↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地味な《聴力強化》で、今日も飯を食う  作者: 話半分


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/83

第68話:聞こえなかっただけ

昨日、ギルドからの帰りに豆を買った。


ベルドで買ってきたハジャオを少し入れて煮てみたのだが、これがなかなか難しかった。


ほんの少し入れたつもりだったのに、思ったより香りが強い。慌てて豆を足したものの、結局いつもの煮物とは随分違う味になってしまった。


まずくはなかった。ただ、食堂で食べたハジャオ焼きとは、まるで別物だった。


……まあ、あっちは肉料理だしな。


残りは今日の朝飯に食べた。冷めてから温め直すと、昨日よりも香りが落ち着いた気がする。まだ包みには随分残っているし、次は肉で試してみようか。


そんなことを考えながら、俺は小鍋を洗って片づけた。


今日は夜から仕事がある。


昨日ギルドマスターに頼まれた、倉庫の見張りだ。


見張りといっても、倉庫の前に立つわけではない。少し離れたところから音を聞いて、怪しいことがあれば知らせるだけらしい。


簡単そうにも聞こえるが、実際にどのくらい聞こえるのかは、まだわかっていない。


そもそも昨日は、魔力の話でずいぶん頭がいっぱいになってしまった。


特性には魔力が関わっていて、俺も知らないうちに使っていたらしい。


……らしい、というのが何とも頼りない。


セラにいろいろ教わったものの、自分で魔力を使っている感覚は相変わらずなかった。


耳を澄ませたり、少し力を抜いたり。言葉にすると簡単そうだけど、何をどう変えればいいのか、いまひとつわからない。


まあ、今夜いきなりできるようになるとも思えないしな。


とりあえず、夜に備えて昼間のうちに休んでおこう。


俺は洗った小鍋を置き、部屋へ戻った。


◇


夕方、ギルドへ向かった。


昨日と違って、今日は最初から仕事をするつもりで来ている。棒と盾もいつも通り持ってきたが、今回はどちらも使わずに済むといい。


受付へ行くと、セラが書類を整理していた。


「こんばんは、ライアスさん」


「こんばんは。見張りの件で来ました」


「はい。聞いています。ギルドマスターが奥で待っていますよ」


「ありがとうございます」


案内されて奥へ進むと、ギルドマスターとミレアさん、それから見覚えのある男がいた。


昨日の倉庫の責任者だ。


「おう、来たか」


「はい。よろしくお願いします」


「こっちこそ頼む。まず、今夜の段取りを説明しておくぞ」


机には倉庫の周りを描いた簡単な図が置かれていた。


建物の位置と道が描かれていて、そのうちの一つに印がついている。


「ここが倉庫だ。表の通りは夜でも多少人が通る。裏側にも細い道があるが、こっちはあまり使われていないそうだ」


「はい」


「お前には、少し離れたこの辺りにいてもらう」


ギルドマスターが指したのは、倉庫から直接は見えない場所だった。


近くには別の建物があり、その裏側に、通りから入り込める狭い空間があるらしい。


「倉庫を見張っているようには見えない場所ですね」


「そういうことだ。昨日も言ったが、倉庫の前にお前が立ってたら意味がねえからな」


「はい」


「それと、お前とは別に、何人か近くで待機させる。怪しい音がしたら、そっちへ知らせてくれ」


「俺が直接、犯人を捕まえるわけじゃないんですよね?」


「当たり前だ。相手が何人いるかもわからんのに、一人で突っ込まれちゃ困る」


そこは昨日も念を押された。


俺だって、進んで捕まえに行くつもりはない。


「知らせる時はどうすればいいんですか?」


「お前の待機場所から少し戻ったところに、こっちの人間を置く。何か聞こえたら、そこまで戻って小声で伝えろ。倉庫には近づくなよ」


「わかりました」


「それから、音がしたからって、すぐに犯人だと決めつけるな。何が聞こえたのか、そのまま伝えてくれればいい」


「はい」


「今夜はどこまで聞こえるかも確かめたい。無理に全部の音を拾おうとしなくていいからな」


ギルドマスターはそう言って、俺の方を見た。


「昨日、セラに何か教わったんだろ?」


「はい。いろいろ教えてもらいました」


「なら、少しは役に立ちそうか?」


「……それは、まだわからないです」


「ははっ。そうか」


笑われてしまったが、本当のことだから仕方がない。


せめて、昨日より少しは自分の耳のことがわかればいいんだけど。


◇


夜になってから、俺たちは別々にギルドを出た。


倉庫の責任者は先に帰り、ギルドマスターも別の用事があるように振る舞いながら出ていった。


俺は少し時間を置き、指定された場所へ向かった。


町の通りにはまだ明かりのついている店があったが、昼間に比べれば人通りはずっと少ない。


どこかの店の前では、片づけをしているのか、木箱を積むような音がしていた。少し先では荷車が石に乗り上げたらしく、車輪が一度大きく跳ねてから、ゆっくり遠ざかっていく。


