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地味な《聴力強化》で、今日も飯を食う  作者: 話半分


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第76話:少し邪魔したい

翌朝、目を覚まして左腕を動かしてみると、昨日よりは少し楽になっていた。


まだ強く動かすと痛むものの、普通に歩いたり、軽いものを持ったりする分にはそれほど気にならない。これなら、あと何日か休めば大丈夫そうだ。


……たぶん。


昨日はダンの工房と装備店を回っただけで、結局何も買わなかった。


新しい棒を作ってもらうことも考えたが、せっかくなら今までより丈夫なものが欲しい。かといって、重くなりすぎるのも困る。


まあ、腕が治るまでは急いで決めなくてもいいだろう。


朝飯を済ませ、少し町を歩くことにした。


仕事を受けるつもりはないが、部屋でじっとしていても暇だし、天気も悪くない。宿を出て、いつもの通りをギルドの方へ向かう。


途中、荷物を積んだ荷車が道の端に止まっていた。


大きな木箱や袋がいくつも積まれていて、二人の男が荷台の上で作業をしている。片方が荷物を押さえ、もう片方が上から網をかぶせていた。


荷物が崩れないように固定しているらしい。荷運びの仕事では何度も見かけた作業なので、特に気にせず通り過ぎようとした。


「おい、そっちもう少し引いてくれ」


「これくらいか?」


「そうそう。よし、そこで結んでくれ」


男たちの声を聞きながら歩き出したところで、ふと昨日までの仕事を思い出した。


怪我人を守るため、大きな石の横に立った時だ。


あの時は石のおかげで魔物が通れる場所が狭くなっていたから、何とか足元を邪魔することができた。


広い場所で同じことをしようとしても、たぶん無理だっただろう。魔物の方が速いし、力も強い。棒で押し返そうとしたって、俺の方が押し負けてしまう。


……だったら、最初から通れる場所を減らしておけばいいのかな。


俺は足を止め、もう一度荷車の方を見た。


男たちは網の端を荷台へ結びつけている。荷物を押さえていた方の男が手を離しても、網は木箱や袋を覆ったままだった。


もちろん、あれを魔物にかぶせられるとは思わない。


だけど、木と木の間に張ったり、道の狭いところに渡したりすれば、少しは邪魔になるんじゃないだろうか。


……いや、どうなんだろう。


魔物がそのまま突っ込んできたら、簡単に破られるかもしれない。


そもそも、魔物が来てから張る時間なんてあるのか?


