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地味な《聴力強化》で、今日も飯を食う  作者: 話半分


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第75話:手になじむもの

アルネの町が見えてきた頃には、空が少し赤くなり始めていた。


街道で怪我をしていた男は、途中で出会った馬車に乗せてもらったので、俺たちより先に町へ着いているはずだ。無事に足を診てもらえているといいんだけど。


「ようやく帰ってきたなあ」


ネイトが大きく伸びをした。


「今日は歩いたな」


ロルフが言うと、リーザも頷いた。


「それに、途中でずいぶん時間を使ったからね」


「俺はしばらく人を運ぶ仕事は遠慮したいぞ」


「でも、ネイトさん、結構元気そうですよね」


俺が言うと、ネイトは呆れたような顔をした。


「そりゃお前、怪我人を担いでる時に疲れた疲れたって言っても仕方ないだろ」


「それはそうですけど」


「腕なんか明日になったらどうなってるかわからんぞ」


そう言って笑ったネイトの横で、俺も左腕を少し動かしてみた。


こちらも明日が心配だった。


魔物の突進を盾で受けた時から、まだ鈍い痛みが残っている。昨日までは何ともなかったのに、今日は随分と酷使してしまった。


……いや、あんな勢いでぶつかられたんだから仕方ないか。


それにしても、街道を調べるだけの仕事が、こんなに大変なことになるとは思わなかった。


町の門を抜けると、仕事帰りの人たちや、店じまいを始めている商人の姿が目に入った。


荷車が通り、人が呼び合う声も聞こえてくる。


いつものアルネだ。


俺たちがあんなに魔物に出会ったことなんて、町の人たちはまだ知らないんだろうな。


「さて、まずは報告だ」


ロルフがギルドの方を指差した。


「今日は話すことが多いから、少し時間がかかるかもしれんぞ」


「そうですね」


「あの魔物のことも、ちゃんと伝えないとな」


ネイトが言った。


俺は棒を持ち直し、三人と一緒にギルドへ向かった。


◇


夕方のギルドは、仕事を終えた冒険者たちで賑わっていた。


受付には報告を待っている人が何人かいたが、俺たちの姿に気づいたセラが軽く手を上げてくれた。


「あ、お帰りなさい。皆さん、お疲れさまでした」


「ただいま戻った。ちょっと報告したいことが多くてな」


ロルフが答えると、セラは書類を用意した。


「街道の調査ですよね。何かありましたか?」


「魔物を何匹も見かけた。それに、怪我人も見つけたんだ」


「怪我人ですか?」


セラが顔を上げた。


ロルフは、途中で荷車ごと斜面へ落ちた男を発見したことと、怪我のために歩けなかったので街道まで運び、その後アルネへ向かう馬車に乗せてもらったことを説明した。


「先に町へ向かってもらったんだが、無事に着いたかどうかまでは確認できていない」


「わかりました。そちらは確認しておきますね」


セラは書類に何か書き込み、それから俺たちを見回した。


「それで、魔物は何匹くらいいたんですか?」


「ライアス、数は覚えてるか?」


ロルフに尋ねられ、俺は指を折って数え始めた。


「最初に一匹で、その後が四匹ですよね。帰り道でもう一匹見たので、全部で六匹です」


「六匹……」


セラが少し驚いたような顔をした。


「そんなに出たんですか?」


「はい。でも、全部が襲ってきたわけじゃないです」


最初に現れた一匹は、俺たちを気にする様子もなく走り去った。


その後の四匹のうち二匹も、こちらには向かってこなかった。残った二匹とは戦うことになったが、ロルフたちが倒している。


帰り道で現れた一匹は、怪我人を運んでいる時についてきたものの、何とか追い払うことができた。


