第67話:使っていたらしい
「……わかりました」
セラはそう答えたものの、少し困ったような顔をしていた。
何を頼まれたんだろう。
俺が首を傾げていると、ギルドマスターがこちらを見た。
「まずはセラに基本的なことを教わってくれ。こっちは倉庫の件をもう少し詰めておく」
「はい。でも、俺は何をすれば……」
「だから、それを教わるんだよ」
そう言って、ギルドマスターはミレアさんと倉庫の男を連れて会議室を出ていった。
残された俺は、セラと顔を見合わせた。
「……すみません。何だか面倒なことになってしまって」
「いえ。ライアスさんが謝ることじゃありませんよ。私も、特性のことはもう少しご存じだと思っていましたから」
「自分の特性が《聴力強化》だってことは知ってますよ?」
「はい。ただ、使い方についてはほとんど教わっていなかったんですよね」
「そうですね。そもそも習うものだと思ってませんでした」
セラは笑い、向かいの椅子に座った。
「では、基本的なところからお話ししましょうか」
俺も椅子を引き、座り直した。
「まず、ライアスさんは魔力について、どのくらい知っていますか?」
「魔力ですか?」
改めて聞かれると、困ってしまう。
魔力という言葉は知っている。魔法を使う人がいることも知っているし、実際に使うところも見たことがある。
ただ、魔力について何か説明しろと言われたら、何を言えばいいんだろう。
「……魔法を使う時に必要なもの、ですかね?」
「はい。それも間違いではありません」
「でも、魔法を使ってない俺も、魔力を使ってるんですよね?」
「そうです。魔力は魔法だけでなく、特性の働きにも関わっています」
「じゃあ、魔法と特性って何が違うんですか?」
「そうですね。魔法は魔力を使って水や土を動かすなど、実際に何かの現象を起こすものです。一方、特性はその人が持っている固有の働きですね。魔法に関わる特性もありますよ」
「魔法に関わる特性……ああ、エルナさんの《土魔法適性》とかですか?」
「はい。そういうものですね」
エルナさんが道の土を動かしていた時のことを思い出す。
あれも魔力を使っていたわけか。
「それじゃあ、俺の《聴力強化》も、魔力を使って耳をよくしてるってことですか?」
「そう考えてもらって構いません。ただ、具体的にどう働いているのかは、特性によって違いますから」
「なるほど……」
魔力。
そう言われても、やっぱり何かを使っている感じがしない。
「ライアスさんは、ほかにどんな特性を知っていますか?」
「ほかの特性ですか?」
「はい。今までに聞いたことのあるものでも、実際に見たことのあるものでも構いませんよ」
改めて聞かれると、意外と出てこない。
「えっと……《筋力強化》ですかね。さっきギルドマスターも話してましたし」
「そうですね。どんな特性かわかりますか?」
「筋力が強くなる……ですよね?」
「はい。ただ、普段からずっと最大の力が出ているわけではありません。必要な時に強く使ったり、普段は抑えたりするんです」
ガイルさんも《筋力強化》だったはずだ。
剣を振っているところは何度も見たけど、あの時も特性を使っていたんだろうか。
「ほかにはありますか?」
「《持久力強化》も知ってます。フェンさんがそうでした」
「どんな特性でしたか?」
「疲れにくくなる、でしたっけ。でも、まったく疲れなくなるわけじゃないって言ってました」
「そうですね。特性を使っても、何でもできるようになるわけではありませんから」
「あとは……《硬化》もありましたね」
「ええ。身体を硬くする特性ですね」
デインさんが持っていた特性だったはずだ。
大きな盾を使っていた姿はよく覚えているが、《硬化》のことまではあまり聞かなかった気がする。
「ほら、ほかにもひとつ、ライアスさんがよく知っているものがありますよ」
「え?」
「最初に自分の特性を知った時です」
「……ああ、《鑑定》ですか」
「そうです」
あの時は銀貨五枚も払ったんだったな。
鑑定士に《聴力強化》だと教えてもらったことで、自分の耳に名前がついたような気がした。
あれから随分いろいろな仕事をしてきたけど、魔力のことなんて、考えたこともなかった。
「こうしてみると、結構いろいろな特性を知っていたんですね」
「はい。ライアスさん、思っていたよりたくさんご存じじゃないですか」
「そうですかね?」
言われてみれば、確かにいろいろな人と会ってきた。
ただ、誰がどんな特性を持っているのか、そこまで気にしたことはなかった気がする。
ガイルさんやフェンさんたちと一緒に仕事をした時も、誰が何を担当しているかは覚えているけど、特性については聞き流していたことが多い。
そもそも、他人の特性って気軽に聞いていいものなんだろうか。
「あの、特性って人に聞いてもいいんですか?」
「名前を聞くくらいなら、特に珍しいことではありませんよ。仕事をするうえで、自分から話す方もいますから」
「そうなんですね」
「ただ、どんなことができるのか、どこまで使えるのかは、あまり話したくない方もいると思います」
それもそうか。
俺だって、どこまで聞こえるかと聞かれても、さっきは答えられなかったしな。
……あれ?
