第80話:仕事のあとで
アルネへ戻った時には、午後もだいぶ過ぎていた。
荷車には回収した小箱や袋が積まれている。全部を持ち帰れたわけではないが、昨日は荷車ごと置いて逃げたことを考えれば、今日はずいぶんましな結果だと思う。
「今度は荷車も一緒に帰ってこられたな」
ネイトが振り返りながら言った。
「ああ。昨日はどうなることかと思ったが、何とかなったな」
ロルフが答える。
俺は荷台の隅に置いた網へ目を向けた。
回収した網は、まだ泥と草がついたままだ。何本かの縄が切れていて、ところどころ変な形にまとまっている。
……これ、直せるのかな。
ギルドに着くと、まず回収した荷物を職員に引き渡した。
一緒に来ていた二人の冒険者とも挨拶を済ませ、俺たち四人は受付へ向かった。
「お帰りなさい。今日はどうでしたか?」
セラが声をかけてきた。
「荷物はある程度回収できた。ただ、魔物が一匹いたので、そっちも報告しておきたい」
ロルフがそう言うと、セラは書類を取り出した。
「昨日、近づいてきたという魔物ですか?」
「同じ個体かどうかはわからん。ただ、ライアスが置いた網に一匹引っかかっていた」
「……網に、ですか?」
セラが俺を見た。
「はい。俺もびっくりしたんですけど」
「本当に引っかかったんですね」
「そうなんですよ。でも、かなり破れちゃいました」
俺が抱えていた網を見せると、セラは少し身を乗り出した。
「まあ……ずいぶん傷んでますね」
「直せるといいんですけどね」
「せっかく買ったものですものね」
セラは頷くと、ロルフへ向き直った。
「討伐した魔物の種類はわかりますか?」
「ラグルだ。網に絡まって動きが制限されていたので、その場で討伐した。素材は持ち帰っていない」
「わかりました。場所と状況を記録しておきますね」
セラが書き留めているところへ、ギルドマスターがやってきた。
「戻ったか。どうだった?」
ロルフがもう一度、現場の状況を説明する。
昨日は複数の足音が聞こえたこと。今日は同じ辺りでラグルを一匹確認したこと。ほかの魔物については、姿も数も確認できていないこと。
ギルドマスターはしばらく聞いてから、腕を組んだ。
「やっぱり、あの辺りで続いてるな」
「そうだな。前に街道を調べた時も、同じ辺りで何匹も見た」
「ほかの場所でも、普段とは違うところで見かけたって報告がある。数が増えたのか、動く場所が変わったのか、まだ何とも言えんがな」
「何か理由があるんですかね?」
俺が尋ねると、ギルドマスターは首を振った。
「それを調べてるんだよ。今のところ、わからん」
「そうですか」
「だから、お前たちにも場所を詳しく報告してもらってる。何匹見たかだけじゃなく、どっちから来て、どっちへ行ったかもな」
なるほど。
昨日の音の主と、今日網に引っかかっていたラグルが同じかどうかもわからないし、そもそも、俺が聞いた音の全部が魔物だったとも限らない。
「ライアス、何かあったらまた報告してくれ。ただし、確かめに林の奥まで入る必要はないぞ」
「はい。それはしません」
「ならいい」
ギルドマスターはそう言って、ロルフと少し話し始めた。
俺は受付の端に置いていた網を持ち上げる。
……さて。
こっちも何とかしないとな。
◇
報告と報酬の手続きを終え、ギルドの外へ出た。
「じゃあ、俺たちはここで」
ロルフが言った。
「はい。今回もありがとうございました」
いつもなら、そのまま別れて宿へ帰るところだ。
ただ、今日は何となく、もう少し三人と話していたい気分だった。考えてみれば、何度も一緒に仕事をしているのに、こうして仕事が終わるとすぐに別れることが多い。
「あの、皆さん」
「ん? どうした?」
ネイトが振り返った。
「このあと、時間ありますか?」
「特に予定はねえけど」
「よかったら、一緒に飯でも食べませんか。今回もいろいろ助けてもらったので」
ネイトが少し驚いた顔をして、それから笑った。
「お、いいな。行こうぜ」
「私はいいよ」
リーザも頷く。
ロルフは二人を見てから、俺へ向き直った。
「俺も構わんが、網はどうするんだ?」
「ああ、先に買った店で見てもらおうかと思ってます。夕方にでも待ち合わせでどうですか?」
「じゃあ、それでいいか」
ネイトが言った。
「どこかいい店、知ってるか?」
「何軒かは。いつも行く食堂でもいいですし」
「せっかくだから、別の店でもいいんじゃないか?」
