に状況を説明する。
「オレ達はただ森の近くの小屋にいただけだ。そうしたら、いきなりソイツに襲われたんだ」
シャノンはそれを聞きふむ、と頷き、
「しかし、この森にいるオークは比較的大人しい種族のはず……。自ら攻撃を仕掛けたりはしないはずですが……」
剣ではなく杖を握っている手を口元に当て、考え込むように言った。
その隙をつくかのように、オークが突撃をかける。
だが、そのオークの巨体を止めた存在がいた。
彼女の魔人・シュタールだ。
「主が話している最中に襲いかかってくるとは、空気の読めないデカ物だな」
そう言うや刹那、シュタールの鋼の如き肉体でオークの体を抑えにかかる。
一方、オークもシュタールを押し返さんと力を込めているようだが、どうやらシュタールの方が強いらしい。
真っ向からの力比べであるにも関わらず、シュタールはオーク相手に優勢だった。
オークの一撃を真正面から受けても、鋼鉄の如きシュタールの体に傷一つつかない。逆に、シュタールの拳がオークを襲う。
その一撃だけで、オークの巨体は傾いた。
そのオークに追い討ちをかけるかのように、シュタールは殴り続ける。
それは、一方的な蹂躙と言えた。
一般人にとっては恐怖の象徴とも言える亜人を、シュタールは圧倒している。
「凄い……これが、魔人」
エミリーの呆然とした言葉が口から漏れる。
ケネス帝国の象徴。幾多もの戦場を勝利に導いた存在。それが、目の前で戦闘を繰り広げている。
自分たちの苦戦した強力なオークを明らかに押していた。
少し離れた場所でこの光景を見ていたドナルドは歓喜した。
「ははは! 見ろ、ヘンリー。お前の目論見通りにシャノンが現れたぞ」
「は、はあ……」
ドナルドとは対照的にヘンリーの表情に喜びの色はない。
それどころか、冷や汗すら浮かんでいる。
(まさか、シャノンの魔人があれほど強いとは……)
亜人とは、原則的に人間や人間の魔法使いとは比べ物にならないほど強い。
魔人であっても、1対1の状況であればオークに勝つのは難しいはずだった。だが、現実にはシャノンの魔人はオークに対して優勢だ。
いや、もしかしたらこのまま勝ってしまうかもしれない。
当初予定していた、シャノン達を亜人に襲わせて疲弊したところを叩くという計画は破綻しつつある。
だが、ドナルドはそれを気にする様子はない。
「当初の予定通り、シャノンの魔人が亜人と戦っている間に、私はシャノンを仕留めるとしよう」
それを聞いて、ヘンリーは慌てた。
「そ、それは危ないかと思います、班長」
「なぜだ? お前の立てた計画通りに事は進んでいるではないか」
「それは……」
ヘンリーは言いよどんだ。
確かに、ヘンリーはオークに他のシャノンを襲わせ、魔人がオークと戦っている間に漁夫の利を狙おうと目論んだ。
しかし、ヘンリーはシャノンの魔人の力量を見誤っていた。
である以上、ここはもう撤退して次のチャンスを待つしかない。
ヘンリーはそう考えていたのだ。
しかし、ドナルドは考えを改める様子はない。
「怖気づく必要などない。私は帝国を支えるブラウン元帥の息子だ。あのような連中、恐る必要などないッ!」
そう言ってドナルドはシャノン達に突撃していってしまった。
「シャノン・アヴァロン! 私と戦ってもらおう」
シュタールとオークが死闘を演じる小屋の前に、勇よくドナルドが登場した。
相次ぐ乱入者にアカツキたちは混乱するが、シャノンの方は落ち着いたものだった。
「誰かと思えば貴方ですか……」
やれやれ、と呆れた様子でシャノンは目を細めた。
「ふん。今、貴様の魔人はオークの相手をするので精一杯。その隙に私が貴様を仕留めてやる」
ドナルドは剣を抜き、それをシャノンに突きつけた。
「もしかして、あのオークは貴方の差金ですか?」
シャノンの質問にドナルドは答えない。
ただニヤリとした笑みを浮かべるだけ。そして、それが答えだった。
「ふん。魔物の力を借りようと勝てば良いのだ。それに、貴様の使役する魔人とて一種の化物。魔物と似たようなものではないか」
「――何?」
その言葉に、秀麗なシャノンの顔が歪む。
どうやら、今の言葉はシャノンにとって極めて不快な言葉だったらしい。
「あのようなおぞましい魔物と、私の相棒であるシュタールを一緒にしないで欲しいですね」
シャノンの瞳には明らかに怒りの色が浮かんでいる。
だが、はじめて感情を露にしたシャノンに気をよくしたようにドナルドは続ける。
「ふん。元々魔人など帝国軍人の道具よ。相棒などとよく言えたものだな」
「貴方という人は――」
ぎり、とシャノンは唇を噛み締めるとドナルドを再び睨みつける。
「ほう。やる気になったようだな」
「いいでしょう。先程同様に叩きのめしてあげましょう」