ロルフとネイトが場所や魔物の様子を説明し、リーザも補足してくれた。


「妙だったのは、最初の連中だな」


ロルフが言った。


「こっちに気づいていないわけじゃなかった。それでも、構わず走っていったんだ」


「何かに追われていたんでしょうか?」


セラが尋ねる。


「そう見えなくもなかったが、何とも言えんな」


「そうですか……」


「それと、倒した一匹には、俺たちがつけたものじゃない傷があった」


ロルフの言葉に、セラはもう一度顔を上げた。


「以前から怪我をしていたということですか?」


「たぶんな。詳しく調べたわけじゃないが、少なくとも俺たちが戦った時についた傷じゃなさそうだった」


俺もその傷は見ている。


ただ、何が原因なのかまではわからなかった。


ほかの魔物と争ったのかもしれないし、林の中で何かあったのかもしれない。


「ライアスは、ほかにも変わった音を聞いてたんだよな?」


ネイトが言った。


「ああ、そうでした」


俺は林の奥から聞こえた、あの重い音について説明した。


「何か大きなものが動いてるような音だったんですけど、結構遠かったので、何なのかはわかりませんでした」


「魔物の足音とは違いましたか?」


「少なくとも、あの四足の魔物が走る音とは違ったと思います。でも、比べられるほど長く聞こえたわけじゃないので」


「なるほど」


セラは俺の話も記録してくれた。


その後、ギルドマスターにも報告することになり、俺たちは奥の部屋へ移動した。


◇


「六匹か。随分と多かったな」


報告を聞いたギルドマスターは、机の上に広げた地図を見ていた。


ロルフが魔物を目撃した場所を示し、俺たちも覚えている範囲で説明する。


「最初に出たのが、この辺りだな。あとで四匹見かけたのが、もう少し先だ」


「帰り道の一匹は?」


「この辺りだと思う」


ロルフが別の場所を指差すと、ギルドマスターはそこにも印をつけた。


「なるほどな。同じ辺りで何度も出てるわけか」


「そうなるな」


「実は、ほかの場所からも目撃報告が来ている。数が増えているのか、移動してきているだけなのか、まだはっきりしないがな」


ギルドマスターは地図を畳まず、しばらく眺めていた。


「しばらくは、あの辺りを通る依頼にも注意を出しておくか」


「そうした方がいいと思う。今日はたまたま四人いたから何とかなったが、一人で歩いてたら危なかっただろうな」


ロルフの言葉に、俺も頷いた。


あの男も、もう少し発見が遅れていたらどうなっていただろう。


もっとも、魔物が出てくる前に見つけられたこと自体、運がよかったのかもしれない。


「ところで、その怪我人はどうやって見つけた?」


ギルドマスターが尋ねた。


「ライアスが気づいたんだ」


ロルフが答える。


「街道を歩いてたら、何かを叩く音がするって言い出してな。気になって調べてみたら、荷車と一緒に斜面へ落ちた男がいた」


「ほう」


ギルドマスターがこちらを見た。


「どんな音だった?」


「金属を叩くような音です。何回か続けて聞こえたので、誰かが鳴らしてるんじゃないかと思って」


「それで確かめに行ったわけか」


「はい。ロルフさんたちも一緒だったので」


「そうか。街道から見えないところだったんだろ? よく見つけたな」


「最初は何を叩いてるのかわかりませんでしたけどね」


「それでも、確かめに行く理由にはなったわけだ」


そう言われると、確かにそうだった。


金属を叩く音がするからといって、必ず誰かが助けを求めているわけじゃない。でも、今回は本当に人がいた。


「怪我人を運ぶ時も、ライアスが周りの音を気にしてくれてたよ」


リーザが言った。


「帰りに魔物が出た時も、先に気づいて知らせてくれたしね」


「へえ。そりゃ助かったな」


ギルドマスターがこちらを見る。


「戦いの方はどうだった?」