倉庫のある方へ直接向かわず、一本手前の道を曲がった。


さらに細い道へ入ると、建物の陰に二人の男が待っていた。


どちらもギルドから来た人らしい。


「ライアスだな?」


「はい」


「話は聞いてる。俺たちはこの角の先で待つから、何かあったらここまで戻って知らせてくれ」


男はそう言って、道の奥を指した。


「あの建物の陰が、お前の場所だ。そこから先は倉庫の裏手になるが、勝手に近づかないようにな」


「わかりました」


「それじゃ、頼んだぞ」


二人と別れ、教えられた場所へ向かった。


建物の裏側には雨を避けられそうな軒があり、その下に腰を下ろせる場所があった。倉庫そのものは、ここからは見えない。


本当に、こんなところから聞こえるんだろうか。


少し不安になったが、今さら仕方がない。


壁に背を預け、荷物を足元へ置いた。


今夜の俺の仕事は、ここから倉庫の方へ耳を向け、何か変わった音がしたら知らせることだ。


……さて。


まずは、どんな音が聞こえるのか確かめてみよう。


耳を澄ませると、表通りの方から話し声が聞こえてきた。


男が二人、何か話しながら歩いているらしい。声はだんだん小さくなり、やがて聞き取れなくなった。


その向こうでは、硬いものがいくつか重なる音がした。食器だろうか。誰かが片づけでもしているのかもしれない。


どちらも倉庫とは違う方向だ。


俺は建物の位置を思い出しながら、そちらへ意識を向けてみた。


……静かだな。


人がいなくなった倉庫なんだから、当たり前なのかもしれない。


もう少し集中すれば、何か聞こえるだろうか。


耳を澄ませてみると、今度は通りの奥から子どもを呼ぶ声が聞こえた。何か返事をしているようだが、言葉まではわからない。


そのうち、声は聞こえなくなった。


……ああ、そっちじゃない。


倉庫の方を聞きたいんだけど。


壁の向こうへ意識を戻そうとして、身じろぎした時だった。


ザリッ、とすぐ近くで何かが擦れた。


思わず振り返ったが、そこには誰もいない。


もう一度同じ音がして、ようやく気づいた。壁に背中を寄せたせいで、棒を留めている革紐が擦れていたのだ。


……自分の音か。


俺は少しだけ壁から離れ、座り直した。


そういえば、セラは無理に全部聞こうとしなくていいと言っていた。


前に夜番をした時は、ずっと周囲の音を聞こうとして、結局耳鳴りがするほど疲れてしまったんだった。


今回は同じことにならないようにしないとな。


しばらく耳を澄ませるのをやめて、普通に過ごしてみる。


何かが聞こえなくなるわけではない。風が建物の間を抜ける音も、人が通りを歩く音も、耳には入ってくる。ただ、さっきほど一つひとつの音が気にならなくなったような気はした。


これが特性を弱めているということなのか、それとも単に集中していないだけなのか。


考えても、やっぱりわからなかった。


そのまましばらく過ごし、もう一度倉庫の方へ耳を向ける。


通りの人声は少なくなってきたが、完全に静かになったわけではなかった。時々、遠くから足音や物を動かす音が聞こえてくる。


その中で、短く硬い音がした。


何かがぶつかったような音だ。


俺は少し体を起こした。


今のは倉庫の方だっただろうか。


しばらく待ってみたが、続きは聞こえてこない。


気のせいかと思い始めた頃、また小さく鳴った。


今度は二度続いた。


金属が触れ合うような、軽い音だった。


……何だ?