「そういえば、セラさんも特性ってあるんですよね?」
「はい。もちろんありますよ」
考えてみれば、セラとは何度も話しているのに、そんなことを聞いたこともなかった。
「ちなみに、聞いてもいいですか?」
「ふふ。《味覚強化》です」
「味覚強化?」
「はい。簡単に言うと、味を普通の人よりも敏感に感じられる特性ですね」
「へえ。それって、結構いい特性じゃないですか?」
「そうですか?」
「だって、うまいものがもっとおいしく感じられるってことですよね?」
セラは少し笑った。
「そう思いますよね。私も最初はそう思ったんですけど、実際はちょっと扱いづらいんですよ」
「そうなんですか?」
「例えば、辛い料理を食べた時に魔力を込めすぎると、辛さまで強く感じてしまうんです。ほかの味を楽しむどころじゃなくなることもあって」
「……ああ」
昨日食べたハジャオ焼きを思い出した。
あれでも結構、舌がじんとしたんだよな。
あの刺激がもっと強くなったら、確かに食べるのが大変そうだ。
「味の細かな違いがわかるのは便利なこともありますけど、普段の食事でそこまで強く感じる必要もないでしょう?」
「確かに、そうかもしれませんね」
「だから、正直なところ、ほとんど使わないくらいでちょうどいいんです」
「もったいなくないですか?」
「そうでもないですよ。ライアスさんだって、特別に意識しなくても、ほかの人より耳がいいですよね?」
「はい。そうですね」
「私も同じです。何もしなくても、人より少し味に敏感みたいなので、それで十分なんです。むしろ、必要もないのに強くしないようにしてます」
「なるほど……」
強くするんじゃなくて、強くしないようにするのか。
「じゃあ、セラさんは自分で調節できるんですね」
「多少は、ですけどね。最初からできたわけではありませんよ」
「それだけ味がわかるなら、料理人になろうとは思わなかったんですか?」
「うーん……私、人より味に敏感な分、細かいところまで気になっちゃうんです」
セラは少し困ったように笑った。
「料理まで始めたら、きっといろいろこだわりすぎて疲れちゃうと思うんですよね」
「なるほど」
「それに、私、作るより食べる方が好きなんです」
「ははっ。それはわかります」
「ライアスさんも食べるのはお好きですもんね」
「はい。結構好きですね」
「ふふ。知ってます」
そんなに食べ物の話をしていただろうか。
……まあ、結構していたかもしれないな。
「でも、セラさんの話を聞くと、特性って強く使えばいいものでもないんですね」
「そうですね。何でも強くすれば便利になる、というわけではありませんから」
「俺の耳もそうなんでしょうか」
「どうでしょう。ただ、今までずっと耳を使ってきたんですから、ライアスさんも知らないうちに加減していたのかもしれませんよ」
「……そう言われても、全然わからないです」
セラは少し考えてから、こう尋ねた。
「ライアスさん、遠くの音を聞こうとする時はどうしていますか?」
「どうって……耳を澄ませます」
「では、何も気にせずにいる時と、耳を澄ませている時では、違いはありませんか?」
「ありますけど……それって普通じゃないですか?」
「もちろん、誰でも気になる音へ注意を向けることはあります。でも、ライアスさんの場合は、それに特性の働きが関わっているかもしれません」
俺は腕を組んだ。
確かに、遠くの音を聞こうとすることはある。何か気になる音があれば、そちらへ意識を向けるし、聞こえた音が何なのか確かめようとする。
でも、それを魔力を使っていると言われても、どうにも実感が湧かない。
「魔力って、使う時にわかるものなんですか?」
「人によって感じ方は違うと思います。私の場合も、最初から何をしているのか全部わかっていたわけではありませんから」
「そうなんですか?」
