第9話:いつもと違う音
町へ来て七日目。
朝から受けたのは、荷物の配送を手伝う仕事だった。
依頼主の店から荷車に荷物を積み、町の中にある何軒かの店へ届ける。
それを何度か繰り返す。
説明を聞いた限りでは難しい仕事ではない。
重いものもあるが、一人で持てないものは二人で運べばいい。
棚卸しみたいに、数えたものが合っているか何度も確認する必要もなさそうだ。
「そっちの箱から頼む」
「はい」
店の裏に積んであった木箱を持ち上げる。
中身は分からない。
振るなと言われているので、できるだけ傾けず荷台まで運んだ。
すでにいくつか荷物が積まれている。
依頼主の男が位置を指示する。
「そこ。隣の袋が倒れないように置いてくれ」
言われた通りに置く。
次は袋。
その次も袋。
かなり荷物が多い。
荷台が埋まったところで、荷車が動き出した。
いや、馬が引いているから、荷車ではなく馬車と言うべきか。
荷台は荷物でいっぱいで人は乗れない。
俺は横を歩いてついていく。
馬が道を進むたび、車輪がごろごろと鳴った。
荷台も揺れる。
揺れた木箱同士が当たる音。
重い荷台が揺れることで縄が軋む音。
石を踏めば車体全体が大きく跳ねる。
よくこれで中身が壊れないものだ。
「慣れてないなら、荷台から少し離れて歩けよ」
御者台から男が言った。
「車輪に足巻き込まれる奴がたまにいるからな」
少し離れた。
そういうことは先に言ってほしい。
◇
一軒目で荷物を下ろす。
二軒目。
三軒目。
最初は重かった荷台も、少しずつ空いていく。
空いてきてようやく荷台に乗れるようになった。
最後の荷物を届けると、また依頼主の店へ戻った。
そこで次の荷物を積む。
昼までに二往復した。
やることは単純だが、思ったより疲れる。
荷物を持って、下ろして、また持つ。
荷車について歩いている時間と、帰りに荷台に乗っている時間が休憩みたいなものだった。
三度目。
今度は少し大きな箱が多い。
積み終えて、また歩き出す。
ごろごろ。
がた。
ごろごろ。
がた。
何度も聞いているうちに、車輪の音にも少し慣れてきた。
道が悪いところでは大きく鳴る。
平らなところなら小さい音。
曲がる時には、また違う音がする。
別に覚えようとしたわけではない。
ずっと同行していれば、嫌でも耳に入る。
しばらく進んだところで、
かつ。
小さな音がした。
そのまま歩く。
ごろごろ。
かつ。
また聞こえた。
車輪が回るたびではないが確かに聞こえる。
何度かに一度。
少し意識して、その音を追ってみる。
右側から。
たぶん、後ろの車輪からだ。
右後ろの車輪を注意して見る。
普通に回っているし、馬車も真っ直ぐ進んでいた。
「どうした?」
俺がじっと見ていたのに気づいたのか、男が聞いた。
「今、何か変な音してません?」
「音?」
「右の後ろから」
男も御者台から降りて車輪を見る。
「動いていれば普通に音がするもんだぞ?」
「それは分かるんですけど」
また鳴った。
かつ。
「今の。今の音です」
「……わからん」
男はそう言って、そのまま馬を進ませる。
俺も歩き出した。
荷車は問題なく進んでいる。
止めるほどのことではないのかもしれない。
ごろごろ。
がたがた。
かつ。
まただ。
少し気になる。
昨日の棚の時と同じだった。
大きな音ではない。
むしろ他の音に混ざって、ほとんど聞こえない。
でも、一度気づくと耳に残る。
気になってしまう。
「すみません」
「何だ?」
「一回、止めてもらってもいいですか」
男が振り返る。
「さっきの音か?」
「はい」
少し面倒そうな顔をされた。
「いつも色んな音してるぞ、こいつは」
荷車を指差す。
「そうだと思うんですけど、さっきから同じような音が何回かしてます」
「壊れそうなのか?」
「それは分かりません」
分からないものは分からない。
ただ、気になる音は続いている。
男は少し考えてから馬を止めた。
「見るだけ見てみるか」
二人で右後ろの車輪へ回る。
俺が見ても、特に変なところは分からない。
男は車輪を掴み、左右に揺らした。
一度。
二度。
「あれ?」