荷物を動かしているにしては、それ以外の音がしない。


俺は音がした方へ意識を向け、もう少し待ってみた。


すると、今度は少し長く、何かが揺れているような音がした。


思っていたより近いところから聞こえているらしい。


そっと立ち上がり、周囲を確かめる。


向かいの建物の軒先に、小さな木の看板が吊られていた。


風が吹くたびに看板がわずかに動き、吊り金具が触れ合っている。


……あれか。


ここからでも見える場所にあったのに、音だけを聞いている時は、もっと遠くから聞こえたような気がしていた。


建物に囲まれていると、思ったほど方向がはっきりしないらしい。


俺はまた元の場所へ戻った。


あの音に気づけたのはいいけど、倉庫とは全然関係なかったな。


さっきまで荷物を動かす音かもしれないと思っていたのが、少し恥ずかしい。


……まあ、誰にも言ってないからいいか。


夜が深くなるにつれ、通りを歩く人の気配も減っていった。


少し冷えるし、何より何もすることがない。


持ってきたパンを少し食べ、水を飲んだ。夕飯は済ませてきたのに、こうして座っていると妙に腹が減る。


今夜は倉庫から離れているうえに、何かあったら別の場所で待っているギルドの人たちへ知らせなければならない。


以前の夜番と同じように耳を使う仕事だが、随分勝手が違った。


俺は一度立ち上がり、固くなった足を少し動かした。


身体を動かしたついでに周りを見渡すと、通りの明かりもほとんど消えている。


こんなに静かなら、倉庫の中で荷物を動かせば何か聞こえるんじゃないだろうか。


そう思って耳を澄ませたが、風の音に混じって聞こえるのは、時々遠くを通る人の足音くらいだった。


……やっぱり、何もないのかな。


ただ、無理をして耳鳴りを起こしてしまったら、いざという時に困る。


俺はしばらく音を聞き、変わったことがなければ意識を別のことへ向けるようにした。そうして少し休んでから、また耳を澄ませる。


それで特性を調節できているのかは、相変わらずわからない。


ただ、今のところ耳鳴りはしていなかった。


もっとも、昨日から意識し始めたばかりで、急に何かが変わるとも思えないけど。


夜が明けるまで、何度か倉庫の方へ耳を向けた。


けれど、荷物を引きずるような音も、何かを積み下ろすような音も、結局聞こえてこなかった。


◇


空が少し明るくなり始めた頃、待機していた男がこちらへやってきた。


「お疲れさん。どうだった?」


「……特に変わった音は聞こえませんでした」


「何も聞こえなかったか?」


「通りの方からは荷車の音も聞こえましたし、近くの看板が揺れる音なんかも聞こえたんですけど、倉庫で何か動いてるような音は……」


「そうか」


男は頷いた。


「とりあえず、こっちでも怪しいやつは見かけてない。倉庫の荷物は、明るくなってから確認するそうだ」


「わかりました」


「もう帰っていいぞ。報告はこっちでしておくから、今日は休んでくれ」


「はい。ありがとうございました」


俺は荷物をまとめ、男に礼を言ってその場を離れた。


結局、一晩何も起きなかった。


……いや、何も聞こえなかっただけかもしれない。


その違いは、今の俺にはわからなかった。


◇


翌日、昼近くになってからギルドへ向かった。


昨夜の仕事は終わっているが、倉庫の様子が気になっていた。


受付でセラに声をかけると、少し驚いた顔をされた。


「ライアスさん。もう起きて大丈夫なんですか?」


「はい。少し寝てきました」


「昨夜はお疲れさまでした。耳の調子はどうですか?」


「今のところ大丈夫です。前みたいな耳鳴りもしてません」


「それならよかったです」


セラはほっとしたように笑った。


「倉庫の方は、どうだったんですか?」


「今朝、確認したそうですが、荷物は減っていなかったそうですよ」


「そうですか……」


やっぱり、何も起きなかったのか。


「ギルドマスターはいますか?」


「はい。少しお待ちくださいね」


しばらくすると、ギルドマスターが奥から出てきた。


「おう、ライアス。昨日はご苦労だったな」


「はい。あの、何も聞こえなかったんですけど……」


「聞いてる。倉庫の荷物も無事だったそうだ」


「俺がいるの、気づかれてたんですかね?」


そう尋ねると、ギルドマスターは少し考えた。


「その可能性もあるな」


「やっぱり……」


「ただ、毎晩必ず盗みに来るとは限らんだろ。見張りをなくした時だって、すぐに減ったわけじゃない」


「そうなんですか?」


「ああ。だから、一晩何もなかっただけじゃ、何とも言えねえよ」


なるほど。


確かに、相手がいつ来るかなんてわからない。


「それに、お前もまだどこまで聞こえるかわかってねえんだろ?」


「はい」


「だったら、もう少し試してみるしかねえな。今夜は待つ場所や入り方を少し変えてみようと思ってる」


「わかりました」


「昨夜の場所だと、倉庫の方はどんな具合だった?」


「正直、よくわかりませんでした。近くの看板の音を、もっと遠くから聞こえたと思ったくらいなので」


「看板?」


俺が説明すると、ギルドマスターは少し笑った。


「そりゃ、なかなか難しそうだな」


「はい。建物が多いと、どっちから聞こえるのか迷うことがありました」


「そうか。そいつも考えて場所を決めた方がよさそうだ」


ギルドマスターは頷き、少し考えるような顔をした。


「それより、耳は大丈夫なんだな?」


「はい。今回は、ずっと聞こうとしないようにしてました」


「そうか。それならいい」


そう言って、ギルドマスターは俺の肩を軽く叩いた。


「じゃあ、今夜も頼むぞ。詳しい場所は、夕方に来た時に伝える」


「はい」


返事をしたものの、少し気になっていることがあった。


昨夜、俺が聞こうとしていたのは、倉庫の中の音だった。


でも、本当にあそこまで音が届いていたんだろうか。


……わからないな。


俺はギルドマスターにもう一度礼を言い、受付を離れた。


とりあえず、帰ってもう少し寝ておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。