「ああ、それは……」


少し答えに迷った。


魔物を二匹倒したのはロルフたちだし、帰り道の一匹も、俺が追い払ったわけじゃない。


「俺は倒してませんよ。最初に戦った時は盾でぶつかられて、棒で何とか相手の向きを変えたくらいですし」


「盾でぶつかられた?」


「はい。結構な勢いで来たので、まだ腕が痛くて」


「そりゃ災難だったな。それで、帰りは?」


「怪我人の方へ魔物が来ないように、棒で足元を少し邪魔しました。そっちはロルフさんたちが追い払ってくれたので」


「なるほどな」


ギルドマスターは俺の持っている棒を見た。


「で、お前はどうだった?」


「どうって……」


「今までよりは戦えたか?」


……どうだろう。


前より落ち着いて動けたかと聞かれたら、そうでもない。盾で受けた時なんて、避ける余裕もなかった。


ただ、帰り道では怪我人がいたので、逃げるわけにもいかなかった。


「少しは動けたと思います。でも、あの魔物を一人で相手にするのは無理ですね」


「そりゃそうだろ」


ギルドマスターが笑った。


「お前一人で全部やる必要はねえんだからな」


「そうですね」


「まあ、とにかく今回は十分だ。あとはこっちで調べる。必要なら、もっと奥まで確認できる連中にも頼むことになるだろう」


ギルドマスターは地図へ目を戻した。


「俺たちはどうすればいい?」


ロルフが尋ねる。


「今回の仕事はこれで完了だ。報告をまとめてもらったら、今日はもう帰って休んでいいぞ」


「了解した」


俺たちは残りの確認を済ませ、部屋を出た。


受付へ戻ると、セラが報酬の手続きをしてくれた。


「皆さん、お疲れさまでした。今日は大変でしたね」


「ほんとにな」


ネイトが笑う。


「しばらく街道の調査は遠慮したいくらいだ」


「ふふ。そう言わずに、またお願いしますね」


「いや、少しくらい休ませてくれよ」


そんなやり取りを聞いていると、セラが俺の左腕に気づいた。


「ライアスさん、腕は大丈夫ですか?」


「ああ、魔物と戦った時に、盾で受けたところがちょっと痛くて」


「怪我したんですか?」


「大したことはないと思います。普通に動かせますし」


「動かせるからって、無理しちゃ駄目ですよ」


……また心配されてしまった。


「はい。明日は仕事を休もうと思ってます」


「それがいいと思います。痛みが続くようなら、ちゃんと診てもらってくださいね」


「わかりました」


報酬を受け取り、俺たちはギルドを出た。


外はすっかり夕方になっていた。


「さて、今日はどうする?」


ネイトが尋ねた。


「俺は飯を食って帰る」


ロルフが答える。


「私も、もう帰ろうかな」


リーザはそう言ってから、俺を見た。


「ライアスも腕、無理しないでね」


「はい。今日はもう休みます」


「それじゃ、またね」


三人と別れ、俺は宿の方へ向かった。


……腹減ったな。


そういえば、今日は昼飯も落ち着いて食べられなかった。


帰り道で何か食べていこう。


◇


食堂で夕飯を済ませてから宿へ戻ると、ボノがいつものように帳場にいた。


「おう、帰ったか。今日は遅かったな」


「ちょっと、町の外まで行ってたので」


「そうか。もう飯は食ったのか?」


「はい。帰りに食べてきました」


「ならいい」


ボノはそう言ってから、俺の持っている棒を見た。


「……そいつ、どうした?」


「ああ、これですか」


俺はひびの入った部分を見せた。


「ちょっと傷んじゃいまして」


「随分派手にやったな。仕事で使ったのか?」


「まあ、そんな感じです」


「そうか。だったら、あんまり無理に使うなよ」


「そうですね。明日、見てもらおうと思ってます」


「それがいい」


ボノはそれ以上、何をしてきたのか尋ねなかった。