そんなことを考えているうちに、男たちは作業を終えていた。


俺はまた歩き出した。


何となく気になってしまったので、ギルドで少し聞いてみよう。


◇


ギルドへ入ると、受付にはセラがいた。


いつもなら依頼票を持って並ぶところだが、今日は何も持っていない。


「あ、おはようございます、ライアスさん」


「おはようございます」


「今日はもうお仕事を探しに来たんですか?」


「いえ、まだ腕が痛いので、今日は休もうと思ってます」


「それがいいですよ。昨日も無理しないでくださいって言ったでしょう?」


「はい。ちゃんと休んでます」


セラは俺の顔を見て、少し笑った。


「それならよかったです。それで、今日はどうされたんですか?」


「あの、ちょっと聞きたいことがあって」


「何でしょう?」


俺は先ほど見かけた荷車のことを話した。


「荷物を押さえる網ってあるじゃないですか。ああいうのを、魔物の動きを邪魔するのに使えたりしないのかなと思ったんです」


「網ですか?」


「はい。魔物を捕まえるとかじゃなくて、少し動きにくくするくらいならできないかなって」


セラは少し考えた。


「そうですね……。縄を張ったり、網を使ったりする話は聞いたことがありますよ」


「やっぱり、あるんですね」


「ただ、私も詳しい使い方まではわかりません。相手の大きさや力によっても違うでしょうし」


「そうですよね」


「投げて捕まえるなら練習も必要でしょうし、下手に使うと自分たちが引っかかってしまうこともあると思います」


……それは困るな。


せっかく魔物の邪魔をしようとして、自分が転んだら意味がない。


「ライアスさんは、網を使ってみたいんですか?」


「まだわからないんですけど、ちょっと気になって」


「なるほど。でしたら、まずは普通の網がどんなものか、見てみるのもいいかもしれませんね」


「そうですね」


「でも、いきなり魔物相手に試したりしないでくださいね」


「さすがに、それはしませんよ」


俺が答えると、セラは笑った。


「前に棒の練習をした時みたいに、安全な場所で試してみるのがいいと思います」


「ああ、そうか。練習ならギルドの裏を借りられますかね?」


「使っていない時間なら大丈夫だと思いますけど、先に確認してくださいね。ほかの方も練習していますから」


「わかりました」


礼を言って受付を離れようとしたところで、ギルドマスターに声をかけられた。


「おう、ライアス。今日は仕事じゃないのか?」


「あ、おはようございます。今日は休みです」


「そうか。腕はどうだ?」


「だいぶ楽になりました。でも、まだちょっと痛いですね」


「なら、無理するなよ」


「はい」


ギルドマスターは俺を見てから、セラへ目を向けた。


「何の相談をしてたんだ?」


「ああ、網を使えないかなと思いまして」


「網?」


「魔物の動きを邪魔するのに、何か使えるものがないかなって」


ギルドマスターは少し意外そうな顔をした。


「また変わったものに目をつけたな」


「そうですかね」


「まあ、相手の動きを止めたいって考え方は悪くねえ。ただ、網を張ったからって、魔物が大人しく引っかかってくれるわけじゃないぞ」


「ですよねえ」


「特に力の強いやつなら、引きちぎってそのまま来ることもあるだろうな」


「そうなると、あんまり意味ないですかね?」


「どうだろうな。張り方や場所にもよるだろうし、俺も網を使ったことがあるわけじゃねえからな」


ギルドマスターはそう言って、俺の左腕を見た。


「ただ、やるなら腕が治ってからにしろよ。今は道具を見て回るくらいにしとけ」


「わかりました」


「それと、ほかの連中と一緒に使うなら、どこに張ったかちゃんと知らせろよ」


「ああ、そうですね」


「魔物より先に味方が転んだら、笑い話にもならんからな」


……確かに。


俺は頷いて、もう一度礼を言った。


◇


ギルドを出てから、今度は縄や袋を扱っている店へ向かった。


荷運びの仕事をしている時に、何度か前を通ったことがある。


店先には荷物を結ぶ縄や、丈夫そうな布袋が並んでいた。中を覗いてみると、網らしいものもいくつか置いてある。


「あの、すみません」


俺が声をかけると、奥から店の男が顔を出した。


「おう。何か探してるのか?」


「網を見たいんですけど」


「網? 何に使うんだ?」


「荷物を押さえるような、小さめのものが欲しくて」


男は店の奥から、畳まれた網を二つ持ってきた。


「こっちは荷車の荷を押さえるやつだ。大きめで、端を結んで使う。もう一つは少し小さい」


「広げてみてもいいですか?」


「構わんが、戻せるようにしとけよ」


「はい」


まず大きい方を見せてもらった。


網を床に置き、端を持って広げてみる。


思っていたより大きい。それに、縄でできているからか、結構重さもある。


「これ、全部広げるとかなり場所を取りますね」


「荷台にかぶせるものだからな。小さすぎたら役に立たんだろ」


「そりゃそうですよね」


男が片側を持ってくれたので、何とか全体を確かめることができた。


ただ、これを一人で広げるのは大変そうだ。


「もう一つの方は?」


「こっちは少し小さいぞ。荷物の量が少ない時に使うやつだな」