「はい。特性があるとわかっても、それをどのくらい使っているのか、すぐに説明できるとは限らないんです。私も、使いすぎないようにするのは少しずつ覚えました」
「なるほど……」
今まで耳を澄ませていた時にも、自分では気づかないうちに何かをしていたんだろうか。
そう考えてみると、少し不思議だった。
そもそも、魔力という言葉には何となく覚えがある。
読み書きや計算は、こちらで覚え直す時にも、前からやっていたような感覚があった。
でも、魔力は違う。言葉は知っているのに、自分で使った覚えがまるでない。
……何でだろうな。
考えてみても、やっぱりよくわからなかった。
「ライアスさん?」
「あ、はい」
「どうかしました?」
「いえ。ちょっと考え事をしてました」
セラはそれ以上聞かず、話を戻してくれた。
「今まで、耳を使っていて困ったことはありませんでしたか?」
「困ったこと、ですか?」
「はい。聞こえすぎてしまったとか、疲れてしまったとか」
それなら、ひとつ思い当たることがある。
「あ、そういえば……前に夜の見張りをした時、ずっと周りの音を聞いてたら、頭が重くなって、耳鳴りがしたんですよ」
「夜の見張り……ああ、ありましたね」
セラも覚えていたらしい。
「あの時は、耳を使いすぎたんだろうと思ってたんですけど。もしかして、魔力を使いすぎたとか、そういうこともあるんですか?」
「長く特性を使い続けたことが、負担になった可能性はありますね」
「やっぱりそうなんですか」
「ただ、疲れの原因が全部それだったかどうかはわかりません。ずっと集中していれば、それだけでも疲れますから」
確かにそうだ。
あの時は、できるだけ多くの音を聞こうとしていた。
夜の間ずっと耳を澄ませていたし、少しでも気になる音があれば、何なのか確かめようとしていた。
翌日は耳の調子が悪くて、仕事を休んだんだったな。
「でも、途中で少し楽になったことはあったんです」
「どんな時ですか?」
「何か別のものを見たり、ひとつの音ばかり追いかけないようにしたりした時です。そうすると、周りの音があまり気にならなくなったような……」
「それなら、その感覚を覚えておくといいかもしれませんね」
「今のが、特性を弱めるってことなんでしょうか?」
「どうでしょう。似たことをしていたのかもしれません」
セラはそう答えてから、少し笑った。
「少なくとも、今度の見張りでは、最初から最後までずっと耳を澄ませ続けるのはやめておきましょうね」
「はい」
……今度の見張り。
そういえば、結局この話は倉庫の見張りをするためだったな。
魔力の話で、すっかり忘れかけていた。
◇
しばらくすると、会議室の戸が開き、ギルドマスターが戻ってきた。
「どうだ。何かわかったか?」
「えっと……自分が魔力を使ってるらしいことは、何となく」
「らしい、か」
ギルドマスターが笑った。
「まあ、今まで何も知らずに使ってきたんだから、いきなり全部わかるわけもねえか」
「はい。正直、まだよくわからないです」
「それで、耳の使い方はどうなんだ?」
今度はセラが答えた。
「今日は基本的な話をしていました。ライアスさんは、今まで無意識に耳を使ってきたみたいなので、まずはそこを理解するところからですね」
「そうか」
ギルドマスターは頷いた。
「なら、そっちは少しずつ覚えていくしかねえな。とりあえず、今回の仕事でできることを考えよう」
そう言って、椅子を引いて腰を下ろした。
「倉庫の方とは話がついた。見張りのやり方を少し変えてみることになった」
「俺が遠くから聞くんですよね?」
「ああ。ただ、倉庫の近くであれこれ試すつもりはねえ」
「どうしてですか?」
「犯人に見られたら困るだろ。何か調べてるって知られたら、また出てこなくなるかもしれん」
……確かに。
見張りがいると犯人が来なくなるんだから、こちらが何か準備していることも知られない方がいいんだろう。
「だから、どこで待つかはこっちで考える。お前には倉庫から少し離れた場所にいてもらうつもりだ」
