第70話:加減が難しい
久しぶりに、朝までぐっすり眠れた。
二晩続けて夜の見張りをしていたせいか、昨日は飯を食べたらすぐに眠くなってしまった。まだ外が明るいうちに横になった気がするが、目を覚ました時にはすっかり朝になっていた。
身体を起こして伸びをすると、背中が少し鳴った。
……やっぱり、夜は寝るものだよな。
窓の外では、もう荷車が通っている。どこかの店も営業を始めたらしく、人の声が聞こえてきた。
今日は特に仕事の予定がない。
倉庫の件は、ギルドマスターからまた頼むかもしれないと言われているが、向こうで調べている間、俺がすることはないらしい。
だったら、いつもの依頼を探してこよう。
顔を洗って朝飯を済ませ、俺はギルドへ向かった。
◇
ギルドの掲示板には、いくつか新しい依頼が貼られていた。
町の外へ出る仕事もあるが、今日はあまり遠くへ行きたくない。二晩の夜番ですっかり生活の時間がずれてしまったので、しばらくは朝から夕方まで働く仕事がいい。
荷運びの依頼を見つけ、受付へ持っていくと、セラが顔を上げた。
「おはようございます、ライアスさん」
「おはようございます。今日はこれを受けようと思って」
「あ、材木屋さんの荷運びですね。少し量が多いそうですけど、大丈夫ですか?」
「昨日は休んだので、今日は働こうかなと」
「ふふ。では、こちらで手続きしますね」
セラは依頼票を確認し、いつものように説明してくれた。
材木屋の作業場に積まれている板や薪を、指定された場所へ運ぶ仕事らしい。重いものもあるが、無理に一人で持つ必要はないそうだ。
「場所はわかりますか?」
「はい。前にも近くで仕事をしたことがあります」
「それなら大丈夫ですね。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
冒険者証を返してもらい、ギルドを出た。
久しぶりに昼間の荷運びだ。
……いや、二日ぶりくらいか。
随分長いこと夜に働いていた気がするけど、そんなに経っていないんだよな。
材木屋の仕事は、思っていたより時間がかかった。
板は大きさによって運ぶ場所が違い、薪も種類ごとに積み直す必要があった。俺は指示された場所へ何度も往復し、昼を過ぎた頃には腕が少し重くなっていた。
それでも、昨日までの見張りとは違って、身体を動かしている方が時間の過ぎるのは早い。
「おう、そっちは終わったか?」
作業を取りまとめていた男が声をかけてきた。
「はい。こっちの薪は全部運びました」
「じゃあ、残りは向こうの板だな。あれは二人で運んでくれ」
「わかりました」
近くにいた作業員と一緒に板を持ち上げ、倉庫の脇まで運んでいく。
俺一人でも持てなくはなさそうだったが、長い板は一人だと扱いにくい。曲がり角では相手の動きに合わせなければならず、途中で何度か持ち直した。
全部運び終わった時には、もう夕方に近くなっていた。
報酬を受け取り、ギルドへ戻って依頼の完了を報告する。
いつも通りの仕事だったけど、今日はこれで十分だな。
帰りに何か食材を買って帰ろう。
そう思いながら財布をしまった。
◇
その後も二日ほど、町の中の依頼を受けて過ごした。
倉庫の件については、特に連絡がない。
一度、仕事の報告に行った時にセラへ聞いてみたが、まだ調べているところだという。
俺も、また見張りを頼まれれば行くつもりではいる。ただ、昼間の仕事に戻ってしまえば、ずっと倉庫のことを考えているわけでもなかった。
三日目の夕方、いつものようにギルドへ報告に行くと、セラから声をかけられた。
「あ、ライアスさん。そういえば、先日の見張りのお仕事なんですけど」
「はい?」
「倉庫の方から連絡がありまして、今回の依頼はこれで終了になりました」
「えっ。そうなんですか?」
「はい。こちらが二晩分の報酬になります」
セラは書類を取り出し、貨幣を数え始めた。
俺は少し驚いてしまった。
依頼が終わったということは、もう見張りに行かなくていいんだろうか。
「倉庫の方は、もう大丈夫なんですか?」
「そう聞いていますよ。詳しいことは私もまだ聞いていないんですけど」
「犯人が見つかったとか?」
「どうなんでしょう。あ、ギルドマスターならご存じだと思います」
そう言ってセラが奥を見た時、ちょうどギルドマスターが通りかかった。
「ん? 何だ?」
「ライアスさんに、倉庫の依頼が終わったことをお伝えしていたんです」
「ああ、その件か」
ギルドマスターは俺を見ると、少し笑った。
「捕まったそうだぞ。盗んでたやつ」
「えっ、本当ですか?」
「ああ。倉庫で働いてた男だったそうだ」
やっぱり、中の人だったのか。
「どうやって見つけたんですか?」
「前に、作業記録を調べるって話をしてただろ。あれを確認したらしい」
「はい」
「裏口を誰が通ったかまでは記録してなかったそうだが、誰がどの仕事をして、いつ頃まで残ってたかはわかったんだと」
「へえ……」
「それで、荷物が減ってた日の記録を見直してみたら、何度か遅くまで残ってる男がいたらしい」
「じゃあ、その人が?」
「いや、それだけで犯人とは決められねえだろ。倉庫の方でも気になったらしくてな、しばらく様子を見てたそうだ」
ギルドマスターは腕を組んだ。
「そうしたら、作業の終わり頃に、そいつが箱から品物を取り出して、自分の包みに入れてるところを見つけたんだと」
「……ああ」
それなら、間違いなさそうだ。
「倉庫の人間が声をかけたら、何度か持ち出したことも認めたそうだ。前に減った分まで全部そいつの仕業かは、まだ確認中らしいがな」