広げてみると、確かに先ほどより小さい。


それでも、両腕を広げたくらいでは端から端まで届かない。網目は少し大きめで、隙間から床がよく見えた。


……これなら、持ち歩けるかな。


大きい方より軽いし、畳めばそれほど場所は取らなさそうだ。


ただ、実際に持って歩いたらどうなるのかはわからない。


「これ、丈夫ですか?」


「荷物を押さえる分にはな。何を積むかにもよるが、普通に使ってりゃそう簡単には切れんよ」


「なるほど」


「ただ、引っ張りゃ何でも耐えるってもんじゃないぞ。使ってりゃ縄も傷むし、結び目が緩むこともあるからな」


男は網の端を持ち上げ、結び目を見せてくれた。


「ほら、この辺りだ。使う前に確認しておいた方がいい」


「わかりました」


俺は網を受け取り、何度か畳んでみた。


……あれ。


広げるのは簡単だったのに、畳もうとすると端が絡まってしまう。


引っ張ってみると、今度は別のところが引っかかった。


「おいおい、そんなに引っ張るな。余計に絡むぞ」


男が笑った。


「あ、すみません」


「こっちの端からまとめていけばいい」


言われた通りにすると、何とか元の大きさに戻すことができた。


……これ、慣れないと面倒そうだな。


値段を聞いてみると、大きい方よりは安かった。


もちろん、何も考えずに買えるような額ではないが、今の手持ちで払えないほどでもない。


どうしようかな。


本当に魔物相手に使えるのかはわからない。仮に使えたとしても、一度で破られるかもしれない。


それに、ちゃんと張れるようになるかどうかも怪しい。


俺は畳んだ網をもう一度持ってみた。


……まあ、練習くらいはできるか。


「じゃあ、こっちの小さい方をください」


「毎度あり。荷車に使うなら、端の結び方も気をつけろよ」


「はい。ありがとうございます」


代金を払い、畳んだ網を受け取った。


思っていたよりずっしりとした重さがある。それに、片手で持つには少しかさばる。


……まあ、買っちゃったしな。


とりあえず宿へ持って帰ろう。


◇


宿へ戻ると、ボノが帳場にいた。


「おう。今日は早いな」


「仕事を休んでるので」


「そうか。腕はどうだ?」


「ああ、だいぶ楽になりましたよ」


「ならいい」


ボノはそう言ってから、俺の持っているものを見た。


「……今度は何だ?」


「網です」


「そりゃ見りゃわかる」


「ですよね」


俺が笑うと、ボノも少し笑った。


「何か捕るのか?」


「まだちょっと、使い方を考えてるところです」


「そうか。まあ、部屋であんまり広げるなよ。狭いんだから」


「はい。気をつけます」


そう答えて、二階へ上がった。


部屋に入ると、壁際には昨日の棒が立てかけてあった。


ひびの入ったままなので、今日は持ち歩いていない。盾も、いつもの場所に置いてある。


俺は網を床へ下ろし、まずは広げてみることにした。


店では男が片側を持ってくれたので、それほど苦労せずに広げられた。でも、ここには俺しかいない。


片方の端を床に置き、もう片方を引っ張る。


すると、最初に置いた方がついてきてしまった。


……あれ?


もう一度広げ直す。


今度は端を足で押さえ、反対側を引いてみた。


少しは広がったが、途中で網が丸まってしまう。


「……意外と面倒だな」


仕方ないので、片側から少しずつ広げていく。網目が絡んでいるところをほどきながら引っ張っていると、端が部屋の壁へ届いてしまった。


……狭いな、この部屋。


ボノが言っていた通りだった。


全部広げようと思ったら、寝る場所まで使わないといけない。


俺は網をいったん寄せ、今度は畳んでみた。


店で教えてもらったように、端からまとめていく。


……はずだった。


ところが、途中で網目が引っかかり、引っ張ると別のところまで絡まってしまった。


何とか外して、もう一度まとめ直す。


今度は少しましになったが、最初に買った時より随分と形が崩れていた。


「……こんなものか?」


畳んだ網を持ち上げてみる。


両手なら持てる。


ただ、左手で支えようとすると腕が少し痛むので、すぐに床へ戻した。


これを持って町の外へ出るとなると、どうやって運べばいいんだろう。


荷物の袋へ入れるには少しかさばるし、外に結びつけたら歩くたびに揺れそうだ。


盾も持っていく必要がある。


それに、今の棒はもう魔物相手には使わない方がいいと言われている。新しい武器を決めたら、それも持ち歩くことになる。


俺は壁際の盾と棒を見た。


それから、床に置いた網へ目を戻す。


そういえば、棒を持ち始めた時も、仕事中に置き場所で困ったんだよな。


あの時は革紐を使って背負うようにしたけど、網も同じようにできるんだろうか。


試しに網を丸めて持ち上げ、腰の辺りへ当ててみた。


……思ったより大きい。


歩く分には何とかなりそうだが、これをつけたまま走ったら、かなり邪魔になりそうだった。


俺は網を床へ戻した。


魔物の動きを邪魔するために買ったはずなのに、自分の動きが邪魔されそうだ。


……これ、どうやって持つんだ?

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