俺も特に説明せず、部屋へ向かうことにした。


「それじゃ、おやすみなさい」


「おう。ゆっくり休め」


二階へ上がり、部屋に入る。


荷物を下ろし、盾も外すと、ようやく一日が終わった気がした。


左腕を少し動かしてみる。


まだ痛い。


明日は無理をしない方がよさそうだ。


俺は棒を壁際に立てかけ、寝る支度を始めた。


そういえば、この棒を作ってもらってから、どれくらい経ったんだろう。


最初は、ただ魔物から逃げるために欲しかったんだよな。


今でも、そのつもりはあまり変わっていない。ただ、最近は逃げるだけじゃ済まないことも増えてきた。


壁際の棒を見ると、ひびの入ったところが少し気になった。


……まあ、それは明日考えよう。


今日はもう疲れた。


俺は横になり、そのまま目を閉じた。


◇


翌朝、目を覚ますと、左腕の痛みは少し落ち着いていた。


ただ、強く動かすとまだ痛む。今日は外仕事を受けるつもりもないし、無理をする必要はないだろう。


朝飯を済ませてから、俺は棒を持って町へ出た。


向かったのは装備店ではなく、ダンの工房だった。


この棒を作ってくれたのはダンだ。ひびが入ったのなら、まずは作った本人に聞くのがいいと思った。


工房へ着くと、ちょうど入口の近くで木材を運んでいる人たちがいた。


邪魔にならないところで声をかけると、奥からダンが顔を出した。


「おう、ライアスじゃねえか。今日は仕事か?」


「いえ、ちょっと相談があって来ました」


「相談?」


「前に作ってもらった棒なんですけど……」


俺が棒を差し出すと、ダンはすぐに気づいたようだった。


「ああ、あれか。どうした、使いにくかったか?」


「いえ、ずっと使ってたんですけど、ちょっとひびが入っちゃいまして」


「ひび?」


ダンは棒を受け取り、傷んだ部分を確かめた。


木目に沿って入っている細い割れを指でなぞり、持つ位置を変えて何度か眺める。


「……何にぶつけた?」


「魔物です」


「魔物?」


ダンが顔を上げた。


「お前、あれで魔物と戦ってんのか?」


「えっと、まあ……倒せたわけじゃないですけど」


「そりゃそうだろうな」


ダンはもう一度棒を見た。


「どんな使い方をした?」


「足元を邪魔しようとしたんですけど、すごい力で押し返されまして。折れそうになったので引き戻したんですけど、その時に傷んだのかもしれません」


「なるほどな」


ダンは棒を軽く持ち上げ、少し考えた。


「こりゃ、このまま強い力をかけるのはやめといた方がいいな」


「やっぱり駄目ですか」


「割れが広がるかもしれん。次に同じような力がかかったら、どうなるかわからんぞ」


……やっぱりなあ。


「直せたりします?」


「表面だけの傷なら削って済むこともあるが、こいつはちょっとな」


ダンは割れの入ったところを指で押さえた。


「中までどれくらいいってるか、見ただけじゃわからん。少なくとも、お前が今までと同じ使い方をするなら勧められんな」


「そうですか……」


「何だ、気に入ってたのか?」


「はい。結構使いやすかったので」


そう答えると、ダンは少し笑った。


「そりゃよかった。持ちやすいように作った甲斐があったな」


確かに、この棒はずっと使いやすかった。


長さもちょうどよかったし、軽くて持ち歩きやすい。仕事をする時にも邪魔にならないよう、今では背中へ背負えるようにしてある。


新しいものを買うとしても、できればその辺りは変えたくなかった。


「同じような棒、また作れますか?」


「そりゃ作れるぞ。材も選べるしな」


「だったら、それでもいいのかな……」


俺が呟くと、ダンは首を傾げた。


「ただ、お前、今度も魔物に使うつもりなんだろ?」


「はい。たぶん」


「なら、同じものでいいかどうかは考えた方がいいな」


「そうですよね」