ロルフがそう言うと、リーザも頷いた。
「そうだね。じゃあ、あそこの通りにある店は?」
三人が相談を始めたので、俺も知っている店をいくつか挙げてみた。
結局、以前一度入ったことのある食堂に決まり、夕方に店の前で待ち合わせることになった。
◇
網を買った店へ行くと、以前対応してくれた男がいた。
「あの、すみません。この前買った網なんですけど」
そう言って抱えていたものを見せると、男は眉を寄せた。
「……ずいぶん汚したな。何やったんだ?」
「木の枝に引っかかって、かなり強く引っ張られまして」
「そりゃ、網だって傷むだろうよ」
男は網を受け取ると、空いているところへ広げてみた。
途中で絡まった部分をほどき、何本かの縄を指で確かめる。
「ここは完全に切れてるな。こっちは結び目が緩んでる。ほかにも傷んでるところがありそうだ」
「直せますかね?」
「直せないことはないが、手間はかかるぞ」
「そうですか……」
「買い直した方が早いかもしれんな。もっとも、直して使いたいなら、それでもいいが」
男は切れた縄を持ち上げた。
「これと同じくらいの縄を足せば、形は戻せる。ただし、元と同じ強さになるかはわからんぞ」
「じゃあ、もっと太い縄を使えば丈夫になりますか?」
「そりゃ太くすりゃ、それなりに丈夫にはなるだろうな。ただ、その分重くなる」
……やっぱりそうか。
「今でも持ち歩くのが大変なんですよね」
「だったら、あんまり太くしない方がいいんじゃねえか?」
「そうですよねえ」
俺は広げられた網を眺めた。
切れたところを直したとしても、また同じような使い方をすれば傷むかもしれない。
でも、毎回新しい網を買うのもなあ。
「とりあえず、一度自分で直してみようと思います」
「そうか。なら、まずは汚れを落として、どこが傷んでるか確かめてみな。全部ほどく必要があるかもしれんしな」
「ありがとうございます」
男に礼を言い、網を抱え直して店を出た。
結局、今日は新しい縄も買わなかった。
まずはどこまで傷んでいるのかを確かめて、それから考えることにした。
◇
宿へ戻ると、ボノが帳場にいた。
「おう。帰ったか」
「ただいま戻りました」
ボノは俺の抱えている網へ目をやった。
「そいつ、持って帰れたのか」
「はい。でも、だいぶ傷んじゃって」
「その様子じゃ、片づけるのも大変そうだな」
「そうなんですよ。ちょっと直してみようと思って」
「いいけど、部屋を泥だらけにするなよ」
「はい。先に汚れを落としてきます」
外で網についた泥や草をできるだけ落とし、残っていた小枝も取り除いた。
それから部屋へ戻り、傷んだ部分を少し広げてみる。
……うーん。
思っていたより切れているところが多い。
全部広げるには部屋が狭いし、今日はもうあまり時間もない。いくつか傷んだ場所を確かめたものの、直すにはそれなりに手間がかかりそうだった。
結局、網をもう一度まとめ、部屋の隅へ置いた。
続きは明日にしよう。
着替えてから階段を下りると、ボノがまだ帳場にいた。
「また出かけるのか?」
「はい。今日は一緒に仕事した人たちと飯を食べることになって」
「ほう。珍しいな」
「そうですか?」
「お前、いつも一人で食ってるじゃねえか」
「……そういえば、そうですね」
「まあ、楽しんでこい」
「はい。行ってきます」
ボノに見送られ、俺は待ち合わせの場所へ向かった。
◇
店へ着くと、ネイトとリーザが先に来ていた。
「あ、ライアス。こっちこっち」
リーザが手を振る。
「すみません。待たせましたか?」
「いや、俺たちも今来たところだ」
ネイトが答えた。
「ロルフは?」
「あっちで店の人と話してるよ。四人座れるか聞いてくれてる」
リーザが指差した方を見ると、ちょうどロルフが戻ってくるところだった。
「奥の席が空いてるそうだ。入ろう」
店の中は、それなりに賑わっていた。
仕事帰りらしい人たちが何組かいて、料理の匂いが漂っている。
俺たちは奥の四人掛けの席へ案内された。
ネイトが椅子に座り、料理の書かれた札を眺め始める。
「さて、何食うかな」
俺も席に座り、料理を見比べた。
肉の煮込みもあるし、焼いた肉と野菜の盛り合わせもある。
……どっちにしようかな。
迷った末に、俺は煮込みを頼むことにした。
三人もそれぞれ注文を済ませ、料理が来るまで今日の仕事の話や、これまでに受けた依頼の話をしていた。
「しかし、今回は結構な手間になったな」
ロルフが言った。