しゃがみ込み、車輪の外側にある留め具を触った。
「ここの留め具、緩んでるな」
「それですか?」
「たぶんな」
男がもう一度車輪を揺らす。
わずかに動いた。
俺には、それより小さな音の方が先に聞こえた。
さっきと似ている音だ。
たぶん聞こえていたのはここから出ていた音だ。
「すみません。止めてしまって」
「いや、止めて良かったかもしれない」
「このまま走ったらどうなってました?」
「すぐどうこうってことはないと思うが」
男は留め具を見ながら答えた。
「これがもっと抜けてきたら車輪が外れるかもな」
「外れるんですか」
「そりゃ外れるだろ。そのために留めてるんだから」
言われてみればそうだった。
男は荷台から道具を取り出した。
留め具を元の位置まで戻し、何度か叩いて確かめる。
最後に車輪を回した。
「うん。これで大丈夫だ」
再び荷車を動かす。
ごろごろ。
がた。
しばらく歩く。
さっきの音はもうしない。
「よく聞こえるもんだな」
御者台から男が言った。
「何がです?」
「あれだよ。お前が言っていた変な音ってやつ。俺は全然分からなかったぞ」
「耳がいいので」
「そういう特性か?」
「《聴力強化》です」
「へえ。便利なもんだな」
便利。
昨日も似たようなことがあったと思い出す。
棚の留め具。
今日は荷車の車輪。
どちらも、壊れる前に気が付いた。
たまたまかもしれない。
「まあ、耳がいいだけなんですけど」
「それで壊れる前にわかるなら十分だろ」
男はそれだけ言って、前を向いた。
俺もまた荷車の横を歩く。
◇
残りの配送は何事もなく終わった。
最後の荷物を下ろし、店へ戻る。
男が荷車を片づけている間、俺は空になった荷台から縄や布を下ろした。
「今日は助かった」
「荷物多くて大変でしたが、お役に立てたなら良かったです」
「それもだが、車輪のことだよ」
男が車輪の方を見る。
「あれ、途中で外れてたら結構面倒だったからな。いや、面倒では済まなかった可能性もある」
「無事に終えられて良かったです」
「また直接声をかけることがあるかもしれんから、その時はよろしくな」
「ギルドに依頼をいただいた際は是非」
「……真面目なやつだな」
正直、直接雇われてもどうすればいいのか分からない。
今のところ、ギルドを通した方が楽だった。
ギルドに戻り、受付で報告をする。
今回はまた強面の男だ。
仕事が終わったことと、途中で荷車の留め具が緩んでいたことを伝えた。
「また何か聞こえたのか?」
「はい。たまたま気付けて良かったです」
ほかには特に何か聞かれることもなく、出された報酬を受け取る。
それで今日の仕事は終わりだった。
腹が減った。
今日は何を食べようか考えながらギルドを出る。
通りには何台も荷車が走っている。
少し前なら、どれも同じような音にしか聞こえていなかった気がする。
今も、ほとんどはただうるさいだけだ。
そのうち一台が横を通り過ぎた時、耳を澄まして車輪の音を聞く。
別に変な音はしない。
それだけ確認して歩き出した。
《聴力強化》。
耳が良くなるだけの特性。
今のところ、それは変わらない。
ただ、思っていたより悪くはないのかもしれない。
◇
「おい、セラ」
「なんですか、ギルドマスター」
「さっきのアイツいるだろ。耳がいいやつ」
セラが顔を上げる。
「ライアスさんですか?」
「お、すぐ名前が出てきたな」
強面の男がにやりと笑った。
「まさかお気に入りか?」
「なんか可愛いので」
「……そこまではっきり認められると、からかい甲斐がないんだが」
「じゃあ聞かなければいいじゃないですか」
「まあいい」
男は笑いを引っ込め、ライアスが出ていった扉の方を見る。
「アイツ、耳がいいだけにしては、妙に気づくな」
セラは少し考えた。
「そうですか?」
「今日の荷車もそうだ。普通なら気にしないような音で止めたらしい」
「勘がいいんですかね」
「かもな」
しばらくして、男がまた少し笑った。
「ちょっと面白いよな、アイツ」
「不思議な人ではありますね」
「お前、やっぱり気に入ってるだろ」
「なんか可愛いので」
「それはもう聞いた」