前にこの棒を頼んだ時は、猪に襲われた話をしたんだった。


あの時は、とにかく距離を作れるものが欲しかった。刃物だと使い方が難しそうだったし、槍は長くて持ち歩きにくそうだった。


それで、普通の丈夫な棒を作ってもらった。


「もう少し太くすれば、丈夫になりますか?」


「まあ、太さは一つの手だな。ただ、その分重くなるぞ。材を変えるって手もあるが、持った感じは違ってくるだろうな」


「なるほど……」


「前も言ったが、俺は木のことならわかる。けど、魔物相手にどんな武器がいいかまでは知らんぞ」


「あ、そうでしたね」


ダンは棒を返してくれた。


「前に装備店にも行ったんだろ? 戦うためのものを探してるなら、そっちでも聞いてみたらどうだ」


「はい。そうしてみます」


「それでも普通の棒がいいってんなら、また来い。木を選ぶくらいは手伝ってやる」


「ありがとうございます、ダン」


「おう。また仕事の方でも頼むぞ」


「はい。腕が治ったら、また来ます」


俺がそう答えると、ダンは俺の左腕を見た。


「……そっちも怪我してんのか?」


「ああ、ちょっと」


「何やってんだ、お前」


「俺も、そう思います」


ダンは呆れたように笑った。


◇


工房を出てから、今度は装備店へ向かった。


ここへ来るのも、随分久しぶりというわけではない。


最初に防具を探しに来てから、何度も世話になっている店だ。


厚手の手袋もここで買ったし、防具を選んだ時には棒を背負う紐の具合まで調整してもらった。今使っている小さな盾を選んだのも、この店だった。


店に入ると、奥から主人が声をかけてきた。


「いらっしゃい……おう、お前か」


「あ、こんにちは」


「今度は何だ? また盾か?」


「いえ、今日は棒の方で」


俺が持っているものを見せると、主人は少し笑った。


「そういや、お前、最初は普通の棒が欲しいって言ってたな」


「はい。あの時は木工屋を教えてもらって」


「それで作ったのか」


「そうです。ずっと使ってたんですけど、ちょっと傷んじゃいまして」


主人は俺から棒を受け取り、ひびの入った部分を確かめた。


「……結構使ったみたいだな」


「はい。魔物と戦った時にも使ってたので」


「そりゃ傷むこともあるか」


棒を返しながら、主人は壁際を指差した。


「で、今度はちゃんとした武器が欲しくなったのか?」


「そうですね。もう少し丈夫なものがないかなと思って」


「丈夫なものか。前に見た棍棒はどうだ?」


「ああ、あれですか」


そういえば、前に武器を見せてもらった時、棍棒も持ったことがあった。


片側が太くなっていて、先の方が重いものだ。


俺が普通の棒を欲しがったのは、あの形だと少し使いにくそうだったからでもある。


主人は壁から一本の棍棒を取り、俺に渡してくれた。


「ほら。覚えてるか?」


「はい。前にも持たせてもらいました」


右手で握ってみる。


やっぱり、今までの棒とは重さの感じ方が違った。片側が太くなっているせいか、持ち上げると先の方に重さを感じる。


「どうだ?」


「やっぱり、ちょっと重いですね」


「打つためのものだからな」


「そうですよね」


主人は俺の左腕に目を向けた。


「盾も使ってるんだろ?」


「はい。ただ、今日は腕が痛いので持ってきてないです」


「なら、無理して振るなよ」


「わかりました」


俺は右手だけで棍棒を少し持ち上げ、握る位置を変えてみた。


もし昨日の魔物にこれを使っていたら、どうだっただろう。


今までの棒より強く打てるかもしれない。でも、あの時みたいに足元へ素早く差し出したり、相手が動いた方向へ持ち替えたりするのは、少し難しそうだ。


俺は棍棒を主人へ返した。


「……もう少し、今の棒に近いものがいいかもしれません」


「そうか。前にも似たようなこと言ってたな」