「最初は荷物を取りに行くだけのつもりだったんだけどね」
リーザが答える。
「二日続けて行くことになるとは思わなかったよ」
「俺なんか、網を買い直すところでしたからね」
そう言うと、ネイトが俺の方を見た。
「直せそうなのか?」
「まだわからないです。買った店では、直せなくはないって言われたんですけど」
「そうか。なら、無理に全部直そうとしなくてもいいんじゃないか?」
「どういうことですか?」
「いや、切れてるところだけ替えてみるとかさ。俺も網なんか詳しくねえけど」
「ああ、なるほど」
確かに、全部を同じように直す必要はないのかもしれない。
ただ、どの縄がどのくらい傷んでいるのかも、まだよくわかっていない。
まずは一度広げてみないとな。
そんな話をしているうちに、料理が運ばれてきた。
俺の前には、湯気の立つ煮込みが置かれる。
パンをちぎって煮込みの汁につけ、一口食べてみた。
……うまい。
肉は柔らかく、野菜にも味が染みている。
「どうだ?」
ネイトに尋ねられ、俺は頷いた。
「美味しいですよ。これ、結構好きかもしれません」
「そうか。次はそれにするかな」
「ネイトさんのも美味しそうですね」
「おう。こっちも当たりだ」
リーザとロルフもそれぞれ料理を食べながら話している。
仕事の最中なら、こうしてゆっくり座っている時間はあまりない。いつもは周りを気にしながら歩いたり、荷物を運んだりしている三人が、普通に夕飯を食べているのも何だか新鮮だった。
◇
食事も半分ほど進んだ頃、ロルフがふと口を開いた。
「そういえば、二人とも。前に話してた件なんだが」
ネイトが顔を上げた。
「ああ、あれか」
「俺はもういいと思ってるんだが、お前たちはどうだ?」
「俺も賛成だ」
「私もいいと思うよ」
リーザも頷いた。
……何の話だろう。
三人を見比べていると、ネイトがこちらを見た。
「ああ、ライアスには話してなかったな」
「何ですか?」
「俺たち、三人でパーティを組もうかって話してるんだよ」
「えっ、そうなんですか? 三人はもうパーティなんだと思ってました」
「今までも一緒に仕事することは多かったんだけど、特に決めてたわけじゃないからね」
リーザが説明してくれた。
「でも、最近は三人で受ける仕事も増えたし、このまま組んでもいいんじゃないかって」
「なるほど」
そういえば、俺がこの三人と最初に仕事をした時も、特にパーティだとは聞いていなかった。
その後も何度か一緒になったので、ずっとそういうものだと思っていたけど、違ったらしい。
「じゃあ、これからは三人でずっと一緒に仕事をするんですか?」
「まあ、今までよりはそういう機会が増えるだろうな。どんな仕事を中心に受けるかは、これから相談するつもりだ」
ロルフが答えた。
「なるほど。いいですね」
俺がそう言うと、ネイトが少し身を乗り出した。
「で、だ」
「はい?」
「お前もどうだ?」
「……え?」
一瞬、何を聞かれたのかわからなかった。
「俺も?」
「ああ。ライアス、お前も一緒に組まないかって話だ」
ネイトは何でもないことのように言った。
俺は思わずロルフとリーザを見る。
「えっと……本当に?」
「もちろん。俺たち三人で話してたんだ」
ロルフが答えた。
リーザも頷いている。
「何回も一緒に仕事してるし、ライアスがいてくれると助かることも多いからね」
「でも、俺、戦うのはあんまり得意じゃないですよ?」
「それは知ってる」
ネイトが答えた。
「……ですよね」
「ただ、戦うだけが仕事じゃないだろ。お前がいて助かったこともあるしな」
「ああ。それに、これだけ一緒に仕事をしていれば、お互いどういう奴かもだいたいわかる」
ロルフが続けた。
「もちろん、今までとまったく同じ仕事ばかりになるとは限らん。それでも、ライアスとなら上手くやれるんじゃないかと思ってな」
「……そうですか」
思ってもいなかった話だった。
誘ってもらえるのは、素直に嬉しい。
この三人となら、町の外へ行く時も心強いし、自分一人では受けられない依頼だってできるかもしれない。
それに、何度も一緒に仕事をしているので、知らない人たちと組むよりずっと気楽だ。
ただ、パーティを組むとなると、今までとは少し違う気もする。
「あの、パーティを組んだら、どんな仕事をする予定なんですか?」
「そこはまだ細かく決めてないな」
ロルフが答えた。
「今までみたいな仕事も受けるだろうし、もう少し遠くへ行くこともあるかもしれん」