シャノンも構え、ドナルドと向きあう。
「ふん。さっきは貴様の魔人の妨害の結果。魔人の乱入がなければ私が勝っていた。それを今から教えてやる」
ドナルドはそう言うと、身体強化の魔法を使ったらしい。途端に動きが早くなり、シャノンへと迫る。
かきん、と二つの剣が交差する。
「少しはやりますねッ!」
シャノンは、片手で剣による攻撃をしつつも片手には杖を持ち炎属性の魔法を用いて攻撃してくる。
「炎よ!」
ドナルドとて、ただプライドが高いばかりの男ではない。
帝国軍元帥の息子であり、幼少期から訓練を積んでいる。そこらの貴族のボンボンとは比べ物にならない実力者である。
ドナルドも剣を握っているのとは別の手で杖を握る。
そして、
「水よ!」
水系統の魔法を用い、シャノンの魔法を打ち消そうとする。
しかし、シャノンの魔法の方が強かったらしい。完全に打ち消す事はできず、右肩を軽くシャノンの攻撃がかすめた。
「くそッ!」
シャノンの攻撃を凌ぎながら、右肩を軽く抑えると、右手の杖を使って軽い治癒の魔法をかける。
だが、ドナルドの治癒魔法の力量はそれほど高くない。
しかも、左手ではシャノンと剣戟を続けながらだ。
うまくかかるはずがない。結局、表面的な外傷が治癒されただけだった。
痛み右肩をそのままに、無理矢理左手をふるい続ける。
こうなってくると、明らかにシャノンが優勢へとなってくる。
右肩が痛むせいか、こちらはうまく魔法が使えない。それに対し、相手は万全の状況で魔法攻撃がとんでくる。
「くそくそくそッ!」
ドナルドは声をあげるが、状況は当然好転しない。
――敗北。
その二文字がドナルドの心に重くのしかかる。
「あ、ぐ……」
声にならない悲鳴のような音がドナルドの口から漏れる。
信じられない。
信じたくない。
世界最強の帝国元帥の子として生まれ、挫折を知らなかった幼年期を過ごしてただ周りが自分の才能を褒め称えるだけだった少年期を過ごしたドナルドにとって、同年齢、同級生の少女に負けるなどはこれ以上ない屈辱なのだ。
「そんな馬鹿な事があるはずがないッ!」
もはや悲鳴に近い声をあげ、ドナルドは剣を繰り出す。
だが、その剣はシャノンに届く事なく弾き返された。
片手で杖を構えるが、既に遅かった。
シャノンの剣の切っ先がドナルドへと突きつけられる。
「さて、これで降伏して魔石を差し出してください。そうすればそれ以上の事はしません」
「……」
ドナルドは黙り込む。
このまま敗北を受け入れるか否か、に悩んでいるのではない。この現実を即座に受け入れる事ができずに茫然自失の状態なのだ。
そのドナルドに、再び降伏を勧告しようと口を動かした瞬間、
「光!」
急にドナルドの体が光に包まれた。
先程のシャノンとの戦闘の同様の光景だった。
これは、ドナルド班のヘンリーによる光系統の魔法。先程同様に、目くらましとして使って逃げようという算段らしい。
「同じ手は食らいませんよ!」
しかし、シャノンも警戒はしていた。
すでに目測はつけておいた。目が見えずとも、ドナルドの位置は分かる。その一撃で、ドナルドを倒せる、はずだった。
「危ないッ!」
その声と共に銃声が響く。
「え……?」
ヘンリーの光の魔法によって一時的につぶされた視覚がはっきりしてくる。
そこには、いつの間にかいたオークが魔法銃によって銃弾が撃ち込まれたという姿があった。
驚いた様子で、シャノンがそれを見つめる。
未だにシュタールはオークと戦闘中だ。にも関わらず、ここにオークがいた。しかも、そのオークはシャノンを背後から襲うところだったらしい。
それを、アカツキが魔導銃で撃って止めた、そういう状況だ。
「さ、ついでにこの辺で見つけた別のオークにも魔眼をかけておきました。足止めがこいつが行います。ドナルド様は私と共に撤退をしましょう」
それを説明するかのように、ヘンリーがドナルドに言った。
どうやら、ヘンリーは別個体のオークを見つけ出し、それにも魔眼をかけたらしい。それを使ってこの場に介入したようだ。
「よくやった、ヘンリー!」
途端、ドナルドの顔が歓喜へと変わる。
オークは、先程同様に魔導銃の一撃で屠るというわけにはいかなかったらしい。シャノンとアカツキを睨みつけている。
「さ、それではこの場から離れましょう」
その様子を見ながら、ヘンリーの近くに侍り、手を持って走り出した。
「し、しかしこのままでは――」
未練がましそうな様子のドナルドにヘンリーは怒鳴った。
「そのような事は後ですッ! この場は逃げましょう」
「く、くそう……」
シャノン達を睥睨するオークがだんだん遠くに見えてくる。
さすがのドナルドも、この状況の不利は悟っているのかそのままヘンリーに従い、この場から離脱した。