主人は笑った。


「ただ、軽くて持ちやすくて、どんな力にも耐えられるものなんて、そう簡単にはないぞ」


「ですよねえ……」


「お前は、何をしたいんだ?」


「何を、ですか?」


「魔物を打ち倒したいのか、近づかせたくないのか。それによっても違うだろ」


……そうだよな。


前にこの店へ来た時も、似たようなことを考えた気がする。


あの時は逃げるための時間が欲しかった。


今だって、魔物を倒せるようになりたいというより、自分や仲間が危なくならないようにしたい。


昨日も、俺が魔物を倒したわけじゃない。


最初の戦いでは棒で相手の向きを変えるのが精一杯だったし、帰り道では通ってほしくないところを塞いで、足元を少し邪魔しただけだ。


でも、その間にネイトたちが近づいてきてくれた。


「……近づかせないようにしたいです。あと、足元を邪魔したり、相手が動くのを少し遅らせたり」


主人は頷いた。


「だったら、無理に先の重い棍棒にする必要はないかもしれんな」


「そうですか」


「ただし、今の棒でそれをやって傷んだんだろ? 次は丈夫さも考えないといかん」


「はい」


「長さも重さも、盾と一緒に使うなら確かめた方がいい。前に盾を選んだ時だって、持ち歩くところまで試しただろ」


「ああ、そうでしたね」


あの時は、盾を持ったまま荷物を運ぶのが思ったより大変だった。


棒も背負っているし、仕事で手を使うことも多い。だから、小ぶりな盾を選んだんだった。


今度の武器も、戦う時だけ使いやすければいいわけじゃない。


「腕が治ったら、盾を持ってもう一回来い」


主人が言った。


「その方が、実際にどれくらい扱えるか確かめやすいだろ」


「わかりました。そうします」


「それまで、そのひびの入った棒で魔物と戦うんじゃねえぞ」


「……気をつけます」


「気をつけるじゃなくて、やめとけ」


そう言われてしまった。


確かに、次に使った時に折れたら困る。


俺は主人に礼を言い、店を出た。


◇


通りへ出ると、ちょうど昼に近い時間になっていた。


午前中は棒のことで歩き回ってしまったが、今日は仕事を受けていない。腕もまだ少し痛むし、午後は休んでもいいだろう。


……さて、昼飯はどうしようかな。


近くの食堂から、肉を焼くいい匂いがしていた。


そういえば、ハジャオもまだ残ってるんだよな。


前にボノから鉄板を借りて肉を焼いた時は、思ったよりうまくできた。ただ、味にむらがあったので、次はもう少し工夫したい。


……今日は腕も痛いし、やめとくか。


俺は食堂の方へ足を向けた。


歩いていると、背中の棒が少し揺れた。


ダンに作ってもらってから、何度も使ってきたものだ。


最初は持ち歩くだけでも邪魔になることがあったし、仕事中に置き場所に困ったこともある。


紐をつけて背負うようになってからは随分と楽になったし、最近は盾も一緒に持ち歩くことに慣れてきた。


今では仕事に出る時、持っていくのが当たり前になっている。


……だからこそ、替えるとなると悩むんだよな。


もう少し丈夫なものが欲しいけど、重すぎたり、持ち歩きにくかったりするのも困る。


ダンにもう一度作ってもらうのもいいかもしれない。


ただ、装備店の主人が言っていたように、実際に盾と一緒に持ってみないとわからないこともあるだろう。


どちらにしても、まずは腕を治さないと。


そんなことを考えているうちに、食堂の前まで来てしまった。


中から聞こえてくる話し声と、肉の焼ける匂いで、ますます腹が減ってきた。


今日はここの肉料理にしよう。


昨日は何だかんだで大変だったし、少しくらいうまいものを食べてもいいだろう。


俺は背中の棒を確かめ、店の扉を開けた。

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