「遠くへ、ですか」
「ああ。ただ、何でも四人一緒にやるって決めたわけじゃない。俺たちだって、まだこれから相談するところだからな」
「そうなんですね」
俺は少し考えた。
町の中の仕事もあるし、リンへ帰って家や畑の様子を見ることだってある。モレルもあの家に住んでいるし、これまでどおりにしておきたいことは、いくつか思いつく。
もちろん、パーティを組んだからといって、全部できなくなるわけじゃないんだろう。
でも、どんなふうに仕事をすることになるのか、今はまだよくわからなかった。
「すぐに返事をしなくてもいいぞ」
ロルフが言った。
「俺たちも組むのはこれからだ。ライアスも考えてみてくれればいい」
ネイトも頷いた。
「そうだな。別に今日決めなくたっていいさ」
「無理にとは言わないからね」
リーザが続ける。
「もちろん、一緒に組めたら嬉しいけど」
俺は三人の顔を順番に見た。
ロルフもネイトもリーザも、俺の返事を待っている。
……どうしようかな。
この三人と一緒に仕事をするのは好きだ。
それは間違いない。
ただ、その場ですぐに決めてしまうのは、何だか違う気がした。
「あの、少し考えてもいいですか?」
俺がそう言うと、ロルフはすぐに頷いた。
「もちろん。それでいい」
「ありがとうございます」
「まあ、気楽に考えろよ」
ネイトが言った。
「俺たちと組まなくたって、また一緒に仕事はできるんだからな」
「そうですね」
「ただ、できれば一緒に組んでくれた方が嬉しいけどな」
ネイトが付け加える。
「それ、ちょっと返事しにくくなるんじゃない?」
リーザが言った。
「そうか?」
「そうだよ」
「まあ、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「……難しいですね、それ」
俺が答えると、三人が笑った。
◇
店を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「いやあ、食った食った」
ネイトが満足そうに息を吐く。
「結局、最後にもう一皿頼んでたね」
リーザが言った。
「ちょっと足りなかったんだよ」
「よく入るな」
ロルフが笑った。
俺も結構食べたつもりだったが、ネイトにはまだ余裕があったらしい。
店の前で別れることになり、俺は三人へ頭を下げた。
「今日はありがとうございました。楽しかったです」
「こっちこそ。また飯でも食おうぜ」
ネイトが言った。
「はい、ぜひ」
「パーティの話も、ゆっくり考えてね」
リーザが続ける。
「はい。考えてみます」
「じゃあ、またな」
ロルフが片手を上げ、三人は通りの向こうへ歩いていった。
俺も宿へ向かって歩き出す。
町の通りには、まだ灯りがついている店もあった。
さっきまで賑やかな店の中にいたせいか、一人で歩いていると、食器の音や三人の話し声がまだ耳に残っているような気がした。
……パーティか。
考えてみれば、冒険者になってからずっと一人で仕事を探してきた。
誰かと一緒に仕事をすることはあっても、最初から決まった仲間がいるわけじゃない。
ロルフたちと組んだら、それも変わるんだろうか。
少し考えてみたものの、まだよくわからなかった。
◇
宿へ戻ると、ボノが帳場で帳面を広げていた。
「おう。飯はどうだった?」
「美味しかったですよ。結構食べちゃいました」
「そうか。そりゃよかったな」
「はい」
「じゃあ、今日はもう寝るのか?」
「そうですね。ちょっと疲れましたし」
「おう。ゆっくり休め」
階段を上がり、部屋へ戻る。
隅には、まだ傷んだままの網が置いてあった。
明日は少し時間を取って、広げてみないとな。
そう思いながら着替えを済ませ、布団に入った。
それにしても、今日は随分長く食堂にいたな。
ネイトが料理を追加で頼んだ時は、もう俺なんか腹いっぱいだったのに。
あの人、まだ食べられるのかな。
そんなことを考えているうちに、またさっきの話を思い出した。
……パーティか。
どうするかな。
俺は寝返りを打ち、明かりを落とした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
気付けば80話まで来ました。
まだまだライアスの話は続きますので、引き続きのんびりお付き合いいただけたら嬉しいです。
次回は本編を少し離れて、幕間を挟みます。