「そうだったんですか」
「こっちにも、もう見張りは必要ないって連絡が来た。あとは倉庫の方で調べるそうだ」
なるほど。
「じゃあ、裏口の錠も、その人がやってたんですか?」
「そいつはまだはっきりしねえな。何であんな掛け方になってたのか、詳しいことまでは聞いてねえ」
「そうですか……」
「ただ、裏口の確認は引き続き二人でやるそうだ。それに、ほかの出入りも見直すって話だったな」
ギルドマスターはそう言ってから、俺の方を見た。
「お前も二晩ご苦労だった。あの時知らせてもらったおかげで、裏口のおかしなところにも気づけたからな」
「いえ。俺も何の音かわからなかったですし」
「それでも仕事は仕事だ。報酬はちゃんと受け取っとけよ」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、俺は戻るぞ」
ギルドマスターは片手を上げ、そのまま奥へ引っ込んでいった。
俺はしばらく、その後ろ姿を見送った。
……捕まったのか。
あの夜、俺が聞いた音が何だったのかは、結局わからない。
でも、倉庫で盗みをしていた人が見つかったなら、ひとまず仕事は終わりということなんだろう。
「ライアスさん、こちらをお願いします」
セラに呼ばれ、受付へ向き直った。
「はい」
「今回の報酬です。二晩分ですので、金額を確かめてくださいね」
差し出された貨幣を数え、財布へしまう。
夜の仕事だったこともあって、普段の荷運びよりはいい額になっていた。
「ありがとうございます」
「お疲れさまでした。今回は変わったお仕事でしたね」
「そうですね。ずっと座ってるだけっていうのも、案外疲れるんだなと思いました」
「ふふ。それはそうかもしれませんね」
セラは書類に印をつけ、依頼の控えを片づけた。
「では、これで完了です。また何かお仕事がありましたら、よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
……さて。
これで倉庫の仕事も終わりか。
明日は何をしようかな。
そう考えながら掲示板の方を振り返ったが、もう夕方だ。新しい依頼があっても、受けるのは明日でいいだろう。
俺はギルドを出て、市場の方へ向かった。
◇
市場では、ちょうど店じまいを始めているところだった。
肉屋の前を通ると、店主が残った肉を片づけている。
そういえば、ベルドで買ったハジャオがまだ残ってたな。
豆の煮物に入れてみた時は、悪くなかったけど、あまり上手くできたとも言えなかった。
今度は肉で試してみたい。
「すみません。その肉、まだ買えますか?」
店主が顔を上げた。
「おう。どのくらいだ?」
「一人で食べる分くらいでいいんですけど」
「なら、この辺りでどうだ?」
出されたのは、少し薄めに切られた肉だった。
値段を聞いてみると、それほど高くない。
「じゃあ、それをください」
肉を包んでもらい、代金を払う。
ついでに野菜も少し買い、宿へ戻ることにした。
宿へ着くと、ボノが帳場にいた。
「おう、お帰り」
「ただいま戻りました」
「今日は買い物か?」
「はい。ちょっと肉を焼いてみようと思って」
ボノは俺の持っている包みを見た。
「焼くなら、いつもの小鍋じゃやりにくいだろ」
「そうなんですよね。何か使いやすいものってありますか?」
「鉄板ならあるぞ。小さいやつだけどな」
「借りてもいいですか?」
「構わんよ。使ったら洗って戻してくれ」
「ありがとうございます」
ボノは奥から小さな鉄板を出してくれた。
片手で持てるくらいの大きさで、これなら肉を焼くのにちょうどよさそうだ。
「焦がすなよ」
「……気をつけます」
「ははっ。まあ、失敗して覚えりゃいいさ」
ボノに礼を言い、買ってきた肉と鉄板を持って、以前教えてもらった火を使える場所へ向かった。
今までは小鍋で豆や野菜を煮ることが多かったけど、今日は肉を焼く。
鉄板を温め、肉を広げてみると、思っていたより早く焼け始めた。
慌てて裏返すと、片側には少し濃い焼き色がついている。
……危なかった。
焦がすなって言われたばかりなのに、危うく焦がすところだった。
火から少し離し、残りも焼いていく。
問題は、ハジャオをどれくらい入れるかだ。
前に豆を煮た時は、少しのつもりでも随分香りが強くなってしまった。
今回は慎重に、ほんの少しだけ振りかけてみる。
焼けた肉から、いい匂いがしてきた。
……おお。
これは、なかなかよさそうだ。
皿へ移して、ひと切れ食べてみる。
肉の脂と一緒にハジャオの香りが広がり、後から舌が少しじんとした。
「……うまいな」
思わず声が出た。
ベルドの食堂で食べたものとは違うけど、これはこれでいい。
ただ、もう少し塩を入れてもよかったかもしれない。
次はそうしてみよう。
残った肉を食べながら、今日受け取った報酬のことを考えた。
二晩の見張りで、思ったよりまとまった額になった。
大きな怪我もしなかったし、耳の調子も変わっていない。
……まあ、悪くない仕事だったのかな。
でも、夜中にずっと起きているのは、できればしばらく遠慮したい。
明日はまた、普通の依頼を探そう。
肉をもうひと切れ口に運んだところで、ハジャオの香りが急に強くなった。
……あれ。
さっきのところより、随分刺激があるな。
どうやら、上手く均等には振りかけられていなかったらしい。
俺は水をひと口飲み、皿に残った肉を見た。
次は、最初から調味料を混ぜておいた方がいいのかもしれない。
……料理も、なかなか難しいな。