「そこで音が聞こえるか、ですか」
「そういうことだ。周りの建物や道の様子はこっちでも確かめておくが、実際にどこまで聞こえるかは夜にならんとわからん」
「……聞こえなかったら、どうするんですか?」
「その時は別の方法を考えるさ。最初から全部うまくいくとは思ってねえよ」
ギルドマスターはそう言って肩をすくめた。
「それより、お前には怪しい音がしたら知らせてもらう。それだけでいい。確かめに行ったり、犯人を追いかけたりするなよ」
「はい。それなら大丈夫です」
「本当か?」
「……たぶん」
「そこはちゃんと大丈夫と言えよ」
思わず笑ってしまった。
ギルドマスターも少し笑い、それから真面目な顔に戻った。
「あと、ひとつ覚えておけ」
「はい?」
「お前、自分の耳がどこまで聞こえるか、誰にでも話してないだろうな?」
「えっと……」
突然聞かれて、少し考える。
仕事の時に《聴力強化》だと話すことはあったし、遠くの音が聞こえたと伝えたこともある。
でも、どこまで聞こえるのかは俺自身がよくわかっていなかったから、詳しく話したことはなかったと思う。
「特性の名前は話してますけど、どれくらい聞こえるかは、あまり……」
「ならいい」
ギルドマスターは頷いた。
「特性が何かくらいなら、別に隠す必要はねえ。ギルドでも登録してるし、仕事で役に立つこともあるからな」
「はい」
「ただ、どこまで使えるとか、どういう時に使いにくいとか、そういうことまで誰にでも教えるなよ」
「……どうしてですか?」
「相手にわかっちまうだろ。お前が何をできて、何をできねえのか」
なるほど。
「特に冒険者はな。自分の得意なことを知ってもらうのはいいが、手の内を全部見せる必要はない」
「そういうものなんですね」
「お前は今、自分の耳について確かめ始めたところだろ。今まで通り、何か聞こえたら必要なことだけ伝えればいい」
「わかりました」
ギルドマスターは満足したらしく、机に置いていた書類を手に取った。
「さて、そういうわけで、ライアス。正式に見張りの仕事を頼みたい」
「俺ですか?」
「ほかに誰がいるんだよ」
「いえ、そうですけど……」
「報酬も出す。明日の夜からを考えてるが、どうだ?」
「明日の夜ですか」
「今日は準備もあるしな。お前もベルドから帰ってきたばかりだろ」
確かに、昨日まで三日間働いていた。
今日だって本当は買い物をして、あとはゆっくり過ごすつもりだったんだ。
「……わかりました。やってみます」
「よし、決まりだ。詳しい段取りは明日伝える」
ギルドマスターが立ち上がったところで、セラが口を開いた。
「あの、ギルドマスター」
「何だ?」
「ライアスさんには、無理をさせないでくださいね。以前の夜番では、耳を使いすぎて体調を崩していますから」
「ああ、わかってる。今回も何か聞こえたら知らせるだけだ。無理して聞こうとする必要はねえ」
「お願いします」
セラが頷いた。
俺も椅子から立ち上がり、二人に礼を言った。
◇
会議室を出ると、ギルドの中は相変わらず賑やかだった。
掲示板の前では冒険者たちが依頼票を眺め、受付ではミレアさんが誰かと話している。
俺はその横を通りながら、何となく周りの音に耳を向けてみた。
人の声。
足音。
紙をめくる音。
少し離れたところで、誰かが椅子を引く音もした。
どれも、いつも通り聞こえている。
これも魔力を使ってるんだろうか。
そう思ってみても、やっぱり何も変わった感じはしなかった。
セラは、必要もないのに《味覚強化》を強くしないようにしていると言っていた。
俺にも、そんな加減ができるんだろうか。
……まあ、今考えてもわからないか。
それより、帰りに豆を買っていかないとな。
せっかくベルドでハジャオを買ったんだ。
まずは、いつもの煮物に少しだけ入れてみよう。
俺は財布の中身を確かめ、ギルドの出口へ向かった。




